第20話 変態皇子と笑わない猫(醜悪さの極み)


 

 アリエスが廊下へ走ってズッコケて出ていった後。

 つまり今、現在。

 俺は理事長室で裸になっていた。


「ふぅ……」


 仁王立ちして、体を伸ばし大きく息を吐く。


「お見事な筋肉でございます。お兄様」


「ありがとう、ミラ」


 ミラが俺の上腕二頭筋と大腿筋を舐めまわすように見て出てきた感想を、

 俺は素直に有難く受け取った。


 傍から見たら妹に自分のイチモツを見せつける変態兄貴だと思われるかもしれないが、

 ちょっと待って欲しい。これには理由があるのだ。


 俺は着替えるとき、一度全裸になるタイプの人間なのだ。

 自分が着ていた服を(パンツやら靴下やら含めて)全て脱ぎ捨て、その後に着替える、というのが俺のルーティンなのである。


 なぜそんな周りくどいことをするのかって?

 だってなんか気持ちいいじゃないか。全裸。

 俺の個人的な好みの問題だが、全裸になると世俗の汚れから解き放たれ、原始的な心地よさを思い出すことができる……ような気がするのだ。


 つまり全裸とは俺にとって生き甲斐なのだ。アイデンティティと言っても良い。


 以上から分かる通り、俺は全裸が好きだ。

 だが、人前ではさすがの俺も全裸にならない。

 無論、妹に隠された秘剣エクスカリバーを見せつける趣味もない。

 昔はと言えば、何度も妹に全裸姿を見まれまいと奮闘していたのだ。


 が、妹は俺が着替えるとき絶対に傍を離れようとしないのだ。

 いかなる手段を使っても、例えば家の天井裏やソファの下に隠れてでも、

 眼光を光らせ、俺の全裸を拝む。それが我が妹の生態なのだから仕方がないのだ。


 ほれ、見てみろ。

 今も我が妹は目に☆マークを輝かせて俺の全裸をまじまじと観察している。


 ……うん。むしろ妹は俺なんかを凌ぐ真性の変態なのかもしれない。


「妹よ。兄の全裸はどうだ?」


「はい。美しいと思われます」


「うむ」


 改めて客観視すると、やべぇなこの会話。

 人権奪われても文句言えないレベルの変態的会話だ。

 人前では絶対によしておこう。


 それに。

 これから寮生活ともなれば、さすがにこの『妹に全裸を鑑賞してもらう』などという頭のイカレた習慣もなくなってくれるはずだ。


 周囲にバレなければ問題はない。

 全裸にさえならなければ、俺達は普通の仲が良い兄妹だ。

 悲観する必要はないだろう。


 そう結論付け、そろそろ全裸タイムも終わりにしようと思い、

 新品の(アリエスのせいでシワが寄った)制服に手を伸ばしかけた、その時である。


 ダダダダダダダダ!!!


 人がこの理事長室に向かって走ってくる足音が聞こえてきたのは。


 アリエスか? もうスマホを取って持ってきたのだろうか?

 いや、だとしても帰ってくるときまで馬鹿みたいに走って戻るだろうか?

 いやいやいや、誰だとしてもまずい。非常にまずい。

 この恰好を、こんな場所でしていると知られたら社会的に死ぬ。


 最悪、この学校ではまともな学園生活が送れなくなる!


「ちょっと待っ――!」


 俺が言い切る前に、扉はノックもされずにバーーン!! と開かれた。

 股間の部分にヒュンっと風が当たる。


「メール見て来てやったわよ馬鹿アリエス!! てか、あんたメール長すぎ!! 時代遅れも甚だしいわね、この――……」


 言いかけて、止まる元気ハツラツな少女の声。

 見ると、そこには年端もいかなそうな赤い髪の猫耳の少女が、

 そのツインテールさえも氷魔法で凍らせたように固まって、茫然と立っていた。


「きゃぁぁああああああああああああ!!」


 叫ぶのも無理はない。

 そりゃあ、部屋に入ったら見知らぬ男が全裸で立っているのだ。

 その妹がシュタッという見事な動きで男のイチモツを隠していようが、関係ない。


 変態極まりない行為に違いはないのだからな。

 まったく。

 『俺』が叫ぶのも無理はない。


「ノックぐらいしなさいよ馬鹿ぁあああ!!」


 あはは。

 俺は一体、初対面の女の子に何を言っているのだろうか。


 そして俺は察する。

 ここでマトモな学園生活を送れることは、もうないのだと……。



 ―――



 俺が初対面の女の子に全裸を見られて、数分後。

 本当にちゃんとスマホを持ってきてくれた汗だらだらのアリエスと、怒り心頭といった感じの炎獄猫耳少女に睨まれながら、俺は床に膝をつき、土下座していた。


「……で?」


「はい、申し訳ありませんでした」


「謝れとか誰も言ってないんだけど? 説明してくれる?」


「はい、私は公衆の面前で全裸になって快感を感じる変態野郎でございます」


「度し難い変態ね。死ねば?」


「うぅぅ」


 俺は悔しさに顔を歪ませながら、コンクリートの床に頭をこすりつける。

 無論、先ほどの『公衆の面前で全裸になって快感を感じる変態野郎』というのは誇張表現だ。

 下に下にへりくだることで、罪をほんの少しでも軽くできないかと考えての事だ。


 だが、ここまで罵倒されても何も言い返せる立場に、俺はない。

 だからこそ、こうやって、うずくまるしかないのである。


 ちらりと顔を上げると、困惑状態のアリエスにミラが耳打ちして現状を話しているようだった。アリエスが侮蔑と呆れの視線を送ってくる。


 だが、ちょっと待て。妹よ、お主はこちら側の人間ではないのか……。


「ねぇ、あなた達ってもしかして噂のクリアード兄妹かしら?」


「は、はい」


「そう……でも最初に言っておくわ。あなた達がどれだけの実力を持っていようと、私は絶対に認めない。あなた達みたいな騎士の騎の字も分からないような常識外れの変態野郎どもに、魔法騎士になる資格なんてない!!」


 むぅ、き、厳しい。だが、正当な意見だ……。

 するとしかし、ミラは毅然として手を上げ、反論し始めた。


「ですが、エレノア様……と言いましたっけ? あなただってアリエス先生のことを馬鹿呼ばわりしていましたよね? それは常識外れってことにはならないんですか?」


 おお、筋の通った反論だ。

 そう思い、エレノアと呼ばれた少女の方を見やると、

「ぐぬぬ」と口に出しながら唸っていた。


「で、でも、アリエスと私の仲なんだから、それぐらいは許されてしかるべきよ!!

 大体、口調や呼び方がどうこうってことよりも、初対面に全裸を見せつけるような方が常識外れ極まりない行為だって事実には変わりないわ!!」


 はい、ここで俺に99999のダメージ。

 完全に正論でノックアウトされてしまいました。


 だが、ミラとエレノアはますます論争に熱が入ったようで、

 二人してバチバチとした視線で睨み合い、やんややんやと口論が勃発していた。


 一人項垂れていた俺のところには、アリエスがやって来て、端末を渡し、スマホのレクチャーを始めた。えぇ……。


「あの……ありがたいんですけど先生、それって今することなんですかね……」


 問うと、アリエスは眼鏡をクイっと上げて、


「良いんですよ。それに、これからあなたたち二人に説明する内容にも関わってきますからね」


「え……?」


 どういうことだろう。


 やけに「寮生同士の情報共有グループの利用について」やら、「寮生同士の共有電子マネーについて」という内容を熱心に説明するアリエスを疑問に思いながらも、

 俺は反省して真面目に聞いていた。

 やはり、先ほども思ったが、アリエス先生の説明は分かりやすいな。

 短い時間で理解できる。

 仕事の腕は確かなようだ。それ以外の対応に関しては首を捻るしかないが。



 やがて分かりやすいレクチャーが終わると、アリエスはロングの青髪をたなびかせながら踵を返す。


 未だにいがみ合っていた二人の頭を両手で押さえ、言った。


「二人とも、そろそろ喧嘩はお止めください。大切なお話があります」


「アリエス聞いてよ!! この子ったら酷いったらありゃしないわっ! この子や、そこに転がってる変態と仲良くすることは永遠に不可能ね!」


「それはこちらのセリフです。お兄様の、あの素晴らしい肉体を拝んでおいて、陰キャ呼ばわりとは何事ですか。どう見たって陽キャを超越した最高のイケイケお兄様です」


 え、何? 俺そんなこと言われてたの?


「なーにがイケイケお兄様よっ! だいたい、陰キャとか陽キャとか気にしてる時点で、もうそれは紛うことなき陰キャなのよ!! つまり、あなたも、そこに転がってる変態も陰キャってことね!」


 グサグサと刺さる言葉の刃。


 えっ、何、何? 俺ってもしかしてこの話聞いてるだけで勝手にダメージ受けちゃう感じなのん?


「陰キャ陽キャを先に言い出したのはエレノア様ですよね? つまり陰キャはエレノア様ってことになるのでは? さてはエレノア様って友達がいない感じの人ですね?」


「な、なんですって!? あなた、もしかしてこの私をボッチ呼ばわりする気!?」


「違うんですか? 少なくとも私には、あなたのコミュ力不足が目に余って見えましたけど」


「は、はぁ!? あなたいい加減に――!」


 と。

 ヒートアップし、爆発しそうになったところでアリエスが二人の頭をどつき、

 戦いを無理やり終わらせた。


 二人はキッとした視線でアリエスを睨む。しかしアリエスは動じない。

 すごいな。初めてアリエスのことを頼もしいと思った。


 アリエスは二人を交互に見て、落ち着いた声音で語り出す。


「二人とも落ち着いてください。まったく、いい歳して喧嘩なんてやめてくださいよ。魔法騎士候補生のあなた達ともあろう者が」


「だ、だってアリエス、この子が!」


「だってもヘチマもありません。あなたはもう少し、中等部最優の学生騎士であるということへの自覚を持ってください」


「う、うぅぅ」


 悔しそうに下唇を噛むエレノア。

 まったく、と腰に手を当てて言うアリエス。


 ポンコツなアリエスからは想像もできないが、

 エレノアはアリエスに頭が上がらないようだ。


 ……ふむ。今後エレノアと関わる機会があるとしたら、この情報は使えそうだ。

 なんてことを考えていると、アリエスが睨みを利かせる。


「エレノア、それにレイ君……あなた達には、理解してもらわねばならないことがあります」


 おお、「大切なお話」ってやつか。

 当然、名指しされた俺は次に来る言葉を真剣な表情で待つ。

 エレノアとミラはどこか警戒しているような様子だ。


 すると、アリエスは一度コクリと頷いて、ゆっくりと口を開いた。


「……二人には、特別寮の同部屋同室――いわばルームメイトになってもらいます」


 衝撃的な一言に。


「「「はぁぁあああああああああああああああああ!?」」」


 初めて、俺達の波長が合った気がした。


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