第18話 知的勇者の隠された真実(ポンコツ)


 

「あなたが……勇者アリエス……様?」


 俺はミラの隣に立つ女性をまじまじと見ながら、そう言った。


 勇者といえば、この人界を統べる最強の七人だ。

 1000年も前から剣と魔法を振るう、伝説的な人たち。


 見ると、彼女は眼鏡を掛け、スーツをビシっと着こなしたキリリとした印象の女性だ。

 青空の色をした長い髪は、肩の下まで伸びている。

 言われてみれば、どこか貫禄があるような気がする。


 とはいえ、魔力はそこまで感じない。

【回復】の勇者は最上の魔法の使い手だと聞く。

 だとすれば、隠匿インビジブルの魔法で実力を完全に隠しているのだろう。


 やるな、なんて思っていたら、アリエスはキリッとした姿勢でハッキリと返答した。


「『様』は必要ありません。ここでは現場で教鞭も取っていますので、気軽にアリエス先生とお呼びください」


 胸を張るアリエス。

 俺は何だか、「生徒に示しを付けようとして頑張っている新米教師」感に笑みがこぼれてしまった。


 だから俺は、言われた通りにすることにした。


「……わかりました。よろしくお願いします。アリエス先生」


 俺が言うと、


「…………!!」


 アリエスは驚いたように口を開け、やがてその口を両手で抑え、涙目になった。


 ……? えっと?

 なんで名前呼ばれただけで感激しているんだろう、この人。


「どうなされました?」


「い、いえ、実際に先生だなんて言われたのは、その、初めてだったので……」


 彼女は見るからにしどろもどろだ。


 ……ふむ。

 確かに、勇者のことを神聖視する者も少なくない。

 特にこの学院のような『良い教育』を受けてきた生徒たちには、より顕著な傾向なのかもしれない。


 だが、安心してほしい。

 俺は別に、勇者に憧れがあるわけではないのだ。

 なんせ、こちとら三年あれば勇者も倒せるようになるだなんて考えているくらいには常識破りな男なもんでね。


「はは、先生のことを先生というのは当たり前です。尊敬できる人ならば、尚の事です」


「そ、そうですか」


「ええ」


 俺がテキトーなことを凄く真面目ぶって言うと、アリエス先生はとても嬉しそうにしていた。


 やがて、興奮を隠すように「ごほん」とわざとらしく咳をして、


「なら、話は早いです。手早く今後のことを話したいところですが、まずは、あなたがここに来るまでの経緯について説明させていただきますね」


 アリエス先生は、これまでの顛末を分かりやすく説明してくれた。



 ―――



「……と、つまりはこういうことです」


「なるほど、事情は分かりました」


 顛末を聞き、俺は納得した。


 内容としては、こうだ。

 天才魔導士兄妹の素性を調べたアリエスは、どのように試験を実施するか、悩んでいたらしい。


 魔法騎士養成学院の目的は、人界を守るに足る魔法騎士を養成すること。

 そのためにも、試験は平等であってはならないのだ。

 現状の実力はあまり関係ない。己の限界を超えられる力があるかどうか。心が強靭であるかどうかこそが、重要なのだと。


 いつも一般公開している試験は、実力的には学院に入学してくる平均的な実力の者たちを集めた一般入試であり、上位実力者に行う特別試験は秘匿となっているのだとか。


 で、赤竜の大群の一部をぶつけてみる、なんていう滅茶苦茶な試験が行われたというわけだ。


「その大群の中に黒竜が混じっていたのは、偶然だったと」


「……はい。それは想定外でした。ですが、侵入者インヴェイダーとの戦闘では不測の事態は付き物です。こういうトラブルで死ぬくらいなら、所詮それまでだったというわけですから。生き残ってくれて、私も嬉しいです」


「所詮それまでって……。まぁ、そういう不測の事態をも跳ね返すほどの運命力と実力がなければ、最終的に侵入者インヴェイダーとは渡り合えないってことでしょうけど……うーん……」


 この試験方法、めっちゃ有望な生徒殺しまくってそうだな。

 俺はともかくとして、妹を殺す可能性があったというわけだから、この試験は間違っている。


「何か?」


「あぁ、いえいえ」


 まぁ、それを今言っても仕方がない。

 制度を変えるのは、俺が入学してからの話だな。


「で、意識を失った俺は馬車で運ばれ、ミラは入学要件を満たしていたので入学式に参加。気絶した俺は合格を知ることもなく保健室で2日眠り、そして今に至る……と」


 アリエスに言われたことを繰り返してみると、彼女はコクリと頷いた。

 ……ん? ということは、もしかしなくても。


「ということは、入学式は……?」


「終わりました」


 そ、そんな……!

 大勢の調教された魔獣たちによる行進……。

 魔道具のスペシャリストが各地から集められて作り上げられる、七色の大花火が……見れないだと!?


 それを見るために入学を志望する者もいると言われているのに!


「じゃ、じゃあ、ガイダンスは……」


 学院のガイダンスといえば、各地から有名シェフが集められ、入学生全員に料理が振る舞われるパーティだ。


 生活についての説明などもなされるが、メインは入学生同士、また、先輩たちとの交流である。


 そこで打ち解けて、卒業しても友人や恋人となるケースもあるのだとか。

 俺自身、ちょっと美人の彼女が欲しかったりしなかったりするわけなんだが!


 いや、大丈夫なはずだ。

 ガイダンスが行われるのは入学式が終わってから、夕方まで行われる。

 まだボッチ確定じゃない。まだボッチ確定じゃない。

 まだ間に合……


「先ほど終わりました」


 ハッとして外を見る。

 夕日は上がり、気付けば、保健室をオレンジの光が満たしていた。



「あぁああああ! 俺の春が終わったぁぁ!!」



 俺の悲痛な叫びが、保健室の中で木霊した。





 その後、「お饅頭貰ってきました」と、おばあちゃんみたいなことを言いながらミラが饅頭を渡してくれた。

 パーティから持ってきてくれたのかな。そのチョイスは中々のセンスだな。


 でもありがとう! おいしいです! お兄ちゃん救われました!

 やっぱ恋人よりも妹だよね!

 なんかお兄ちゃん泣けてきたよ!!













 ―――



 それから。

 制服やら資料やら、いろいろ渡すものがあるからと理事長室に俺は連れていかれた。

 メイド服姿の彼女はいつの間にか消えていた。

 気配を消す魔法でもあるのだろうか。詠唱は聞こえなかったけど。

 今度会えたら、教えてもらおう。


 最上階にあるその部屋へは、『昇降箱エレベーター』と呼ばれる鉄の箱で運ばれた。風と火の魔法で登り降りする魔道具、といったところだろうか。

 初めて乗るので少し緊張した。


 理事長室は30階にあった。どれほどの高さかは分からないが、俺は五階以上の建物を知らない。相当な高さなのだろう。


 『昇降箱エレベーター』の扉が開き、降りる。


 廊下の側面に、巨大なガラス張りの窓が廊下の続く限り張り付けてある。

 外の景色が、飛び込んでくる。


 圧巻だった。

 建物がこんなにも小さく見えるところが山以外にあるなんて、思いもしなかった。

 そしてもっと驚くべきは。

 視線の先に、この建物よりもはるかに大きな塔が直立していることだ。


 白亜の巨塔『オベリスク』。

 人界一の高さを誇る建物に俺が惹きつけられていると、アリエスが先を歩き出した。

 置いていかれると困る。

 俺は付いていった。



 ―――



 理事長室の中に入ると、これまた圧巻だった。

 圧巻の汚さだった。


 アリエスはゴミの山を越え、机の上の書類に埋まっていた男性用の制服を手渡してきた。


「はい、これが制服です。どうぞ」


「は、はぁ……」


 プラの袋に入っているはずの制服には、すでに皺が寄っている。

 えっと……新品だよな?


「これって誰かのお下がりだったりしないですよね?」


「はい? 新品のはずですけど」


「アリエス先生」


「な、なんでしょう」


 俺は床に散らばる本や書類、ゴミの山々を見ながら言った。


「先生ってもしかして仕事以外ではポンコツみたいな人ですか?」


 言われると、キッと俺を睨みながら、


「そ、そうだとしたら、どうだというんですか?」


 開き直っていた。

 どうやら、完全にポンコツみたいだ。


「どうというわけではありませんけど、少なくともこの部屋に人を入れてもOKって考えには、ちょっと神経疑いますね」


 思ったことをそのまま口にすると、アリエスは分かりやすく落ち込む。

 指摘されることにもあまり慣れていないのだろう。

 あんまり虐めるのも可哀そうだな。


「そんなんだから1000年も生きてて結婚できないんですよ」


「……!!」


 アリエス顔を真っ赤にさせながら、眼鏡越しにもわかるほどに瞳を潤ませて、


「ゆ、勇者は結婚なんてしないんです!」


 なんてアイドルみたいなことを言っていた。

 可愛かったけど、俺は三十路ならぬ千路の女性はストライクゾーン外なので、

 お嫁さん候補からは除外することにした。


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