第25話 決着と約束



 ―――???―――



 ここは、とある有名な城――【無敵】の勇者グラスの城、グラス城。

 その書庫である。


 書庫には人界のあらゆるところから集めた本が敷き詰められている。

 絵本のような子供向けのものから、歴史書まで、様々な本が置かれていた。


 そこには大人びた表情をした女性が椅子に腰かけ、五歳ほどの小さな少女が床に座って年齢にはそぐわぬほどに分厚い本を読み進めていた。


 少女は忽然と立ち上がり、シンとした空気を切り裂くように女性の元へと近づいた。


「ねえ、お姉様! この『どれい』ってなんですの?」


「ん? ああ、それはね……」


 少女が分厚い本に書かれていた単語を指さし、女に訊く。

 女は少し躊躇いながらも、これくらいで性格が曲がるほど能がない相手ではないと信じて疑わぬ少女に、その単語の意味を教えることにした。


 少女はその単語の意味を知ると、ガタガタと震えだした。


「そ、そんなの酷すぎるわ!! どうしてこんな制度が残ってるんですの!? これじゃあ、この魔族って人たちが可哀そうじゃない!!」


 少女は言うと、泣き出した。

 女は驚き、少女に言葉をかける。


「でもね、エレノア。この魔族という蛮族共はね、今まで私達にとてもとても酷いことをしてきたんだよ。だから、これを受けるのはきっと報いなんじゃないかな?」


 女が言うと、少女はブンブンと首を横に振った。


「その人達が、全員悪いことをしたの? 小っちゃい子供も、武器を持っていなかった女の人も、ヨボヨボのおじいちゃんやおばあちゃんみたいな人達も、全員が悪いことをしたの? そんな証拠が、どこかにあるっていうの!?」


 少女に言われ、閉口する女。

 少女は構わず言葉を続ける。


「お姉様、わたしは、『これ』は絶対に間違っていると思いますわ!! こんなに寂しいことは、すぐにでもやめさせるべきですわ!!」


「寂しい? 別に彼等は孤独ではないだろう。どうして、寂しいと思うんだい?」


「だって、どれだけ人に囲まれていても、心はきっと孤独のはずだから!!」


 少女の叫びに、女は再び口を閉じた。

 少女の出自を知っているだけに、その言葉の重さを感じ取ることができたからだ。


 でも、だからこそ。

 女は少女を決して下に見ることはせず、言葉を選んで語り出した。


「……エレノア。君の気持ちは分かったよ。でも、現実はそう簡単なモノじゃない。私だって「あの人」の決めたこの制度は、さすがにやり過ぎだとは思う。抗議だってしたさ。それでも、変わることはなかった」


 少女を子供と思うのではないからこそ、女はそこにある厳しく、冷たい現実を語る。

 その瞳は、どこまでも真剣そのものだった。


「いいかい? 理想論を口に出来るのは、理想を叶えるだけの力を持つ者だけなんだよ。力を伴わない理想は、破滅を招くだけなんだ。私にもできないことを、君がやるのかい?」


 大人で、さらには最も権力のある『勇者』である女は、少女に問いかけた。

 女は、きっとさすがに少女は諦めるのだろうと思っていた。

 そう思わせるように、少し厳しい言い方もしてみたのだ。


 けれど。

 少女は胸を張って、


「やるわ!! 私は、お姉様より強くなる!! 強くなって偉くなる!!」


 瞳の中に炎を燃やして、そう答えたのである。


 女は少しだけ難しい顔をして、笑って彼女を抱き締めた。

 胸の中で少女は、頬を染めながらも、噛み締めるように言葉を紡ぐ。


「お姉様、私は――、」


 この世界を変えてみせる。


 ――「私」は、それだけ彼女に告げると、懐かしい夢から目を覚ました。














 ―――エレノア視点―――



「知らない天井ね……」


 私は意識が覚醒すると、思わずそう呟いた。

 ふかふかのベッドで目を覚ますと、最初に目に入ったものが木目の天井だったからである。

 視線を下ろすと、そこにはソファーやら机やら、生活感のある光景が広がっていた。


 ……誰かの部屋だろうか。

 そんな風に思いながら横を見やると、ソイツはそこにいた。


「あなた……何してるの?」


「なっ、こ、これはだな……」


 言い淀む彼の上半身は、裸だった。

 彼は上半身裸の状態で、フロント・ダブル・バイセップス(上腕二頭筋を見せつけるポージング)をしていた。


 そこそこ筋肉好きな私は初対面の頃から悟られないようにしてきたが、

 口元のニヤニヤがバレないように、我慢してから言った。


「うんうん、なるほどね。やっぱりあなたは度し難い変態野郎ってことね。よく分かったわ」


「おい、勝手に納得するな!! 全裸は俺にとっての美学なんだぜ!? これでも下半身は脱がずに済ましてやってるんだ。有難く思うんだな!」


 必死な彼に私はドン引きする。


「あなたって、普段家の中では全裸なの?」


「当たり前だ」


「やっぱり変態じゃない……」


 私が呆れたようにそう言うと、

 彼はプルプルと震えながら、ビシっと私に指をさした。


「そう言うお前だって、俺の裸を見るその輝いた目はなんなんだよ!! お前だって実は変態なんじゃないのか?」


 目!? 目、ですって!?

 しまった!! と思い私は顔を即座に隠したが、もう遅かった。

 彼にはすでに、悟られてしまったのだ。


 彼は「どうなんだよ?」と急かしてくる。

 ええい! ままよ!!


「私は変態じゃないわ!! 筋肉が好きなだけよ!!」


 私は自信満々に、胸を張ってそう告げた。


 私は開き直った。

 完全に開き直ることにした。


 見ると、彼は呆気に取られて狼狽えている。


「き、筋肉が好きなのか?」


「そうよ!! 何か悪い!?」


 私がダメ押しすると、


「……いえ、何も悪くありません」


 彼は少し不服そうな表情を見せたが、何も言わなくなった。

 どうやら誤魔化せたようね。


 ……ふう。

 これでようやく本題に入れるってわけだわ


「ところで、ここはどこなのかしら? 勝負はどうなったの?」


「ここは今日から俺達が住む部屋だよ。そして、勝負は俺が勝った」


 私が問うと、彼は間髪入れずに答えた。

 そして何となく察していた予測が的中してしまったことに、私は嘆息した。


「……そう。やっぱり私は負けたのね」


「やっぱり?」


「ええ、だって手応えがなかったもの。それに、私が斬ったことを忘れることなんてないわ!」


 そうだ。

 最後の一刀を振るったあの時、私の手に感触は残らなかった。


 つまり、全力の『炎斬』が、彼には届かなかったということなのだろう。

 彼の『雷斬』の方が速かったのだ。

 だから負けた。それだけだ。

 そして私は、逃げも隠れもする気はない。


「私はあなたに負けたわ!! そして、騎士に二言はないわ!! 今日から私はあなたの下僕よ!! 煮るなり焼くなり、エッチなことをするなり勝手にすればいいわっ!!」


「いやエッチなことはしねえよ!?」


「嘘!! そんなこと言って、夜になったら逞しいその筋肉で「下僕め、尻と乳をだせよ。お? 俺の言うことが聞けないのかこの下僕め」なんて言って私を襲うつもりなんでしょ!? 仕舞いには私に首輪をつけて登校するつもりなんだわ!! この、変態!!」


「いや妄想逞しいな!? しねえよそんなことは!!!」


 往生際が悪い男だ。

 男なんて、夜になったら野獣になる生き物だと、

 学院でリア充の「ミミちゃん」が口にしているのを、聞いたことがある。


 百人の男を相手にしたというヤリ手の彼女が言うのだから、間違いないはずなのだ。


 しかし、私がまたも反論しようとすると、彼は私の発言を遮るように、


「大体、お前みたいな絶壁貧乳小学生体型のヤツに欲情しないんだよ俺は。一に美乳、二に巨乳、三に貧乳、そしてランク外に絶壁貧乳なんだ。だから安心しろ。俺はお前に欲情しない!!」


 と、堂々と発言しやがった。

 絶壁なんて言いやがったからブチ殺そうと思ったけど、話を進めたかったから、頑張って感情を抑えた。ワタシ、エライ。


「………………まぁいいわ。なら、あなたは私を下僕にして、何をしてもらうつもりだったの?」


「あぁ、それはもう、決まってるんだ。というか、さっき決めたことなんだけど」


「?」


 さっき、とは、どういうことだろう。

 私が疑問の表情を浮かべていると、彼は真面目な顔で見つめてきて、言った。


「エレノア・ルノワール。……俺と、戦友になってくれ」


「戦友?」


「ああ」


 問い返すと、肯定の言葉が返ってきた。

 そりゃあ、私としては願ってもないことだけど、どうしてそんな結論に至ったんだろう。


 そんなことを思っていると、彼は窓際に行って、語り出した。


「俺は、きっとずっと探していたんだ。俺と、対等に渡り合えるヤツを」


 吐き出される言葉は冷たくて、寂しそうだった。


「競い合って、時には追い抜かれて、追い越して……。そんな風に、高め合える戦友になってほしい。俺の、このクソつまらない人生に終わりを告げて欲しいんだ」


 ああ、と心の中で溜息を吐く。

 この人も、私と同じだったのだろう。


 飛びぬけてしまった才能と力。

 だからこそ、全てをぶつけられる相手を、探していたんだ。


 私も彼と私の間にある窓際によって、外の景色を見ながら本音を語ることにした。

 なんだか、私がこのまま何も言わないのも、フェアじゃないと思ったからだ。


「……私ね、これからとてつもなく大きな事をやるつもりだったの。そのためには、こんな私じゃ全然ダメなの。もっともっと強くならなきゃ、話にもならないのよ」


 お姉様以外に、誰にも言ったことのない、私の本音。

 誰に話したとして、鼻で笑われるのが目に見えている、壮大な夢。


 でも、きっと彼ならば。

 私よりも強いこの男ならば、受け止めてくれる気がしたのだ。


「だから」


 私は、できるだけの虚勢と、胸を張って、


「私はこれからもずっと強くなるつもり。あなたにだって、負けるつもりは毛頭ないわ!!」


 自信ありげに、そう宣言した。


 彼は驚いたようだったが、すぐにフッと笑って、


「……そうか」


 と、一言呟いた。


 しばらくの間、遠くの空を見上げていた彼だったが、

 私に向き合って、一言一言、紡ぐように言葉を吐き出していった。


「……俺は、それこそ生まれる前からずっと違和感があるんだ。ずっとずっと胸に引っ掛かってる違和感。「俺には何か『使命』があるんじゃないか」っていう脅迫染みた違和感だよ」


「俺はその違和感の『答え』を知りに来たんだ。そして何となくだけど、その『使命』ってやつを果たすためには、きっと、今の俺じゃあ到底適わないような力が必要だって、そう確信しているんだ」


「だから」


 彼は言葉をここで一度区切り、挑戦的な笑みを浮かべて、拳を突き出してきた。


「一緒に目指そう。騎士の高みへ。俺と君なら、きっと世界中の誰よりも強くなれる」


「……ええ!!」


 私は、差し出された拳に、自分の拳をぶつけた。

 私の胸に、炎が点火させられたような気がした。

 胸が高鳴る。頬が紅潮する。


 ああ、きっと――。


 ここからが、私の騎士道ジンセイの始まりなのだ。



 ―――



 その後。

 拳を重ね合い、見つめ合う私達の間に、(いつのまに+どうやってか)屋根裏に潜んでいた彼の妹が「お兄様~~!!」と叫びながら飛び降りてきたことは、また別の話である。


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億万年炎で焼かれ続けた吸血魔王、太陽を【吸血】し、勇者どもに復讐する。 雷撃 @Raigekinonariagari

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