第24話 会心の一刀に籠めるモノ


 

 炎を纏い空を駆けるカラス、漂う氷の妖精、前進を始めた巨大なゴーレム、凶悪な牙を見せつけるマンモス。


 彼らの視線の全ては、俺に向けられていた。


 嘲笑する者、沸き立つ者、殺意を向ける者。

 俺へと向ける感情は、それぞれ異なるようだが、そこに一貫してあるモノは、俺への敵意だろう。


 ――主を狙う、この不届き者を殺せ。


 そんな言葉が、人間語を話せないはずの彼らの口から聞こえた気がした。


 でも、だからどうということはない。

 俺の狙いはただ一つ。彼らが囲み、守ろうとする主の首。

 天才学生騎士、エレノア・ルノワールの首だ。


 それを邪魔する奴が、どんな強敵であったとしても関係はない。


(立ちはだかるのなら、斬る!)


「うぉおおおおおおおおおお!!!」


 俺は魔法と気合で加速し、化け物共に向かって駆けだした。



 ―――



 炎のカラス共が発する炎の嵐の中を走り、首を斬る。

 氷の妖精たちが放つ氷の矢を避け、首を斬る。

 ゴーレムたちの隙間を潜り抜き、首を斬る。

 マンモスを攪乱し、あらゆる方向から肉を抉る。


 炎が、矢が、打撃が、見たことがない氷の爆撃が、体の痣や傷を増やしていく。

 数を減らしていくが、一向に殺し切れない。

 彼女の生み出した魔法生物とも呼べる彼等を相手にしている内にも、彼女は自分の剣を俺に向けてくる。


 まるで「お前を斬るのはあくまで私よ!!」とでも言わんばかりに。


「……へへっ」


 ああ、最高だ。

 久々に感じる死線の空気。

 まぁ、いくらどのような斬り方をされてもこの『大戦場』では死ぬことなどないのだろうが。


 実際に死ぬかどうかは、おそらく関係ないのだろう。

 真剣を握り、真剣な眼差しでこちらを見据える彼女に、自然と笑みが浮かぶ。


 彼女の剣を弾き、マンモスの裏に隠れたりしながら、奴らを切り捨てていく。

 風の魔法を、炎の魔法を使い加速する。

 雷の魔法で遠い相手にも牽制しながら、氷魔法で場の状態すらコントロールしていく。

 分かる。

 俺はかつてないほどに集中している。

 自分の限界が底上げされていく感覚がある。


 ――そうだ。


 もっと。

 もっとだ。

 もっともっともっともっと、俺は強くなれる。強くあれるはずなのだ。


 幼い頃から天才だった俺は、欲望に忠実な性格、極端な妹好きなこともあり、ジッとしていたことなどなかった。

 勉学にも励んだし、魔法、剣術の訓練も死ぬ気で頑張ってきた。

 でも、そのせいで辺境の学校では並び立てる者はいなかった。

 いや、妹は俺と並ぶほどの実力者だったが、なんか、妹は俺を支えてくれる存在であり、競い合う存在ではなかったのだ。


 冒険者業を始めた頃は死線も潜り、それなりにスリルがあったが。

 一定の危険度を超えた区域には年齢制限があったこともあったからだろう。

 そんなスリルも、強くなればなるほど薄れていった。


 だから。

 俺は、今のこの状況が心底嬉しいのだ。


 相手も自分も、出し惜しみせずに全力を尽くし合っている。

 傷や痣が増えようが、血が流れようが、一番に来るものは言いようもない幸福感と高揚感だ。

 そして、その感覚が俺一人の物ではないという確信が、

 彼女の笑みを見る度に強まっていく。


 俺達は、魔法を撃ちあい高め合っていく。

 俺達は、斬り合い溶け合っていく。


 俺は願う。

 この血沸き肉躍る戦いが、未来永劫続くものであらんと。













 ―――



 ……だが、やはり、やがて。

 いかなる名勝負も決着が着くように、この戦いも終幕を迎えていた。


 剣を振るい、暴れ続けた結果。

 エレノアの生み出した魔法生物たちは全て息絶えた。


「はぁはぁはぁ……っ」


「ぜぇぜぇぜぇ……っ」


 刃毀れした愛剣。

 度重なる疲労と怪我で満身創痍の体。

 魔力の過剰使用のせいでチカチカと点滅する視界。


 でも、見える。

 倒すべき相手の顔だけは、しっかりと見据えることが出来る。


「はぁはぁはぁっ……‥そろそろ、諦めたらどうだ?」


「ぜぇぜぇぜぇっ……あなたこそ。声、震えてるわよ?」


 そう。

 こんな状態であっても、俺が決して諦めないように。

 彼女が剣を収めることもないのだ。


 彼女の顔面を見ると、また鼻から鮮血が流れていた。

 ハッとして自分の鼻元をこすると、血がついた。

 顔面まで殴られた記憶はないが。

 どうやら俺も鼻血が出ていたらしい。


「「あははははははっ……!!」」


 俺達は目線が合うと、今度は声を揃えて笑った。


 笑い終わると、場にシンとした空気が訪れる。

 そして何も言葉は交わさずに、お互いに居合の構えをとった。


 魔力は限界だ。

 おそらく、残った魔力は魔法一回分くらいだろう。


 ――だから。


(かかってこい!)


 心の中で叫ぶ。


(俺の全身全霊を込めて、お前を斬る!!)


 俺は限界まで筋肉を躍動させ、

 同時に地を駆けた彼女を斬るべく、雷撃を纏った必殺の斬撃を振りかぶった。













 ―――エレノア視点―――



 私は、目の前で震えながら立つこの男のことが苦手だ。

 だって何を考えているのか分からない。


 なにせ、出会い頭に全裸を見せつけてきた男だ。

 異常な奴であることは間違いない。


(ふふ。異常……異常、ね)


 それを他人に向かって思うことになるなんて、思ってもいなかった。

 だって、今までずっと、おかしいのは自分だと思い続けてきたから。

 こんな変なヤツと出会ったことなんて、一度も無かったから。



 ―――



 私の名前、エレノア・ルノワールは、親がつけたものではない。

 ルノワール家など存在しないのである。


 それもそのはず、私には両親と過ごしていた頃の記憶がない。

 私は、いわゆる捨て子だったらしい。


 私が拾われたのは、南方地区の勇者――【無敵】の勇者グラス様の所有する城の門の前だった。

 生まれたばかりの赤ん坊が城の前に置かれるなんていうことは、それまでにも何度かあったらしく、私のときもいつものように孤児院に引き渡される流れとなるはずだった。


 しかし、それを反対したのが、【無敵】の勇者グラス様――私が『お姉様』とお慕いする方であった。

 お姉様は私の目を気に入ったらしく、私は彼女に拾われたその日から、魔法騎士たちに育てられることとなった。

 皆は私に優しくしてくれた。


 幼い頃から英才教育を受けた私は、期待に応えようと頑張った。

 努力しても壁にぶち当たることばかりだったけれど、良くしてくれる人達……誰より、お姉様の慈悲に応えたかった。

 そうして成長していった私は、学院の中等部に入学する頃には、大半の魔法騎士よりも強くなっていた。


 学院(中等部)に入ることになって南方地区を離れることになった私は、新たな出会いに胸を躍らせた。城の中では、同年代の友人がいなかったからである。


 幼い頃から教えられた作法を振る舞い、とりあえずこちらにいる間にお世話になるアリエス様に挨拶したのだが。

 どうやらアリエス様はそういう『お堅いモノ』が(隠しているようだけど+大人ぶっているようだけど)苦手なようだったので、すぐに彼女にはタメ口を利くようになった。


 どこか抜けている彼女だが、魔法の実力はピカ一だ。

 そんな彼女に魔法を教えてもらいながら軽い調子で過ごす入学前の毎日が楽しかったから、学院生活への期待はどんどんと膨らんでいった。


 けれど、学院では、友達など誰一人できなかった。

 獣人に対する差別なんかは、確かに入った当初はあったが、そんなものは実力を見せつければよかったからよかったのだ。

 ただ、対等に笑い合える人間が、誰一人いなかったのである。


 表情を作り、言葉遣いに気を使い、相手のことを想って……。

 そんなことをしていても、心から分かり合える『友達』なんてできやしなかった。

 上辺だけだ。

 ずっと上辺だけの関係の『知人』しか、ここにはいなかった。


 ――そうだ。


 きっと、私は求めていたんだと思う。

 本音で語り合って、肩を並び合えるような存在を。


「本気も本気だ。捻じ伏せてやる」

「……面白れえっ!!」

「望むところだ!!」


 飾り気のない彼の言葉が、私の血潮を沸き立たせた。

 こんな『変なヤツ』と出会える日を、私はきっと待っていたんだ!


(そして、私はコイツを倒したい!!)


 心を奮い立たせ、もう一度、目前に立つボロボロの姿の彼を見る。

 彼は満身創痍の状態で、それでも目に炎を宿していた。

 彼が居合の構えをとる。

 言葉などない。

 けれど、私には、私『達』には、それだけで十分だった。


『(かかってこい!!)』


 彼の、声にならない声が聞こえてくるから。


「(――絶対、負けない!!)」


 私も、最大限の大声で応えてやるのだ。


 私は、地を抉るほどに踏み込んで、蹴飛ばした。

 過去もしがらみも、全てを追い抜くほどのスピードで。

 私は彼の元へと駆ける。


 この一刀に籠めるモノは、命の炎。

 私のこれまでの、すべてだ。











 ――直後。


『魔剣技』同士が激しくぶつかりあった結果、会場は閃光で満たされた。


 炎撃と雷撃の衝撃が生み出した砂煙が晴れ、二人の戦士の姿が露わになる。

 片方は膝をつき、片方は天に向かって手を突き上げていた。

 文句を並べていた観客が立ち上がり、二人の戦士に有らん限りの拍手を送った。


 ……こうして。

 魔法騎士養成学院の歴史に残る大決闘は、その幕を閉じたのである。




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