第9話 勇者会議は踊り狂う。 前編

 


 ―――【回復】の勇者アリエス―――



「はぁ……」


 私は机の上にあった書類の山を見て、思わずため息を吐いた。

 時刻は午前零時。日はすっかり落ちているが、街は未だ陽気に夜景を光らせている。

 ここは界立第一魔法学院。

 その最上階に位置する理事長室である。


 始まりの日に生まれて千年。

 誰よりも磨いた魔法によって得た不動の地位だ。

 アテム様に認めてもらえたという誇りもある。

 あるのだが……。


「やること、多いわねぇ……」


 最近は現場教育に参加できる余裕もないほどに、雑務に追われている。

 鏡を見ては、目の下の隈を見て落胆する。

 不老の存在であり、アテム様と似た美貌を持つ自分であるが、度重なる疲労には勝てないようだった。


「……今日中にやらないと、ね」


 春の季節。

 入学試験の手配やら新規で入ってくる講師の選別やら。やることは多く、さらに迅速に解決しなければならないことばかりだ。

 それが三校分。

 実は、厳密には私の役職は理事長ではない。

 人界の中心部に位置する円形の壁に囲まれた都市。

 学園都市の統括こそが、私の地位なのである。


 だから現場の教育に参戦することもあるし、一校だけでなく、学園都市にある三つの学院の総指揮をすることも、私の仕事となる。

 やることは多い。

 だが、泣き言を言っても仕方がない。

 魔法研究という唯一の楽しみの時間を奪われるわけにもいかないからね。


「……よし」


 と、山積みにあった資料に手を付けようとした、その時である。


 ブブブブブブブブ……。


「ん?」


 机の上に置いていた綺麗に削られた石が、赤い光を発しながら点滅したのである。

 通信結晶。

 遠距離間での無線連絡を可能にする魔道具である。

 通話やメッセージのやりとりを交わすことができるという最新型の魔道具だ。

 結晶の表面には、通話を掛けてきた相手の名前が浮かび上がっていた。


「もしもし? アリス様、どうなされました?」


 問うと、嫉妬するほどに美しく、されど、一切の感情が排除された声が返ってきた。


「アテム様より伝言にございます。今より、臨時の会議を行うとのこと。勇者各位は、早急に集まるように、とのことです」


「そうですか。連絡ありがとうございます」


「いえ、これが仕事ですので。……失礼します」


 機械のようにそう言って、少女は通話を切ってしまった。


「…………」


 私は通信結晶を握りながら、椅子から立ち上がり、振り返って外を見る。夜景を見下ろしながら思案する。

 ――――アリス。

 金髪碧眼の少女。二年前、『あの日』からアテム様に新たにか(・)れ(・)た(・)少女。

 アテム様の身の回りの世話を行うメイドとのことだが、謎は多い。なにせ、感情を表に出さないのだ。何が好きで、何が嫌いか。魔法は使えるのか。剣は振るえるのか。そんな基本的な情報さえ、彼女から告げられることはなかった。


 私たちと同じようにアテム様に作られた存在だというならば、それくらいの感情は持ち合わせているはずなのに。受け答えはできるのに。自分のことは話せない。感情も、まるでない。


 ……思えば、【金剛】の勇者シャウラは時折、奇声を上げたり、異常な興奮を見せたり、不安定なところがある。【無敵】の勇者グラスは、二年前までシャウラと同様の症状が見られたのに、今となっては、かなり安定している。二年前までの記憶に関して聞くと、苦笑いして誤魔化されるようなこともあった。


 おかしい。

 何かが、おかしい。

 偉大なるアテム様を疑うような気は毛頭ないが、それでも、何か、とてつもないものに巻き込まれているという実感はあった。


「……今度、調べてみましょうか」


 調べるとしたら、まずは、神話の時代から人族の時代に至るまでの資料かしらね。

 もちろん、一通り目は通してはいるけれど、もしかしたら、見落としてる点があるかもしれない。見たことのない資料も、あるのかもしれない。

 私は頭が悪い方ではないし。知ることで、何か、あの方の力になれるかもしれない。

 とりあえず、この場ではそれだけ決めて。目の下の隈の部分だけ化粧で隠してから、巨大転移魔法陣を起動させる。

 私は『オベリスク』の最上階へと向かった。



 ―――



 白亜の巨塔『オベリスク』。

 外壁も、内装も、光沢を放つ石壁の白が基調の神秘的な塔である。

 人界で最も高いその最上階フロアは、アテム様の私室となっている。

 他フロアと同じ広さを持つが、この一室すべてがアテム様の部屋なのだ。

 大きなベッドにデスク、様々な資料や魔道具が置かれた棚があるが。それでも、この部屋の半分にも満たない……そうだ。

 なんせ、その、アテム様が部屋として使っている半分と、今、私たちが謁見の際に踏み入れられる場所には、空間を遮るように巨大な白いカーテンで仕切られているのである。

 メイドのアリス以外、おそらく、他の勇者たちもカーテンよりも向こう側に入ったことはないのであろう。


 私が転移魔法陣によって最上階フロアに足を踏み入れると、そこにはすでに他の勇者たちが集まっていた。

 転移魔法陣の上で目を開けると、二人の男が私を囲んでいた。


「よぉぉ、遅かったじゃねぇかアリエス理事長ぉ」


「けしからんッ! けしからんぞアリエス! 教育者ともあろう貴様が! 正義に反するぞッ☆」


 舌が回っていない大柄の黒肌の男が【金剛】の勇者シャウラ。

 正義を殊更に主張する男が【炎雷】の勇者レオだ。赤毛をクルクルのスパイラルパーマにしている。シャウラとは違い、筋肉質であるが、バランスよく鍛えられた印象である。

 そんな彼らの小言には、こちらも慣れっこだ。

 大体、体育会系とは馬が合わないのである。


「はいはい……」


 私は彼らを素通りした。どうせ私に小言を言うために魔法陣の近くにいたのだろうから、相手にしない方が吉である。

 見ると、いつも通り白い長机と七つの椅子があった。その中の一つに腰を掛ける。

 すると、隣に座っていた少年が、私の顔を覘き込むようにして話しかけてきた。


「でも、本当に遅かったねアリエス。いつも一番乗りだというのに、君らしくもない」


「……私にも、いろいろあるのよ」


「ふぅん、いろいろって何だろ? 僕、気になるなぁ」


 私が返答に困っていると、彼のさらに隣にいた、二つの顔面を持つ老人が、笑って話を中断した。


「フォッフォッフォッ! それ以上を聞くのはマナー違反というものですぞ、エルナト殿。女性には我々には想像もできない苦労を抱えているものでございます」


「ふぅん、それを知ろうとするのは『絶望的』ってわけだね」


 そう言うと、ふふふふっと少年は笑った。

 少年の名前はエルナト。【召喚】の勇者だ。

 二つの頭を持つ老人の名前はジェミニ。こちらは【改造】の勇者。

 二人とも白い髪であるが、エルナトの方は生まれ持っての白。ジェミニは年老いた所為で出来た白髪のように見える。まぁ、勇者は全員1000歳なのだから、年齢に差はないのだけれど。


 ジェミニの頭は意思疎通ができるものと、そうでないものがある。直立した頭に付属しているダランとした方の頭は、髪の毛も付いておらず、よりシワクチャである。

 脳みそを増やしたくて【改造】してみたのだそうだ。

 その脳の元が何だったのかは……、知らない方が良いのだろう。


「フォフォッ! そういうわけで、エルナト殿の粗相は許してくだされ、アリエス殿」


「は、はぁ……」


 ともあれ、何だか勝手に勘違いしてくれたみたいだから、とりあえずは良しとしよう。

 違和感うんぬんの話は、きちんと調べてから言うべきだろうしね。

 案外、ただの違和感ということもある。

 何でも、早計はいけないことだ。


「ふぅ……」


 何だか安心して、一息ついた。

 とりあえず、今日、集められた理由を知らないか聞いてみよう。

 そんな気がおきて。先ほどから騒がしかったのに、不動であった【無敵】の勇者グラスに話かけようとしたが、それは打ち切られることとなった。


「勇者の皆様方、席にお座りください。アテム様、全勇者、集合いたしました」


 カーテンから出てきた金髪碧眼の少女、アリスに続いて。あの方が姿を現した。


「連絡と準備ありがとう、アリス。早速のところ悪いけど、追加命令よ。頼めるかしら?」


「はい、何なりと。アリスは、貴方様のアリスですので」


「うふふふっ、では、紅茶を入れて頂戴。とびっきりのヤツをね」


「かしこまりました」


 下がっていったアリスを笑顔で見送って、アテム様は七つの椅子の中でも、少し大きめなモノに坐した。

 騒がしかったシャウラも、煩かったレオも、いつの間にか着席していた。

 アテム様が口を開ける。

 それに、皆が注目していた。


「今日は特別な報せがあって貴方たちを集めたのだけど……。そうね、メインディッシュは最後にするとして。とりあえずは、定時の連絡からお願いしようかしら」


 そう言って、アテム様はまた、「うふふふっ」と素敵な笑顔を浮かべていた。



 何だか。

 今日のアテム様は、いつになくご機嫌なようであった。

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