第10話 勇者会議は踊り狂う。 後編
「――――以上が、央都に関する報告になります」
私がそう言って着席すると、アテム様が納得したように頷いた。
「相変わらず、アリエスは優秀ね。どこかの北方地区代表の方には見習ってほしいものだわ」
「あはは、こりゃ手厳しいね」
指摘を受けた少年のような風貌の勇者は、頭に手を当てて苦笑していた。
「なんてったって北方は一番『
「何ッ!? 貴様アテム様の命令に背くというのか!! それは『正義』に反するぞッ☆」
「いや、別にそういうわけじゃないんだけど…‥」
人界は、我々、勇者たちの支配下にある。
我々、七聖勇者は、人界の各地区を担当し、統括することで管理しているのだ。
国という概念は、本の中だけの存在。神話の中だけの存在だ。
人界は、神々の抗争によって、その土地の大半が失われている。
限られた土地と、すでに崩壊した外界である『虚無領域』との間は大きな壁で区切られている。虚無領域には『
四方の壁には超巨大魔法陣が描かれており、その結界魔法によって、人界は平穏を保たれているのだ。
しかし、内側が常に安全というわけではない。
「北方地区は
「……うちの優秀な学生たちを、あまり無駄に死なせないで欲しいわ」
「あは、こりゃまた手厳しいね。でも、やっぱり学院上がりの魔法騎士は優秀だからさ、つい頼っちゃうんだよ。練度が高いからねぇ。死亡率も、他の騎士と比較すると、有名校卒業生の方が低いし、任務達成率も高い」
「いくら褒められても、その優秀な卒業生を死なせられたら、こっちも立つ瀬がないのだけれど」
「あはは……『絶望的』ってやつだね」
私は思わず、自分より身長の低いエルナトの眼を睨んだ。エルナトもまた、私を睨み返す。
まぁ、確かに北方地区の『
だから仕方がないとは思うのだが……。
エルナトが、食えない男だからということもあって、納得できないのだ。
こいつも何かを隠してる。そんな気がしてならない。
「二人とも、会議の途中に喧嘩しては駄目よ。そういうのは終わった後にしなさい」
「はい」
「すみません……」
私たちが睨み合うのをやめると、グラスがワインレッドの長い髪をかき上げて立ち上がり、南方地区の報告を始めた。
四方の壁の、その内側に、円形の壁で区切られた土地がある。
そここそが基本的に人族が生活できる範囲となる。
円形の壁より外側と、四方の壁までの間は、『未開拓領域』と呼ばれている。冒険者が現在進行形で開拓を行っているが、魔獣たちが住み着いており、完全に人族の領域とは言えない状況なのである。
その未開拓領域で『
東方地区統括、【炎雷】の勇者レオ。
西方地区統括、【金剛】の勇者シャウラ。
南方地区統括、【無敵】の勇者グラス。
北方地区統括、【召喚】の勇者エルナト。
学園都市(央都)統括、【回復】の勇者アリエス。
オベリスク管理、【改造】の勇者ジェミニ。
そして。
人界の王、【創造】の勇者アテム。
円形の壁で区切られた土地を、ホールケーキを分割するように四つに分けた地区、さらには、その中心部に当たる三つの学園都市が集まった央都『パンドラ』、そしてここ、白亜の巨塔『オベリスク』。
それらを、それぞれの勇者たちが領主のような形をとって管理し、敵勢力から民を守っているのだ。
そうやって、この人界の平穏は保たれているのである。
―――
「――――南方地区の報告は以上になります」
対面のグラスがそう言って、着席した。
報告は西方地区統括のシャウラから時計回りで行われた。
ゆえに、これで全員の報告は終わったはずだ。
すると、一番最初に報告をしたシャウラが、あくびをしながら机の上に足を乗っけた。
その行儀の悪さに、アリスがムッとした表情を向けるが、彼には関係ないようだった。
「なぁぁアテム様ぁ、俺もう我慢できねぇよぉぉ! 早く『特別な
いつもだったら煩わしく思われるシャウラの声。
だが、今日ばかりは違った。シャウラの発した言葉は全員の総意だったらしく、六人の視線が、全てアテム様に集まった。
アテム様は目を閉じたまま、紅茶を一口だけ飲み込むと、目元をほころばせながら話し出した。
「うふふふふふっ、そうね、報告も終わったものね。……今日は皆に見てもらいたいものがあるの。……アリス、あれを持ってきてもらえる?」
すると、隣で立っていたメイド服のアリスが頭を垂れ、そのままカーテンの向こう側へと歩いて行った。しばらくして、彼女は二つの黒い箱を持ってきた。
その箱のことは知っている。
保管用の魔道具だ。
施錠の魔法を掛けた当人にしか、絶対に開くことのできない箱。いかなる高位の魔導士でも、開くことは不可能な、超高セキュリティーな箱である。
さらには、その存在そのものが、当人の許可なしには隠される魔道具だ。
黒い箱はアテム様の前に置かれた。よく見ると、その錠前は予め外されていたようである。
アテム様はそれらを開けて、中を見せた。
「……灰?」
疑問が浮かんだ。
中身は灰だった。何の変哲もない、ただのゴミのように思えた。
皆も困惑しているようだった。この灰が一体なんだというのか。
……しかし、ただ一人。
シャウラだけが震えていた。
「ば、馬鹿なぁぁっ! そんな、そんなわけがねぇ!」
シャウラは立ち上がり、驚愕を露わにしていた。
アテム様は、何も知らない私たちに説明し始めた。
「この箱に入ってたのはね、結界札なの。『太陽地獄』と『時の牢獄』。私の最高傑作だったわ。ここに吸血鬼の皇子を封印していたのは、皆も知ってるわよね? けれど、これが今朝確認したら灰になっていた……。つまり、どういうことか分かるかしら?」
「……つまり?」
私が恐る恐る問うと、アテム様は微笑を讃えながら答えた。
「吸血皇子……いえ、吸血魔王が復活したということよ」
「――――!?」
戦慄が奔った。
馬鹿な。
それはつまり、『太陽地獄』と『時の牢獄』を破壊したとでもいうのか……?
あの無限に続く地獄を、破壊したとでもいうのか?
「今朝、違和感を感じて久々に箱を出現させたらね、二つとも錠前が木っ端みじんに破壊されてたの。そして中をみたら……、灰だったわ。つまり、かの魔王は、独力で結界を破壊し、結界から脱出したということね」
ありえない、不可能だ。そう思った。
けれど、目の前に証拠がある。
そして証言者はアテム様だ。
私たちが唖然としていると、やはり、第一声を上げたのはシャウラだった。
「ふざけやがってぇぇっ!!」
彼は筋肉で盛り上がった肉体を持ち上げると、右の拳で机を貫いた。
彼の肉体は鋼鉄だ。
「俺がアイツを殺しに行くぅぅ!! 魔界への門を開けてくれぇぇ!」
ズンズンと進み、部屋から出ようとするシャウラ。
「おい、アテム様の御話はまだ終わってないぞ」
そんな彼を呼び止めたのは、【無敵】の勇者グラスであった。
極めて冷静な彼女は、シャウラの肩に手を置いて制した。
が、その手は跳ねのけられた。
「関係あるかっっ! 湧いた虫を潰しに行くだけだぁぁ! 邪魔するならお前も殺すぞグラスゥゥ!!」
シャウラは、怒りの形相のままに、無表情で動かないグラスの首を掴んだ。
その腕に力を入れようとして――――、
「やめなさい」
一声で、シャウラの動きが止まった。
その緊張は、私にも伝播するほどだった。
しかし、シャウラは震えながらも、その手を放さなかった。血走った眼で、アテム様の方へと振り返った。
アテム様は、そんな取り乱した彼に、落ち着いた声音で語り掛けた。
「聞こえなかったかしらシャウラ。私は、やめなさいと言ったのよ」
そこに映りこんでいた表情は、喜怒哀楽のどれにも当てはまらないものだった。
まるでゴミを見るかのような。
羽虫を相手に向けるような、嫌悪が僅かだけ乗せられた視線。
しかし、そこには殺気があった。
言うことを聞かないのなら、指先で潰してやる。
そんなことを言外に語るかのような、殺気であった。
「………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………」
シャウラは大汗をかきながら、膝から崩れ落ちた。
アテム様はそんな彼を見て、くすっと笑いながら立ち上がった。
「あの子が結界を破壊したとのなら、間違いなく彼の特性【吸血】で太陽を取り込んでいるわ……。シャウラ、今の貴方では、あの子には勝てない」
ギリギリと歯を軋ませる音が聞こえるが、シャウラは立ち上がることができない。
いや、動けないのは私たちも一緒だった。
彼女の『圧』には、身体を締め付けられるほどの力があった。
「それに、こちらから出向かなくとも、あの子は確実に私たちを殺しに来るわ。明日か、一週間後か、はたまた数年後か……いつになるかは、分からないけどね。その牙を研いで、入念に準備を重ねて、私たち全員を殺せると踏んだら……、あの子は絶対にやってくる」
「命令よ。強くなりなさい。腕を磨きなさい。魔法を磨きなさい。魂の質を上げなさい。いかなる手段を使ってもいいわ。
「……魔王を殺すのは、勇者の役割でしょう?」
アテム様はそう告げて、不敵に素敵に笑いながら、カーテンの向こう側へと戻っていった。
私は、しばらくの間、動くことが出来なかった。
―――【創造】の勇者アテム―――
カーテンの先の気配が消えるまで、かなりの時間が掛かった。
彼らも、いろいろなことを考えていたのだろう。
これからどう動くべきか。何を第一目標とするべきか。
私は具体的なことは何も言っていないから、彼らは自由だ。
何をしても良い。
あの子を殺すために繋がることであれば、いかなることも許される。
彼らは、それぞれの方法で力をつけるのであろう。
すべては、あの子を殺すために。
「うふふふふふっ!」
思わず笑みが浮かぶ。歓喜する。
私は、二つの箱に入っていた灰を、真っ白なベッドの上に、全部ばら撒いた。
そしてその灰に顔を埋めながら、悶えた。
「うふふふふふっ、あはははははははははは!!!!!!」
あぁ、ドキドキする。心臓の音が分かるほどに。
ようやく、ようやくだ。
これで、『長年』の悲願が叶う。
彼は、ここまで来てくれるはず。
数多の苦難を乗り越えて、来てくれるはず。
私と相対した、そのとき。
彼は、きっと、私と同じ『場所』にまで、至ってくれるはず。
「あなたと会える日が、楽しみだわ……っ!」
私は、ベッドに付着した灰を、舌を伸ばしてペロリと舐めた。
――――そんな様子を、メイドのアリスは冷ややかな視線で見つめていた。
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