第7話 吸血魔王、配下たちに顔色を窺われる。



 会議はまず、俺がいない二年の間に起きたことの確認から始まった。

 大体のことはライラに聞いていたが、中央と竜闘以外の大陸の情勢については細かく聞いていなかったので、各大陸の代表から話を聞いてみることにした。

 とはいえ、アイリス・ベルが担当する浮幽ふゆう大陸、ゴーレム・オルゴールが担当する土神大陸、ミノ・パルテノンが担当する魔宮大陸には、さしたる問題はなかったそうだ。


 浮幽ふゆう大陸は魔界五大陸の中で、唯一、空中に浮遊している大陸である。

 他の大陸と比べれば面積も小さく、人口も少ない大陸であるが、その中心には天に伸びる城が聳え立っている。

 そこに住むのは、ゴースト系の魔族だ。ゴーストの彼らはあまり話をするのが好きではないらしく、大陸には異様な静けさが漂っている。

 彼らは生前の願望を探していることがほとんどで、他大陸と対立することは、今までに一度もなかったし、これからもおそらくないだろう。

 と、恥ずかしがり屋のアイリスは何とか頑張って報告してくれた。


 次に、土神大陸は、中央大陸の南方に位置する巨大な砂漠大陸である。

 知性を持つ魔族としてはゴーレム族のみであり、他は環境に適応した魔獣や動物が生息している。

 ゴーレム族は温厚な種族であり、ものづくりや建築に特化しているので、職人同士で言い合いになることはあれど、『剣や魔法で戦争!』とは無縁の種族なのである。

 一度だけ前の大陸代表が不穏な動きを見せていたらしいが、竜闘大陸の代表が出鼻をくじかれたこともあって、すぐに引っ込んだそうだ。


 ……と、ひとしきり土神大陸の現状を教えてくれたゴーレムであったが、話が終わると同時に、「自己紹介させて欲しいのデス」と言う。

 俺が首肯して促すと、土で出来た大きな体をゆっくり動かしながら、前に一歩出て深々と頭を下げた。


「ワタクシ、土神大陸代表、ゴーレム・オルゴールと申しまス。戦うのは得意ではありまセンので、雑務・鍛冶加工等で活躍させていただきまス。以後、お見知りおきを」


「よろしく。ちなみに、ゴーレムは本名でいいのか?」


「……名前は王都に来て自分で適当に決めマシタ。王都には、ほとんどゴーレム族はいなかったので、こちらの方が都合がいいと思ったのデス。……気にせず、ゴーレムとお呼びくださいマセ」


「分かった。よろしく、ゴーレム」


 俺が言うと、ゴーレムは再び深くお辞儀をし、元の場所に戻っていった。


 口調には独特の訛りのようなものがあるが、礼儀はしっかりしている。

 学院には在籍していなかったそうだが、頭も回りそうだし、何より二年、大陸代表として他の者と協力して活動してきた実績がある。信頼していいだろう。


 続いて、ミノタウロスのミノが担当している魔宮大陸についてなのだが……。


「どうだミノ。魔宮大陸に変わりはないか?」


 俺が話しかけると、ミノと呼ばれた牛頭の男は、7メートルはある筋肉で盛り上がった赤い体を緊張で揺らしながら答えた。


「え、えぇっと……月に一度、視察に向かってるけど、僕が見る限りじゃ特に変わりはない、かな……。オーブが無くなったせいで、迷宮の数と形の変動回数が少し増えた程度だと思うよ?」


「ブモー」という牛っぽい鼻息をなんとか抑えながら、自信なさげにミノは答えた。

 巨体に似合わない、その可愛らしい話し方が学院時代から変わってないことに、俺は少し安堵を覚え、苦笑した。

 学院時代には、身体を見るだけで怖がられ、内心ショックを受けていたという悲しい経歴を持つ……。


 そんな彼の故郷にして、魔界でも特に特殊な場所、魔宮大陸。

 ここはそもそも、自然魔力の変動が著しく、日々地形が変化するような大陸であり、国家という国家は存在しない。

 その大陸は塔のような迷宮が乱立しており、その大きさや数さえも変動する。

 ミノは(その可愛い喋り方に反して)そんな迷宮の中で知性を得、転移魔法陣を独力で見つけ出し、中央大陸まで渡ったという異色の経歴を持つ。

 魔宮大陸で生まれ、魔族として生き残って大陸から抜け出したミノは例外であり、怪物級なのだ。

 そんな例外な魔族はそうそういるわけもなく、この大陸も国家間の争いなんかには無縁だというわけだ。


 というわけで、五大陸のうち三大陸には特筆した騒動があったわけでもなかったようだ。

 問題はやはり中央大陸と竜闘大陸にあるものが主なようだ。

 その問題も、大体ライラに聞いたものがほとんどであった。


 中央は立て直しつつはあるが、人材は常に不足している。

 竜闘では、大陸代表を狙う、または魔王の座を狙う者たちの動きが未だにあるらしい。


「おかげで俺はてんてこまいだ……。腹にあと何個傷をつけりゃいいのか分かんねえよ……」


 リドがリザードマンの男性民族服……S級魔獣『黒龍』の皮で作られた革ジャンのようなものを脱ぐと、鱗に覆われていない腹には無数の切り傷がつけられていた。

 この二年、リドは血気盛んな者たちを黙らせるために、大陸を動き回っては決闘の毎日を送っているという。

 かつて学院時代には喧嘩番長だなんだと呼ばれた彼であるが、意外と繊細な面もあるので、この二年で抱えた心労には同情するしかない……。


「ふむ……」


 ここまで話を聞いたことで、ここ二年の大陸情勢は分かった。

 ……が、より個人的なことで分からないことがあったので、俺は聞いてみることにした。


「なぁ、そもそも俺が生きてるってどうして分かったんだ?」


 俺は二年もの間、結界に閉じ込められていた。

 結界の中というのは、現実と隔離された、もう一つの世界だ。

 そこにいる以上、現実の側にいる者たちが『あちら側』にいる存在を感知することはできない。

 つまりは、俺の存在は完全に隠されていたというわけだ。


 普通なら、俺は死んだ、もしくは人界に運び込まれ囚われたと考える方が妥当ではないか。

 また、その場合は次なる魔王を選別し、魔界をまとめていくべきだったのではないか。

 俺がそんな疑問の視線で問うと、タマがはきはきと答えた。


「私の勘ですわっ!」


「……か、勘?」


「大当たりでしたわねっ!」


 キラキラとした視線でガッツポーズをするタマのおさげをリドが躊躇なく引っ張った。

 タマは「うぇっ」という声を上げながら美少女然とした顔面を思いっきり床にぶつけた。喧嘩番長、容赦なさすぎだろ……。


 タマはタマで黙っておくつもりはないらしく、うつ伏せの姿勢のまま、左腕を巨大化させてリドを殴った。

 スライム族の上位能力【擬態β】である。

 リザードマンや爬虫類系の魔獣が使う【擬態】と異なり、スライム族は体のジェルを操作して体の姿形を任意の物に変えることができるのだ。

 使えるのはただでさえ知性を持つことが珍しいスライム族の、さらに極々一部に限られる。……再会したときは驚いたが、彼女は、この能力を使って美少女に変態していたのだろう。


 取っ組み合いになった二人は置いておき、ライラが先ほどのタマの発言に補足を入れてきた。


「タマの言う通り、最初はただの勘でしたが、それだけではないのです。ノア様」


「ふむ?」


 俺が続きを促すと、ライラはスラスラと当時の見解を述べた。


「ノア様がお亡くなりになられた、もしくは人界に拉致されたと推測する場合、明らかにおかしい点がございました。ノア様の残滓魔力が一切残ってなかったのです」


 ふむ。

 ライラの話によると、人界軍は襲撃の後、一ヶ月も経てば全員撤退していたのだという。

 魔王城の地下要塞は、外敵となる存在を感知して結界魔法を自動で起動するようにできている。ライラたちは、その機能がなくなったことを確認して外に出たらしいから、間違うことはあるまい。

 そして。

 誰かが死に、一ヶ月程度であれば残滓として魔力は僅かながら残るものだ。

 二週間もの間、生活していたのなら、それでも少しくらい魔力は残るであろう。

 それが無いとなれば、疑問を浮かべるのは当然か。


「違和感を覚え、他に監禁された者の残滓魔力から逆算してノア様が監禁されていた牢屋を見つけましたが、そこに死体はありませんでした。血痕や汚れは残っていましたが、リナリア様のように肉体を消し炭にするほどの魔法痕もございませんでしたから、何かしらの理由で、『現実のこの目では見えない魔法的な力で存在すら隠されている』のでは? と推測しました」


「……なるほどな。根拠はあったわけだ」


 結界に閉じ込められる前、【創造】の勇者は『隠匿魔法を何重にも掛けて封印するから、助けは絶対に来ない』と俺に言った。

 その隠匿魔法の魔力すらもどうやって隠したのかは不明だが、相手は、あの、【創造】の勇者だ。

 非現実的なことなど、容易に創り得ると考えておいた方が良いであろう。

 あの最強勇者が関わっている限り、『ありえない』ことすら根拠になり得るのだ。


 つまり。

 彼女が敵に回る限り、『ありえない』ことを想定し続けなければならないというわけか。


「まったく、ほんとに戦いにくい相手だな……」


 と、俺がこれから倒すべき敵の強大さに戦慄していると、後方でひっそりと真っ白な手が上がったのが目に入った。


「あ、あの……少し、宜しいで……しょうか……?」


 浮幽大陸代表、ゴースト族のアイリス・ベル。

 真っ白な肌を、白いワンピースで包んでいる。

 さらに彼女の髪はショートカットで、ちょうど右目が隠れるような感じになっている。

 彼女の身長は背の低いライラよりさらに低く、幼子おさなごのようだが、実は二百年もの時を生きていたいりするというのだから驚きだ。

 とはいえ、勉強しに中央大陸に下ってきて、同学年に在籍していたので、彼女とはライラやタマたちと同じような、旧友のような関係だ。

 かつての二つ名は『無言』に『赤面』。

 ……つまりは極度の上がり症だったのだ。

 小等部一年の頃、音楽の授業でおしっこを漏らした彼女は、記憶に新しい。

 そんな恥ずかしがり屋で引っ込み思案な彼女が手を上げたことに感慨を覚えつつ、俺は首を傾げることで続きを促した。


「私たちのことは……その、話した通りなのです……が、ノア様は、一体、どこで、どのように過ごしていたの……ですか? もしかして、そのときの記憶とかも……ないのでしょう、か?」


 アイリスがブルブルと震えながら、顔を真っ赤にしてでも問いたかったことを問うたことで、俺はようやく気が付いた。


(そういえば、俺のこと全く皆に話してなかったな……)


 ちらと見ると、アイリス同様、ライラは先ほどから聞きたくて聞きたくて仕方なくなってモジモジしているようだ。

 反対方向を見ると、どつきあいのような喧嘩が、いつのまにかじゃれ合いのようなものになっていたリドとタマの二人が、氷魔法を掛けられたかのように固まって聞き耳を立てている。


「……気の利かない魔王で、済まない」


 俺は謝罪を入れ、なるべく端的に、事実だけ、心配をかけないように、語ることにした。


 人生で一番長かった、この二年間のことを。

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