第6話 吸血魔王、配下たちを招集する。
俺は荘厳な雰囲気のあるその椅子に、迷わず歩を進め、座った。
ライラが皆に状況報告し、招集している間に、これからについて思考する。
すなわち、どのようにして復讐を成すか、である。
大きな問題としては、敵の情報の少なさだ。
数千年前、人族と魔族が戦争を起こして以来。
魔界と人界の境界門は、不可侵条約によって閉じられていた。
ゆえに、勇者たちのことも人界のことも、情報は数千年前の文献に書かれてあることくらいなのである。
七聖勇者。
彼らは不老の存在である。
彼らの能力の特徴は文献でも確認することができたが、何せ数千年の時間だ。
成長、変化している可能性は十分にある。
また、人界の地形や情勢も変化しているに違いない。
魔界にも軍で攻めてきた。
ならば、軍人を集め、育てる制度だって出来ているはずだ。
その中から、勇者に次ぐ筆頭戦力が生まれている可能性だってある。
あまりにも、情報が少なすぎる。
人界への侵入というのも考えてみた。
が、人型以外の魔族では難しく、
人族とほとんど見た目の変わらぬ吸血鬼の身体といえども、少なくとも勇者二名は俺の姿をすでに見ている。危険だ。
魔族だとバレずに、歴史や地理的なことまでも把握する方法。
そんな都合の良い方法が……一つだけある。
転生術式。
これを、人界に住む人族の家庭に狙い、起動させる。
魔術式には膨大なアルファベットによる魔法陣を構築しなければならないが、構成式はいざというときのために覚えている。抜かりはない。
「俺の記憶は……消しといた方がいいかもな」
俺は、俺がそこまで優秀ではないことを知っている。
ポーカーフェイスを転生してから何年も続けられるほどの完璧超人ではないことを知っている。
ゆえに、己の記憶を事前に操作しておくのだ。
真祖様の魂器にある【吸血】を使って、己の記憶を消しておく。
魂の主構成要素である記憶が失われれば魂器も使えなくなるだろうが、
規定の時期になったら記憶を戻してもらうのだ。
貴族の家庭に狙いを定めて転生すれば、俺の元来の魂の質から考えて、おのずと勉学にも励むだろう。
「……とか考えてるんですけど、可能ですかね?」
俺は話しかけた。手元の深紅の剣に。
長剣はカチャカチャと動き、それに答えた。
「あー、できんじゃねえか? 魂の情報を吸い取り、そこから経験を奪うことが【吸血】の能力だ。俺様の【吸血】でお前の記憶を吸いとっておけば、この剣にお前の記憶を閉じ込められる。あとは、俺様がタイミングを間違えずに記憶を渡せば、この魂器も取り戻せて問題解決ってわけだな」
真祖様の言う【吸血】というのは、王になる契約で引き抜いた、この吸血剣に備えられた能力である。
そもそも、王の契約で手に入れられる力は以下の五つだ。
・契約前の二倍にもなるほどもの強大な魔力。
・絶対に折れない強度と、いかなるものでも切れる鋭さをもつ吸血剣。
・【吸血】の能力を斬りながら行使できる。刃から対象の血を吸いとる。
・心臓部に突き刺せば、三十秒ほどで全ての血液を吸いとる。(【吸血】時間の短縮)
・魂を【吸血】していくことで生じる負担の減少。
一番重要なのが五つ目の力だ。
俺は今後、対象の魂を奪い、能力を得て強くなっていくのだろう。
が、太陽のときと同じように、【吸血】するということは、対象の魂を取り込み、一体となるということだ。
数多の敵を切り伏せていけば、あらゆる情報が雪崩込み、パンクしてしまうのは目に見えている。その問題を解消するのが、この吸血剣というわけだ。真祖様が言うには、完全に全てをゆだねることは契約で禁止されているが、半分くらいは負担を減らしてくれるらしい。
思えば全生物の魂を取り込んでもケロリとしていたようなお方である。やろうと思えば可能だが、あくまで彼女は傍観者でいたいのだと。
今回は俺の記憶を【吸血】で一度預かってもらうだけということで、能力の応用、というところで納得してもらえたようだ。よかった。
「【再生】能力はどうなります? 人族の身体になったら、失われたりしませんか?」
「そこについては大丈夫だ。うーん、どう説明しようか」
うぬぬぬと悩みながらも、真祖様は説明してくれた。
そもそも【吸血】や【再生】などの各種族が持つ固有の能力というのは、魂器の能力と同様、記憶から成るものだというのだ。
魂器が個々人の記憶から構成されるモノだとしたら、種族に共通する能力は、種族で共有している記憶から構成される。
要するに、種族に備わる能力というのは、脈々と引き継がれてきた強烈な思い込みの結晶なのだ。
神話の大戦後、はじめに吸血鬼として生を受けた奴らが、長い犬歯を持って生まれ、血を吸うことに長けていると思い込み、
少年が岩場に到達し、真祖の逸話が広がってからは多くの吸血鬼たちが自分の身体も【再生】できるのだと思い込んだ。
できないことには「血が薄いから」、特別な力には「王族だから」といったように理由を付随させていく。思い込みはより現実的なものへとなっていく。
その思い込みは物語や常識として、世代を超えて同じような記憶が刻み込まれていく。
そうやって魂の奥底にある共有の記憶によって、種族的な能力は行使可能になるというわけなのだ。
「つまり、転生後も記憶さえ取り戻せば、魂器と同じように吸血鬼の能力も戻ってくるってわけですね?」
「ああ、種族としての記憶もお前の魂の中に入っている。魂を構成するものは記憶だから、お前が記憶を取り戻したとき、魂器も能力も、すべては元通りってわけだ」
「なるほど、なら一安心です」
転生したとしても、【再生】が無くなるのならデメリットが大きすぎるからな。
この能力が無くなるとなると、一気に勇者どもを倒す難易度が跳ね上がってしまう。
逆に言えば、このスキルさえあれば、成功率は間違いなくあがるであろう。
「ふぅ……」
一番の懸念が解消されたことで、安心して息を吐いていたところ、
ドタドタという騒がしい音が部屋の外から響いてきた。
「ノア様――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――!!!!!」
バーーーーン! と勢いよく開かれる扉。
俺がギョッとして音の鳴った方を見た時にはすでに、彼女は俺の胸に飛び込んできていた。
「ノア様―――――!! 会いたかったですわーーー!!!」
ぎゅーっとしがみつかれるように抱き締められる。
プニンとした感触が伝わってくる。
密着した白い肌は、冷たいが心地いい。
幻想的な青の髪を二つのおさげにした少女は、瞳の中に星が入っているかのようにキラキラした視線を向けてきた。
うん、なんかものすごく懐かしい感じなんだ、けど……。
「えっと……?」
頬を摺り寄せてくるこの美少女に、残念ながら見覚えはない。
俺が困っていると、少女が入ってきた扉から、次の来訪者がやってきた。
「おい! この馬鹿タマ!! なに抜け駆けしとるんじゃボケ!!」
ズシンズシンと足音を鳴らしながら先頭を歩いてきたのはリザードマンの男だった。
リザードマンの男はそのまま美少女に近づくと、その頭をどついた。
女の方はそんな男をキッと睨み上げた。
「リド……っ! 私とノア様の密会を邪魔してるんじゃないわよっ!」
「あん? 誰と誰の密会じゃボケ! 今からやんのは代表交えた会合だろうが!」
「馬鹿だのボケだのうっさいわね! この筋肉馬鹿!」
「誰が筋肉馬鹿だ! 大体、学院時代の成績は俺の方が上だったろうがこの馬鹿タマ!」
ぐぎぎぎぎ! と二人は互いに顔を近づけて睨み合っていた。
呆気に取られていたが、その懐かしい光景を、俺は確かに覚えていた。
旧友の体つきも二回りほど大きくなっていて感慨を覚える。
昔の喧嘩していた二人の姿と重なって、泣きたくもなる。
……が、その光景の『ある部分』が、決定的に変わっていた。
「お、おいリド……、その美少女は本当にタマなのか?」
タマは確かに『女性』だった。
けど、タマの種族は……スライムだったはずだ。
ポムポムと跳ねていた彼女をクッション代わりに抱き着いていた記憶すらある。
そんな彼女は、「きゃぁぁぁあ! ノア様、私のことを美少女だなんてぇぇ!」と顔を抑えながら悶えているが、気にしない。
リドと呼ばれたリザードマンの男の方は、凶暴な歯を見せながら、笑って答えた。
「ああ、変わっただろ? ……変わったさ、皆。お前に仕え、勝つためにな」
リドは言うと、膝をつき、頭を垂れた。
「お前を信じ、待っていた。……っと、積る話もあるが、そろそろだな。揃ってからにするとしよう」
リドが言うように、扉の方を見ると続々と見知った者たちが部屋に入ってきた。
その先頭を行くのは、招集の命令をしたライラだった。
「お二方、先走りするのはおやめくださいませ。お気持ちは分かりますが、我々には成すべきことがありましょう」
「そんなこと言って、ライラ様だってノア様と熱い抱擁を交わしたんでござましょう!! そんなのズルいですわっ! 職権乱用ですわっっ!」
ずるいですわーーっ! とジタバタしていた青髪少女をリドが抑える。
ライラは気にも留めないといった様子で玉座の前に赴いた。
そして全員が膝をつき、頭を下げた。
「全大陸代表六名、御身の前に」
「「「「「御身の前に」」」」」
ライラの言葉に全員が倣った。
その統制力に、彼らの繋がりを感じた。
この結束があれば、この強さがあるのなら、
(……世界だって、壊せるはずだ。)
俺はある種の確信を得ながら、彼らに最初の命令を下した。
「会合を始める。まずは……情報交換からいこうか」
――――顔をあげよ。
その言葉一つで全員が俺を見た。
そして、俺は痛感した。
始まった。始まってしまったのだ。俺の王としての物語が。
逃げることは許されない。
向き合い続けるのだ。この現実に。
戦い続けるのだ。この運命に。
たとえ、血の海と死肉の山を築くことになったとしても。
我が使命を成す、そのために。
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