第11話 なんか晩餐だって
「リグロル、リグロル落ち着いて、ねぇ大丈夫?僕は大丈夫だからさ」
流石に文月から宥めの言葉をかけられてリグロルは大きく息を吸い、ゆっくり吐く。深呼吸。
そしてすぐに冷静さを取り戻した。
「お見苦しい姿を晒してしまいました。フミツキ様、重ねてお詫び申し上げます」
無意識に女の子座りしている文月にリグロルが深々と頭を下げた。
「ううん、僕が落ち込んでるからダムハリを呼んでくれたんでしょ。ありがとう。全てが解決して心底納得なんて全然出来てないしまだ絶賛悩み中……けど、ちょっとだけ僕は僕を受け入れるよ。だからリグロルありがとう。リグロルのおかげだよ」
「もったいないお言葉です」
「よいしょっ……と。あーだめだ、立たせてもらっていい?」
「はい、すぐに」
膝立ちにはなったがそこから上手く立ち上がれなかった文月はリグロルに助けを求め、リグロルも嬉しそうにその手をとり介助する。
「さてと、国王様との夕食だよね。準備の続きをしようか」
「大丈夫ですか?体調が優れないということで延期も可能ですよ」
「いずれは会わなきゃいけない人だし……頑張るよ」
「ご立派です」
「そんなことないよ」
「いいえ、ご立派です。自信をお持ちになってくださいフミツキ様」
リグロルは文月を再び化粧台の前に座らせてドレスを着せてゆく。髪を結い上げドレスに合わせた靴を履き準備完了。
文月を正面から見つめてメークの最終チェック。よしっ、とリグロルは心の中で了承を出した。
「さぁ参りましょう」
「うん」
文月はリグロルの手を素直に握り返し立ち上がる。
立ち上がる時、今までよりも力強く、自信を持って握り返してくるその強さにリグロルは嬉しくなる。
リグロルは文月の左手を取り扉を開けて廊下に連れ出した。
そっと扉を閉めて文月に問いかける。
「フミツキ様、寒くは無いですか?」
「涼しいって感じるくらいだから大丈夫だよ」
「寒く感じられたらおっしゃってください」
「うん、わかった」
再び幾つかの廊下と階段を経てようやく食堂の扉の前に来る。
リグロルは扉を開けて文月を中へ誘導した。
文月は大ホールを想像していたのだがそれよりは小さな部屋だった。小さいといっても日本の国道沿いにある車の販売展示場程度の大きさはある。
しかし派手すぎる装飾や不必要な豪華さは無く室内はとても落ち着いた雰囲気だ。分厚い木のテーブルや10脚程の椅子の綺麗にそろった曲線も文月には好感が持てた。
室内は給仕のメイドたちがお皿を並べていた。ダムハリの一件があったが、どうやら国王は勿論タルドレムもおらず文月が一番乗りのようだった。
「マドリニア王が見えるまでは椅子に付かずに待ちましょう」
「なるほど、そういうものなんだね覚えておく」
今後もこの手の礼儀作法や常識は覚えなきゃいけないんだろうなと思い文月はリグロルの指示を記憶した。
室内は天井からぶら下がる3つのシャンデリアと壁にかかっているいくつもの光源があり、やさしい明るさに満ちていた。
文月が部屋に入ってすぐにメイドたちの仕事は終わったようで全員壁際に待機する。
静かになった室内だったが重苦しい沈黙が満たしているわけではない。
「ねぇリグロル、この部屋の灯りって……ろうそく……じゃないよね」
それでも文月は小声でリグロルにたずねてみた。
「はい、その通りです。魔石に魔力を練りこんでおり、それを発光させています。光っているのは魔石です」
「おぉー、なんだかよく分からないけどすごいね」
「フミツキ様にも出来ると思いますよ」
「そうなの?やり方なんて全然想像もつかないよ」
「矢には魔力を巻きつけましたが、石には練りこむんです」
「うん、わかんないや」
「ご興味がおありでしたらお試しになられますか?」
「あー、そのうちにね」
「いつでもおっしゃってください。ご用意できますので」
「うん、ありがとう」
文月とリグロルが何て事のない会話をしていると扉が開けられてタルドレムが部屋に入ってきた。
「フミツキ、早かったね」
「うん、リグロルに手伝ってもらったから」
「まだ緊張してる?」
「うん、してるよ。けど、緊張してるって事は認めているんだ」
「じゃぁ大丈夫だな」
「どうだろう?何かやらかすかもよ」
「あはは、楽しみにしてるよ」
「よーし、楽しませちゃうぞー」
顔を見合わせてタルドレムと文月は笑いあう。その様子をリグロルがとても満足げに眺めていた。
「国王様がお見えになりました」
声を張っているわけではないが扉の前のメイドが室内の全員に聞こえる大きさで告げる。そして扉を開けた。
威風堂々と入室して来たのは間違いなく一国の王だ。歳は日本での経験から鑑みると三十台後半から四十台かと思われた。顔つきはタルドレムに似ているが刻まれている経験が違う。全体としては柔和な印象を受けるが、その眼光は鋭い。タルドレムも王族としてのオーラのようなものは纏っていると感じていたが、やはり国王ともなると別格のオーラを放っていた。タルドレムよりも濃い緑の髪の持ち主だった。
そして文月は驚いた。
国王と同席することは聞いていたので当然覚悟していたし予想の範疇内。どんな人物が出てきても驚かないように心構えはしていた、が国王が女性をエスコートしているのを見て緊張に飲まれてしまった。
服装からしてかなり高貴な身分の女性だろう。というか国王がエスコートしている時点で王妃に確定である。真っ青な髪が後ろに流れ腰辺りまで伸びていた。
当たり前といえば当たり前だ。タルドレムがいるのだから当然両親がいる。国王がいるのだから王妃がいる。なぜこの事に頭が回らなかったのだろう。文月の覚悟に緊張でひびが入る。
文月の頭の中を、嫁、姑、いびり、確執、鬼のいぬまに洗濯、などという単語が飛び交う。
国王と王妃がテーブルの誕生席側に並んで座る。右に国王、左に王妃。
タルドレムが国王側に座る。そうなると文月の席はタルドレムの正面、王妃側になる。というかその席にすでに食器が用意してある。
予想外の人物の登場でガチガチに緊張した文月の手をリグロルがきゅっと握りささやく。
「フミツキ様、ご挨拶を」
「あ、うん……。初めまして達島文月です」
文月がリグロルに促されてお行儀良く頭を下げる。
「うむ、私がこの国の王、マドリニアだ。まぁそんなに畏まる必要は無い」
「ふふふ。私はジクドリア。タルドレムのお母さんよ。フミツキさんもお母さんって呼んでいいのよー」
「そうだったな、私の事はお父さんと呼んで構わんぞ」
「はぁ……はい」
「父上、母上、冗談はその辺で。いきなりでフミツキも驚いてます」
「あらー?冗談なんて言ったつもりはないわよ」
「そうだな、冗談ではないぞ」
冗談じゃない。
「さぁさぁ、フミツキさん座ってー。続きは食事を頂きながら楽しくおしゃべりしましょう」
のほほーんとしたジクドリア王妃がぽふっと手を打ったのを合図に周囲のメイドたちが動き出し、隣室から料理が運ばれてきた。
各人の前に料理が運ばれる。
「うむ、では頂こうか」
マドリニア王の声を合図に文月以外の3人は動き出す。文月は正面に座っているタルドレムの食べ方を見よう見まねで動くのでワンテンポ遅れたような動きだ。
「あらフミツキさん、そんなに畏まって食べる必要は無いのよー。ここに居るのは身内だけ。礼儀作法に縛られておいしく食べられなかったらー……おいしく食べられないわ」
「うむ、作法はこれから自然と覚えて行くだろう。本日は我々の人柄をフミツキに見てもらうことが主な目的だ」
「あ、なるほど、そうなんですね」
マドリニア王の言葉にフミツキの緊張が和らぐ。
「当然、フミツキの人となりも見させてもらうがな」
ひえぇー。
「大丈夫よー。きちんとご挨拶できたし、食事が始まったらお行儀良くしようとタルドレムを真似ようとしてたんだもの。合格ごうかくー」
「そうだな。十分だ」
なんともゆるい審査基準だった。
「でー。タルドレムの子はいつ生まれるの?」
「ぬっ!」
文月はスープを噴出しそうになった。
「おい、タルドレムまだ仕込んでないのか?」
「お戯れを。出会ったばかりです」
「フミツキさん、生理は来た?」
「来てませんっ」
「いつから無いの?」
「ずっと無いですっ」
「でかしたー」
「でかしてませんっ」
何にも食えねー。
文月はありもしない堀を次々と埋められてげっそりする。
そんな文月を見てジクドリア王妃はころころと笑った。
「私はねー、ちょっとした事故で子供をもう産めない体になっちゃたの。王には側室を娶るように勧めたんだけど頑固に拒否されちゃってー」
ちょっぴり寂しそうに、とっても嬉しそうにジクドリア王妃が重たい話を口にする。
いきなりの話に文月は返事も出来ない。
この手の重い話題を綺麗に収めるほどの人生経験なんて積んでない。
「母上、フミツキが困ってますよ。初対面でなんて話題を振るんですか」
「いずれは分かることだし、気にして欲しくなんてないしー、自己紹介の一部よ」
「私は弓矢が得意でな。かなりの数の魔物を仕留めてきた。今でも腕前は衰えておらんと自負しておる」
「国王様はねー、一本の弓矢で2体とか、3体の魔物を仕留めてしまうの。格好いいでしょうー」
「我妻ジクドリアは料理の腕もかなりのものでな。今出てきた皿の料理もジクドリアが考案したものだ」
「だからタルドレムは私の作った料理を食べて大きくなったのー。大きくなったねー」
「父上、母上、話題が変わり過ぎです、落ち着いて下さい。フミツキが先ほどから何も食べれてません」
「あ、いや、うん、その、大丈夫だよ」
「フミツキさん食べてー、どうかしら?」
ジクドリア王妃に勧められて文月は慌てたように目の前の皿の肉をひとかけら口に入れる。
「はい、おいしいです」
「本当にー?味わったー?」
「あ、はい、あ……本当においしい、おいしいです」
「よかったー」
口に入れた途端に味がするわけでもなく、ジクドリア王妃に言われて意識を舌に持って行ったら本当においしかった。最初にお世辞をつかったのがばればれであるが当の文月がお世辞がばれたことに気が付いてない。そしてマドリニア国王もジクドリア王妃も、文月が悪印象にならないように一生懸命お世辞を言ったことは十分承知しておりそれを楽々受け入れるだけの大きな器量は十分に持ち合わせていた。むしろ文月の今とった一生懸命さはかえって好印象に映ったくらいである。
「フミツキ、口に合わなかったら正直に言ってもらって構わないよ」
「ううん、本当においしいから」
「そういえばフミツキも料理をするんだっけ?」
「あ、いやそんなたいそうな料理は作れないよ。妹相手に作ってただけだし、チャーハンとか野菜炒めとか簡単なものしか作れないんだ」
「野菜炒めはなんとなくわかるけどー、ちゃーはんってどんなお料理なのー?」
「えーっとお米をお肉や野菜と卵と一緒に炒めてちょっと辛くて甘いような味付けをするん料理です」
「ふむふむ、おこめがわからないなー」
「あ、そうなんですね。えっとお米って言うのは稲から採れて、えーっと穀物なんです。白くてつぶつぶで僕のいた国では主食でした」
「なるほどねー、おこめが無いと再現は難しいかなー」
「そうですね。似たようなものがあれば出来るかもしれませんけど、調味料も必要ですし」
「そうなのねー、一度厨房を覗いてみたらどうかしら。もしかしたら似た調味料とかあるかもしれないからー」
「お邪魔じゃなければ……」
「いいわよー」
あー、料理イベント発生したー。
これはおかしな料理は作れないなと文月は内心冷や汗をかいた。
「タルドレム、話したのか?」
「いえ、まだです」
「そうか、ふむ……」
タルドレムとマドリニア王の間でしか通じない会話をした。
「明日は何か予定があるのか?」
「一緒に城下町に下りてみます」
「ふむ、まぁよかろう。今はその方が大切かもしれん」
「はい」
「フミツキさん、ヘミングに行くの?」
「え?ヘミングとは?」
「明日行くって約束した城下町の名前だよ」
「あ、なるほど。はい、タルドレム……くん?さん、に連れて行ってもらいます」
「じゃぁねー。ドリン亭の焼き菓子を買ってきてー」
「はい、……って言っちゃいましたけど、ドリン亭がどこにあるか分からないんですが……」
「大丈夫、俺が知ってるから。覚えていたら買ってきますね」
「ちゃんと覚えておいてねー」
「フミツキ、こやつの事はタルドレムと呼んで構わんぞ」
「二人の時はそう呼んでくれてますよ」
「私もー二人のときはお母さんって呼んでね」
「あは、あは、あはは」
国王との晩餐は恙無く進んでゆく。
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