第35話 なんか内心だって
「さて、フミツキ様は魔法に対して、どういう印象を持たれていますか?」
アガサの授業は文月への質問から始まった。
「んーと、んーと、思った事が現実になる不思議な力?かな?」
「実際に目にされて如何ですか?」
「えっとまだそんなに沢山魔法を見た訳じゃないけど、その印象にあまり変わりはないです」
「なるほど」
アガサは指を一本ピンと立てる。
「魔法は便利です、けれども万能ではありません。術者の意図した事の全てが実現出来るわけではありません」
「はい」
「この世は不可逆です。起きてしまった事実を起きてなかった事実に置き替える事は出来ません」
ふむふむと文月は肯く。
「極端な具体例を挙げるなら、死んだら生き返りません。これは覆せない事実の一例です。世界の
ん?ん?ん?
文月は首を傾げた。
文月の表情を読みながらアガサは授業の方向を考える。
「例えば、このカップが割れたとしましょう」
「はい」
「割れたカップを元に戻しても、一度割れた、という事実は残ります。それを魔法で直そうが手で直そうが、割れた、という事実は存在します」
「ふむふむ」
「魔法の力は絶大ですが絶対ではありません。現実を改変出来るような力は有りません。あたかも現実を改変したかの様に見える程の力があるだけです」
「何となくわかってきた……気がします」
「私は攻撃魔法を得意としていますが……」
そう言ってアガサは手のひらの上に炎を出現させ、すぐに消した。リグロルの目がギンっ!と厳しくなる。文月の前で攻撃魔法を展開したのが余程気に障ったようだ。
「今の火は何も無い所に現れたように見えましたが……そうですね」
そう言ってアガサは暖炉に向かい火の付いた薪を一本手に取る。
「リグロル、怒らないでね?」
リグロルににっこりと断りを入れてからアガサはまた手のひらに火を出す。
左手に火の付いた薪、右手に魔法の火を現しながらアガサは文月に向く。
「フミツキ様、この右と左の火に大した差はありません。この火は薪を原料に、この火は魔力を源にして燃えているだけです」
そう言ってアガサは右手と左手をひょいひょいと交互に上げ下げした。
「あー、何となく分かってきた。じゃあ、そうですね、うーん、例えばその二つの火を水に入れたら……」
「ご想像の通りです。二つとも消えます」
「ふむふむ」
アガサは魔法の火を消し、薪を暖炉に戻しパンパンと軽く手をはたく。
「さて、魔法の出来ない事ばかりお話しましたが、出来る事についてもお話ししましょう」
「うん」
自分の話に集中しながら、こっくり肯く文月が愛らしい。
自分が文月の意識を独占しているのは嬉しいとアガサは感じる。そしてそんな感情を持った自分に内心ちょっと驚いていた。
「先程の話と矛盾している様に聞こえますが、魔法で出来る事は無限です」
「ほえ?ほえ?」
もうこのお姫様ったらなんて可愛らしいの!可愛らし過ぎて見てるこっちが照れちゃう。アガサは内心で身悶えした。
「例えば先程の火ですが、水中で薪に火をつける事は出来ませんが、膨大な魔力を注げば水中でも火は現れるでしょう。魔法は通常では起こり得ない現象を起こす事が出来ます。もっとも今の例えはあまり有意義とは思えませんが」
こくこくと文月が肯く。
アガサは文月の頭をよしよししたくて仕方がない。
女だと無意識に媚びが入るが目の前お姫様にはそれが全く無い。年頃の女の子が背伸びも萎縮もせず等身大でいる姿がこんなにも好ましく見えるとは。女を80年以上やってきたアガサであるが、女というものの魅力を新たに発見した瞬間だった。
男の子が女の子になった方が、女として魅力的とはこれいかに。
「さて、フミツキ様は既に魔法をお使いになられたと伺ってます」
「うん、けど言われたままに訳もわからずやってみただけだからあんまり実感は無いです」
「使った時のことを詳しく伺っても宜しいですか?」
「うん、えーっとね?矢に糸を巻き付ける様にして、あーって言いました。あーって」
文月は、あーっと小さく口を開け、指をくるくる回す。
もうっこの子ったら魅了の魔法を常時発動してるんじゃ無いかしらっ!お口に甘いお菓子を入れてあげたくなっちゃう!
「成る程、素晴らしい。そのやり方はどなたに教わったのですか?」
「リグロルっ」
文月はリグロルの方を向いてにぱっと笑う。
笑顔を向けられたリグロルも笑顔を返した。鼻先がちょっと上向きになって誇らしげである。
確かな絆が見える二人をアガサも微笑ましく見つめた。
まあまあ二人ともなんて可愛らしい!リグロルなんて以前は冷たい印象が強かったのにフミツキ様の影響で可愛らしさがグッと増しましたね。
「では、その時フミツキ様がお使いになられた魔法に何が起こったのか考えましょう」
「はい」
「矢が魔法を発露した時、炎など目に見える現象は起きなかったのでは無いですか?」
「あ、はい、どーんってなっただけでした。どーん」
文月は、どーん、と言って両手を挙げる。
もうどうしましょう、どうしましょう。
どーんって、一生懸命どーんって!
「矢に纏わせた魔力に指向性が無かったために起きた現象ですね。通常ですと炎や他の効果が起きる様に付与します」
「え?そうなの?けど結構な効果がありましたよ?」
「はい、それが素晴らしいのです。通常、魔力に指向性が無い場合は発動しても魔力は周囲に広がるだけで、これと言った現象は起きません。私が同じ事をしてもせいぜい音が出る程度でしょう。ではなぜフミツキ様がお使いなられた時には爆発的な現象が起きたのか」
自分の事を解説され文月はちょっと緊張。
あらあら大丈夫よ?
「これはフミツキ様の魔力の量が桁違いに多い事の証左です」
「あー、何度かそう言われてます。自覚は無いけど」
「この授業の主目的は魔力の制御という事はご存知ですよね?」
「はい」
「では制御の前に、その制御する魔力を感じる練習をいたしましょう。まずはそこが入り口です」
「はい」
いよいよ本番。
文月はそう思い背筋を正す。
「けれども一旦休憩にいたしましょう」
「あれ?はい」
少々肩透かしを食らったような心持ちになりながらも文月はアガサの提案を受け入れた。
「フミツキ様、よかったらお召し上がり下さい。リグロルも、はい」
そう言ってアガサはローブのポケットから小さな包み紙を二つ取り出し文月とリグロルにそれぞれ渡した。
「あ、ありがとうございます」
「ありがとうございます」
なんだろうと思いながらも文月は包み紙を開けてみると、中身は綺麗な青色をした飴だった。
リグロルはそれをエプロンのポケットにしまう。
「綺麗な色してる」
飴を指先でつまんで文月は目の前に持ってくる。片目を閉じて光にかざすとキラキラが増して更に綺麗。
「どうぞお召し上がりになって下さい」
微笑みを浮かべたアガサに促され文月は飴を口に入れる。
口の中に広がる甘さに気持ちがちょっと浮ついた。
「おーいしー」
ほっぺを片方膨らませて文月はご機嫌になる。
「不思議、単に美味しいだけじゃなくて、なんか不思議ー不思議ー、身体が美味しいって感じがする、不思議ー。リグロルも食べてみて?」
「フミツキ様のお部屋で頂くわけには参りませんので後で頂戴しますね」
文月は、んー?と考えると何か思い付いたようにクスッと笑った。
「えいっ」
「あら」
文月はリグロルに飛びつきエプロンから飴を取り出す。包みを開けて指でつまむと。
「あーん」
こうされるとリグロルは断れない。
「あ、あーん」
照れくさそうにしながらも嬉しそうにリグロルは大人しく口を開けた。
文月がリグロルの口に飴を入れて指を離す時なぜか、ちゅっ、と音がした。
「とても美味しいです。とても」
リグロルは頬を染めて告げる。
「ね?」
文月も嬉しそうに飴を摘んだ指先をちゅっと舐めた。
リグロルはものすごく意識したのに文月は何をされたか何をしたのか全く意識していないようだ。
リグロルの片方の頬が膨らむと、文月も同じ方の頬に飴を動かす。お互いを見つめ合いながら同じ側の頬を何度か膨らませた二人はついにくすくす笑い出してしまった。
あらまあ、見ているこっちがあてられちゃいますね。
文月とリグロルのじゃれあいを見ていたアガサもつられて笑い出しそうになってしまう。
「さてフミツキ様、今とても大事な事をご自身で申されましたが、お気づきですか?」
「え?なんだろ?おいしい?」
「そうですね、どこが美味しいと仰られたか覚えておられますか?」
「んー?えーっと?身体が?美味しい?」
「その通りです。実はこのキャンディには微量ながら魔力を回復する効果があります」
「え?!……そういうのポーションじゃないんだ」
「液体もありますが、持ち運びに不便ですから」
「言われればそうだね」
「液体と固体の回復薬については、また別の機会にお話ししましょう。まずはなぜ身体が美味しいと感じたのか」
「うん」
魔力回復キャンディを口中でコロコロしながらも文月はアガサの話に耳を傾ける。
「分かりやすい例えを挙げるなら、お湯に浸かると心地良く感じるのと似ています。魔力が元通りになる事を、身体が美味しいと感じられたのです」
「なるほろ」
あの罪作りなほっぺを、つんってしちゃおうかしら?
「つまり、フミツキ様は今、魔力の回復を感じられたのです」
「あ、そっか、なるほろね」
飴を渡して休憩と言いながら、実は緊張をほぐして魔力を感じてもらおうというアガサの誘導だったようだ。
「なるほろ、これがまりゅくか」
「フミツキ様、今感じられているのは魔力そのものではなく魔力が回復していく感覚ですよ」
「あ、そうらった、美味しいね」
「お気に召されたようで何よりです」
もう一個、お口に入れちゃおうかしら?
「最初ですからなんとなくでも魔力が身近に、何よりご自身のお身体を巡っているという感覚が持てれば上出来です」
「そうなの?なんだか美味しい思いをしただけな気がします」
「それが肝要です」
「えへへ」
そろそろキャンディも小さくなったようで文月の頬の膨らみも無くなった。
パキッ、こりっ。
小さくなった口内の飴を最後に噛み砕いた音が文月から聞こえた。
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