第29話 なんか褒賞だって

「もう!」


 ぷんすか怒っている文月はリグロルの腕にしがみつき、ぴったり引っ付いて歩く。


「フミツキ、すまなかった」

「べー」


 タルドレムに怒っているのは、勿論自分の下着が他人に見られる様な扱いをしたからである。

 実際は持ち上げて振り回したところで、その場にいた全員に見られる程スカートは持ち上がっていない。しゃがみ込み、下から見上げなければ見えない程度である。

 でも、そういうこっちゃないんだよ!

 その場にいて文月の下着を見たのはダムハリだけだが当の本人は伸びている。

 担架を使って連れ出すのかと思ったら白いフードの人達はダムハリの足首を掴んでズルズル引きずった。わざとうつ伏せにされ引き摺られるダムハリに対して悪意やら愛情やらが感じられる。

 顔のメイクが床に跡をつけると妖精達が大はしゃぎしながらその痕跡をモップで拭いた。


「ダムハリの顔面だよ!」「顔が伸びてるよ!」「面白い顔だね!」「まつ毛が半分取れてるよ!」「口紅も伸びてるよ!」「どこまでも伸びるよ!」「ダムハリの顔面どこまで伸びるかな!?」


 けらけら笑いながら妖精達が床を磨く。


「余りに嬉しくて、何よりフミツキ、お前の事が誇らしくて、つい」

「ふー・・・ん・・・だ」


 元々あまり怒りが持続しない文月である。もう怒ってないよ、と伝えたいがすんなり許すのは何となく癪である。

 心配してもらいたい、甘えさせて欲しい乙女心・・・ただ許すキッカケが欲しいのよ、てな心情をリグロルは見抜いていた。

 さあ!さあ!さあ!お膳立ては整ったご様子ですね!これを機に更に更に親密になって頂きましょう!

 機会到来!逃してなるものですかぁ!


(「フミツキ様」)


 小声でリグロルが話しかけてくる。


(「なあに?」)

(「意中の人の下着を衆目に晒すなど、男性にとっては大失態です」)

(「意中の人ってのに引っかかるけどまぁそうだよね」)

(「と言うわけでタルドレム様にも恥ずかしい思いをして頂きましょう」)

(「ほほー、なるほど」)

(「恥ずかしい思いをしていただいて、お互い様だね、という事で丸く収めましょう」)

(「ふむふむ、いいかもしんない」)

(「さて、タルドレム様の見られて恥ずかしい事とは何でしょう?」)

(「うーん、うーん、何だろ?」)

(「やはり普段は他人に見せないお姿を見られる事ではないでしょうか」)

(「という事は、部屋で一人で寛いでいる時か・・・」)

(「その通りです。昼間は公務に関わられておいでですから、狙い目は宵の口です!」)

(「なるほど。確かにその時間帯なら色々油断してるかもしれない」)

(「道順や持ち物などの準備は私がしておきます」)

(「了解、じゃあ夜にタルドレムの部屋に忍び込むって事でっ」)

(「はい、フミツキ様は御身一つでお待ちください」)

(「分かった、夜が楽しみだね」)

(「はい!楽しみでございます!」)


 その行動は夜這いと呼ばれる。


「タルドレム!」


 振り向いた文月は何故か自信満々である。


「なんだ?」

「覚悟しておいてね!」

「ん?分かった」

「ホントに分かったー?」

「いや、分からない」

「でしょー、んっふっふっ」


 リグロルと内緒話をしていたと思ったら機嫌が直った文月にタルドレムは首をかしげる。何やら企んでいるのは分かったが敢えて追求はするまい。自分に何か仕掛けるようだがそれでフミツキの機嫌が直るなら安いものだ。むしろ何をしてくれるか楽しみなくらいだ。


「覚悟しておこう」

「うん!」


 タルドレムの期待した笑顔に文月も笑顔で返した。


「かおかおかおかおかのびーのびーきぃいいたたたいいいいたた!!!ちょっとあんた達!隊長に対していつもいつもいつもいつもこういう扱いはどうかと思う訳!!!」


 あ、いつもなんだ。

 まつ毛が半分取れかかったダムハリが部下達を追い回し、さらにその後ろを妖精達がきゃっきゃと追いかけた。


 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇


 錬成洞から出ると文官達が待ち構えていた。


「フミツキ様、タルドレム様、献石の儀、大変にお疲れ様でございました。ラスクニア城の一員として、何よりオリオニズ大陸の住人として深い感謝の意と尊敬の念を抱かずにはおられません」


 片膝をつき、手を胸に当て、へへーと首を下げる一堂に文月は若干引き気味である。大勢に敬われるなんて経験がないから尚更である。文月はタルドレムの後ろにこそっと隠れた。


「私は何もしていない。全てはこのフミツキの功績である。それは違えるな」


 タルドレムは後ろにいた文月をぐいっと抱き寄せ自分の隣に立たせる。

 わぁこんにゃろう。


「畏まりました、タルドレム様。フミツキ様の偉大なる功績は未来永劫、このラスクニア王国の歴史の一幕としてしかと記録させていただきます。私の語彙が貧弱な為にこの気持を十全に表すことが叶いませんが・・・

フミツキ様、本当に本当に、ありがとうございます」


 全力のへへーである。

 そもそもオリオニズ大陸がどれ程の危機的状況だったかを文月は知らない。それを女の子にご飯を食べさせてあげただけで感謝だの尊敬だのと言われて頭を下げられても、そんな気持ちは受け取れないというのが正直なところだ。


「フミツキ、彼らに言葉をかけてやってくれ」

「え?!なにその無茶振り?!」

「救世の姫君にかけられた言葉は彼らの一生の誇りになるだろうから」

「一瞬でさらにハードルが上がったんですけど?!」

「無視して通るか?」

「ぐぬぬぬぬ・・・・・・」


 タルドレムは半歩下がり文月を斜め後ろから支える。

 んっもーっ!絶対に夜に侵入して恥ずかしい格好を笑ってやる!


「あの、顔を上げて、その、立ち上がってください」

「とんでもございません、オリオニズ大陸を救ってくださった姫君の御言葉を、同じ目線で頂くことなど恐れ多いことでございます」


 ひぃー!強敵!


「あの、大した事はしていませんから、そもそも僕が・・・わ、私が呼ばれたのはこの為なので、その役目を果たしただけです。どうかそんなに畏まらないで下さい。その方が、僕、わ、私も気が楽ですから、お願いします」

「ありがとうございます。フミツキ様。その謙虚かつ広いお心に我ら一同は平伏する以外に感謝の念をお伝えする術を持っていないことが悔やまれます」


 だから立ってー!


「もぅ!面倒臭いわね!フミツキちゃん、じゃなかったフミツキ様が立てって言ってんだから立ちなさいよ!」


 どうしよう、変態が神に見える。

 ダムハリに半分蹴り上げるくらいな扱いをされてようやく文官達は立ってくれた。

 だが全員が崇拝するが如くの目線を向けてくるこの部屋には流石に長居したくない。文月としては早く退室したいのにタルドレム以下従者達はリグロルも含め誇らしげに胸を張り歩く。

 もうっ早く!

 俯き加減で楚々と歩く文月の姿は謙虚と恥じらいを体現した淑女の鑑であった。

 さあ、ようやくこの部屋から出られると思ったら扉が開いた。


「フミツキ、この度の献石の儀、誠に大儀であった」


 マドリニア王が上機嫌で入ってきた。

 両手を大きく広げ、さあハグしにおいでと言わんばかりである。

 んー、ちょっとむりー。


「フミツキちゃんお手柄~」


 ジクドリア王妃も手をぽふぽふ叩きながらついてきた。こちらは文月に近寄ると頭を撫でてくれた。

 あ、こういうのならおっけー。


「今から伺おうと思っていたところでしたのに、まさか直接お越し頂けるとは」


 タルドレムがちょっと驚いた様に言う。


「なに、気にするな。報告を聞いて、いても立ってもいられなくてな、ジクドリアを連れ立って来たという訳だ」


 マドリニア王は上機嫌で再び文月に向かって腕を広げる。

 うわー。


「えいー」


 ジクドリア王妃が文月を抱きしめてくれた。


「えらいえらい」


 ぎゅっとして頭を撫でてくれる。


「あはは、はは、ありがとうございます」

「頑張ったねー、頑張った子にはご褒美があるものよ?マドリニア国王は何をくれるのかな?」

「勿論だ。ふむ、そうだな・・・、フミツキ、欲しいものはあるか?このマドリニア王に叶えられる事であれば何よりも優先して叶えよう。領地でも金銭でも、もしくはその両方でも構わんぞ。それだけの働きをしてくれたのだからな」

「あはは、あー、その・・・特に、今は思いつかないです」

「うむうむ、褒美は必ず取らせる故にゆっくりと考えるが良い」

「はい、ありがとうございます」

「まずはー、ご飯かな?お腹いっぱい食べようね」

「あ、はい、ありがとうございます」

「さあさあ食堂に移動しますよー」


 ジクドリア王妃が文月の手を取り歩き出した。これは・・・王妃様に救われた、んだろうな。

 ジクドリア王妃の方をちらっと見ると、にっこり笑ってパチンとウインクをした。若い仕草なのに、そんな行動がよく似合うチャーミングな年上女性だった。


 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇


 食事中には当然の事ながら転移の間での出来事を聞かれたので文月は包み隠さず話した。

 自分だけが知っておくより皆と共有した方が良いと思ったし、内緒にしておく様な話でも無いと判断したからだ。

 文月が体験した事はどうやら珍しい出来事だった様で、話を聞いた3人はとても興味深げに聴いてくれた。


「オリオニズ大陸には意思がある、というような話は代々伝聞的な形で伝えられてはきたが、フミツキが体験した事で確信が得られたな。ふむ・・・」


 マドリニア王は何やら思考を巡らせる。


「その子はー、好きな食べ物とかあるのかな?」

「んー、分からないです。何でも良く食べてましたから。今度聴いて来ますね」

「母上、食べ物は魔石が変化したもので食べ物そのものではないですよ」

「そう言えばそうだったわねー」

「フミツキ。確認になるが、オリオニズはこちらに対して何かしらの要求等はしてこなかったんだな?」

「はい、2、3日後にはまた来て欲しいってくらいです」

「そうか・・・ふむ・・・現状はその要求を確実に遂行するしかないな。下手にご機嫌伺いなどをして事態が悪化などしたら目も当てられん。情けない話ではあるが献石の儀、というかオリオニズと名乗る少女の対応はフミツキに任せるしか無い。フミツキ、頼んだぞ」

「はい、分かりました」

「フミツキ、ありがとう」

「ありがとうねー、フミツキちゃん」

「いえいえ!大丈夫ですから!」


 王族3人に頼まれたりお礼を言われたり文月は何とも居心地が良いような悪いような昼食を食べた。


「フミツキちゃん、お腹は満足したかしらー?」

「はい、ご馳走様でした」

「うんうん、良かった良かった。これから私のお部屋でお茶なんてどうかしらー?それともテラスの方が良いかな?」

「あ、あのえっと、マナーとか何も分からないんですけど大丈夫でしょうか?」

「あらあらー、気にしない気にしない」


 受けて良いか分からずリグロルをチラリと見ると頷いてくれた。受けろ、と判断するよ?


「あのじゃあ、ご迷惑じゃなければお邪魔しても良いですか?」

「まあまあ迷惑だなんてとんでもない。女の子同士で色々お話ししましょう。タルドレムの子供の頃のお話とかもいっぱい聞かせちゃいますよー」

「母上、それはどうかご容赦ください」

「んーどうしよっかなー」


 ジクドリア王妃はくすくすと笑う。王妃は年相応に落ち着いた雰囲気を持っているのに瑞々しい若々しさも持ち合わせている。文月にとって初めて会うタイプの女性だった。


「では国王様、私とフミツキちゃんはこれからお茶を楽しむので先に退室しますねー」

「うむ、ゆっくりと寛ぐが良い」

「では失礼します」

「あ、失礼します」


 ジクドリア王妃が国王に頭を下げたので文月も慌てて頭を下げる。タルドレムと目が合うと微笑んでくれた。

 2人が従者を連れ立って退室し、部屋から離れたであろうタイミングでマドリニア王は人払いをした。


「全員下がれ」

「かしこまりました」


 タルドレムを除いた全員が食堂から居なくなる。それでもマドリニア王は暫く沈黙していた。眉間にはシワが寄っており近寄り難い雰囲気である。


「フミツキの機嫌を損なう訳にはいかない・・・」

「はい」

「何故だか判るな?」

「はい。オリオニズ大陸の存続にはフミツキが行う献石の儀が必須です。そしてフミツキにはオリオニズ、もしくはラスクニア王国に拘る理由がありません」

「その通りだ。褒美の話をした時、領地にも金にも興味を示さなかった。あの態度は遠慮したのではない、本当に興味が無いのだ。さてタルドレムよ、そんな無欲な人物を留めて置く方法は思いつくか?」

「情で縛る、でしょうか」

「そうだな、現時点ではそれが最も有効だろうな」


 そう言って2人は黙り込む。


「褒められた策でない事は分かっている。無欲なあの子の心を縛り我々の都合の良い駒として動かそうとするなど人としては下策だ。だが国王として、私はお前にそれを命じなければならない」

「ではお命じにならないで下さい」

「なんと」

「陛下が命じられなくとも私はフミツキの心が欲しいのです。この気持ちは誰に言われたからでもなく、私自身の根底から湧き上がる純然たる私だけの気持ちです。この気持ちは、誰からの後押しも不要です」

「なるほど、良かろう。フミツキをどうこうせよ等とはもう言うまい」

「ありがとうございます。いずれは陛下から我々の将来を心から祝福して頂きます。その際には、命じなくて良かったと陛下が思える事をお約束致します」

「うむ、約束は違えるなよ」

「勿論です」


 毅然と応えるタルドレムに、殊更厳しい顔になったマドリニア王だったがその瞳の奥には将来の伴侶を見つけた息子を祝福する父親がいた。

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