第24話 なんか就寝だって
まるで気をつけの状態で文月は横になった。
暗闇で見つめる目線は真上。
体側に引っ付けていた両腕をそろりそろりと毛布の中で動かして自分を抱きしめた。
横に寝ているタルドレムとはわずかだが離れており体の接触面は無い。なのでタルドレムが現在どういう格好をしているのか文月にはわからない。
現時点でとてもではないが眠れない。
緊張で自分を抱きしめた文月は呼吸音すら立てないように静寂を保とうと努力する。
しかし努力しているにもかかわらず心臓はどくんどくんと大きく脈を打ち自身の緊張を否でも本人に知らしめていた。
横のタルドレムが大きく息を吸い、大きくはいた。
「……眠れないのか?」
静かに落ち着いた声でタルドレムが文月に問いかける。
「……ぐーっ、ぐーっ……、うん、寝れないかな?」
我ながら余りにも下手な寝たふりに文月はすぐに誤魔化すのをあきらめた。
「お話でもしてやろうか?」
「ちょっそんな子どもじゃないよ」
ベットが細かく小刻みに揺れた。どうやらタルドレムが声を抑えて笑ったらしい。
「え?なに?面白かった?」
「いや、思い出しただけだ」
「思い出し笑い?」
「そうだな」
「何を思い出したの?」
「子供の頃だ」
二人とも小さな声だが暗く静かな室内では十分に聞こえる。
少し温度が下がってきた部屋にゆっくりとした二人の会話が温かく広がった。
「タルドレムってどんな子だったの?」
「そうだな……、なかなか自分の評価というものは自分で下すのは難しいが……、甘えん坊だと言われていたと思う」
「へぇー、意外だな。小さいときから自立してたように感じてたよ」
「幼い時から自立してる子供か……、あまり可愛げがないな」
「んー……そうだね」
自立している幼稚園児……。
クレヨンなんちゃらや、ちびまるなんとかちゃん、を思い浮かべてタルドレムと重ねる。
文月もくすりと笑った。
「んで、どんなことを思い出したの?」
「眠れなくてぐずっていた時に母上に本を読んで欲しいとねだったんだ」
「うん」
「いつもは母上ではなくて目付け役の側近達が本を読んでくれていたのだが、その日はどうしても母上に読んでほしくてな。母上に読んでほしいと我侭を言ったのだ」
「なるほどね」
「側近達も王子の要求をそのまま王妃に持って行っては役立たずの評価を下されるかも知れぬから何とかして俺をなだめようと一生懸命だった」
「王子の我侭か……周囲は大変そうだね」
「まったくだ」
自分のことなのにまるで他人事のように同意したタルドレムの口調がおかしくて文月も暗闇の中、口元をほころばせた。
「結局、王妃様に読んでもらえたの?」
「うむ、あまりの我侭ぶりに側近達も諦めてしまってな。夜も更けたというのに母上の側近に話を持っていった」
「それで?」
「母上の側近も俺の側近達が全員負傷して満身創痍になっているのを見て仕方なく母上に話を持って行ったらしい」
「ちょっ?!全員負傷して満身創痍って何したの?!」
「はっはっはっ」
「えっ?!そこが笑うとこ?!」
「まぁそういうことだ」
「えぇー……そーなのー……」
タルドレムが我侭を言って側近達が満身創痍になるとはいったいどういう状況だろう。
しかし、そのときの事を思い出しているのか隣のタルドレムからは懐かしくて楽しそうな雰囲気が感じられた。
文月はあの王妃様にお話がしてもらいたくて我侭を言う幼いタルドレムを想像する。
想像の中のタルドレムが微笑ましくて可愛らしくて文月は、つんっとタルドレムのわき腹をつついてみた。
「おっ!」
「わぁっ、急に大きな声出さないでよ」
「いきなりわき腹を突かれたら誰でもこうなる」
「きゃん!」
「ほらな」
暗闇の中だがタルドレムがいたずらっぽく笑ったのがわかった。
「こんのぉ~」
毛布の中で文月が身体を縮める。タルドレムは文月が襲い掛かりやすいように片手で毛布を持ち上げ文月の進路をつくってやる。
「とりゃぁ!」
タルドレムが空けてくれた毛布の空間に文月は飛び込んだ。
抱きついてわき腹だと思われる箇所に両手を這わせてわきわきした。
「うはははははっ!!!!」
すばやく文月はタルドレムの上に乗る。
タルドレムは自分をくすぐる文月を優しく支えながらも体をひねる。
そんなタルドレムの上にまたがった文月は調子に乗ってさらにくすぐる。
「こちょこちょこちょー!!」
「わはははっ!!待てフミツキ!まてまて!わははっ!」
「待たないーっ!こちょこちょこちょー!」
「わはははっ!!こうだっ!!」
「きゃっ!あはははっ!あははっ!」
文月を自分の腹の上に乗せたままタルドレムが下から文月をくすぐりはじめる。
「あははっ!あはっ!きゃっ!うんっ!きゃうん!」
タルドレムがくすぐるのにあわせて文月のお尻がタルドレムのおなかにこすられる。
丸くてやわらかくていい匂いのするものが自分の腹の上で踊るのだ。
しかもそれは自分のくすぐりに合わせてくりくりと良く動く。
いかん。
タルドレムは自分の体に起きはじめた現象とそれを後押しする情動に気がついた。
「……どうしたの?」
急に動きを止めたタルドレムに文月が疑問の声を上げる。暗闇の中でも文月が可愛らしく小首をかしげたのが分かった。
「あ、どこかあたっちゃった?痛かった?ごめんね?」
「いや、大丈夫だ。遊ぶのはこれくらいにしてそろそろ寝るか。献石の儀は疲れるからな」
「そうだったね。分かった」
そう言って文月はタルドレムの上から降りる。
跨ぐとき女の匂いがタルドレムに届いた。思わず文月の手を取りそうになるが拳を握り締めて押さえ込む。
「ふうー……」
タルドレムが大きく息を吐く。自分の欲情をねじ伏せるのに疲れてしまった。
文月が隣にぽふっと横になった。
くるっとタルドレムのほうに体を向けて聞いてきた。
「疲れた?」
「ん?いいや、疲れてはいないぞ」
「そう?ごめんね。修学旅行みたいな気がしてはしゃいじゃったよ」
「シュウガク旅行?初めて聞くな。何なんだ?」
「えーっと学校を卒業するちょっと前にみんなで旅行に行くんだ」
「ほぅ、そんな風習があるのか」
「うん、友達と知らない土地に行って泊まるから皆、盛り上がっちゃうんだよね」
「なるほどな」
「うん……」
学校のことを思い出し、それにつられて元の世界が連想される。
暗い中、視界が効かない分よけいに想い出が目の前に浮かび上がった。
文月の鼻の奥がつんとして目元がじんわりと潤み始めた。
それがこぼれそうになる前に文月の肩に手が置かれた。
温かかった。
安心した。
タルドレムは何も言わなかったが、その手から心配と申し訳なさと励ましと庇護が文月に伝わる。
慰められるのがちょっと癪だったのと、何より照れ隠しで文月はくるんとタルドレムに背中を向けた。
当然タルドレムの手は離れる。
もう一度、手を置かれるかな?
そんな事が頭によぎる。
しかし文月の肩に温かみは乗せられなかった。
それがちょっと寂しくて、寂しいと思ってしまったことが悔しくて文月は背中からタルドレムに引っ付いた。
一瞬、本当に一瞬だけタルドレムは戸惑ったようだが文月に静かに言った。
「頭をちょっと浮かしてくれ」
文月が素直に頭を浮かすと、そこにタルドレムの腕が差し込まれた。
ゆっくりと頭を下ろす。同時に上から身体をそっと抱きしめられた。
背中側からタルドレムに腕枕をされながら抱きしめられる形になった。
すごく緊張。
ものすごく緊張。体がぎちっと強張る。
しかしタルドレムがそれ以上何もしてこないのと暗闇のせいで文月の強張りも徐々に取れ始める。
何より冷え始めた室内で背中全体から伝わるタルドレムが温かい。
緊張は弛緩し文月の目がゆっくりと閉じられそうになる。
このまま寝ちゃうと色々ヤバイかも。そんな思考も浮かぶがタルドレムの体温と匂いに包まれるのは心地良かった。
もういいや。
なんとなく投げやりだなと自分でも思いながら文月は湧き上がってきた睡魔に身を任せた。
静かだった。
静かな中、呼吸が二つあった。
一つは寝息。もう一つは大きく息を吸い、静かにゆっくりとはいた。
後の大きな呼吸は先の寝息に合わすようにゆっくりと繰り返される。
やがて。
暗い中に二つの静かな寝息だけがあった。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
(あら、おかしいですね?盛り上がっていたと思ったのですが?)
しゃがみこみ隣室の扉にべたっと耳をつけていたリグロルは疑問に思う。
メイドにあるまじき格好ではあるが他に側仕えはいないのだ、何かの折には自分が飛び出さなければならない。
そんな言い訳を自分にして耳をそばだてていたのだが、どうやら何事も無く隣室には夜が満ちたようだ。
コンコン。
廊下側の扉が本当にわずかな音でノックされる。
リグロルはすぐに立ち上がり静かに音を立てないように扉を少し開けて外の人物を確認した。
「あら、キュエン、あなたでしたか」
「ああ私が室内に立つ、廊下はポポラが立つ」
リグロルが廊下を覗くと先日尻をひっぱたいて廊下に放り出したポポラが杖を持って立っていた。
垂直に立てた杖を両足ではさんで杖にぶら下がるようにしている。
腰がゆっくりと上下に動いているのは見なかったことにする。
「大丈夫ですか?アレ?」
「んん、まぁ大丈夫だろう」
リグロルの呆れ顔にキュエンはあわてたように応える。
「この階は今タルドレム様とフミツキ様のお二人だけだ。巡回はサヴァンがしているし上下の部屋にも隊長が控えている。めったな事は起こらん」
「そうですか、ともかく貴女が来たのなら私は休ませてもらいますね」
「ああ、そうするといい」
キュエンを室内に入れるとリグロルは手早く服を脱ぎ寝姿になる。
その間にキュエンは室内にあった椅子を引き隣室の扉の前に置き座った。
「ではおやすみなさい」
「ああ」
ベットにもぐりこんだリグロルはすぐに寝息を立て始めた。
椅子に座ったキュエンも腕を組んで目を閉じる。しかし背中は椅子の背もたれに預けず背筋は伸ばしたままだ。
キュエンは意識を尖らせエンバラスの塔全体を目を閉じたまま見渡した。
小型の魔物が文月とタルドレムのいる部屋に向かおうとするが近寄ることすらできずにその生命を絶たれるのがわかった。
3番隊と4番隊が打ち落としているのだろう。
近年オリオニズ大陸の守りの結界が薄くなっている。
ここ最近は特に魔物の進入が多くなってきた。
これは大陸の力が落ちているということに他ならない。
王族の重要任務に討伐の他に献石の儀というものがある。これはオリオニズ大陸が浮遊し、移動し、その内にいる住人達を守るための結界を維持する為に魔石を捧げる儀式らしい。
キュエンも詳しいことは知らされていないが大変だということは聞き及んでいる。
王族ほどの魔力の持ち主達でも、その消費が激しく連日の実行は不可能だそうだ。
実際、先の討伐では国王も后も殿に控えているだけで前線近くにまで来ることが無かった。
部下達には、王国軍の力を信じておられるのだと説明したが隊長達だけには真実を知らされていた。
献石の儀で魔力を吸い取られすぎて戦線に出られないのだ、と。
このままでは遠からずオリオニズ大陸は落ちる。
これは隊長たちの間での共通認識だ。隊長たちは、その事実を口に出して不安を確認しあう、というようなバカな真似はしないがそれぞれ覚悟をしているようだ。キュエン自身も2番隊の隊長という役職についている以上、最悪の事態を想定して大げさにならない程度に準備はし始めていた。
オリオニズ大陸が落ちる。
その事実にキュエンは身震いする。
キュエンは生まれも育ちも大陸だ。その存続の危機が迫っているというのに何もできない事が歯がゆくて仕方がない。
絶対にオリオニズ大陸は落とさない。ラスクニア王国を守る。
骨の髄まで染み込み、今では骨の髄からあふれ出てくるその思いがかえってキュエンを焦らせる。
オリオニズ大陸存続のために何か行動をしようと思っても、存続させることが出来るのは王族のみだ。キュエンがどう頑張ってあがいてもその行動はオリオニズ大陸の存続という命題にかすりもしない。
しかし王族に向かって、頑張ってください等とは言えるはずもなく、キュエンの心中は大いにかき乱される。
今、心の赴くままに行動したとしたら、床に寝転がり大声を上げて手足をばたばたさせてしまうだろう。当然そんな事ができるはずもなく、そんな事をしても何にもならないという事は十分承知している。
にもかかわらず人目につかない自室などで時折その衝動に身を任せてしまおうかと自棄的な考えが鎌首をもたげる時がある。
そんな時には勤めて冷静に剣を抜き、構えたまま数時間を過ごしていた。切っ先を睨みつけ思考で相手を斬る、斬る、斬る。その相手は魔物だったり自分の弱さだったりした。
集中力が切れ、剣を鞘に収めるときには体よりも頭がぐったりと疲れてしまっていた。
今は幸か不幸か任務である。任務に集中していれば心が乱れることもない。
それでもキュエンは腕組みを解き装備した剣の柄を握りこむ。
フミツキの顔を思い出した。
異世界のあの姫がオリオニズ大陸の命運を文字通り握っている。
馬車の中ではタルドレム王子とずいぶんと親しげなご様子だった。
一緒に乗り合わせた商人の夫人から聞かされた女の心構えと体験を思い出しじんわりと頬が熱を持つ。
剣から手を放し自分の両頬の温度を確かめた。
「ほぅ……」
恥じらいからほんのり染まった頬に両手を当てるキュエンの姿は純度100%の乙女である。
普段の彼女を知っている者が見れば別人かと思うほどの女の子。
しかしこの姿を見る者はここには居ない。
ぱん。
寝ているリグロルを起こさない程度に自分の頬を叩いたキュエンは再び目を閉じる。
こんな恥ずかしい妄想ができるのは、大陸が存続しつづけるという前提あっての事だ。
再び焦燥感と不安が心中に広がる。
自分の任務は夜間の警備と帰城までの護衛だ。
リグロルが起きるまで後数時間。
キュエンは千々に乱れる内を一切表に出さず静かに待つ。
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