第13話 なんか残念だって
文月の黒い瞳がゆっくりと開けられた。
目を開けても文月は自分が起きたという事にしばらく気が付かなかった。
あ、寝てたんだ……。
室内はまだ暗く、文月が意識を手放してから数刻もたっていないだろう。
どうして目が覚めたんだろう?
初めての異世界で初めての夜、何もかも違う環境でそうそう休まるわけも無い。それを考慮しても目が覚めたのはおかしかった。何より起こされたような気がした。
暖炉の火は殆ど消えており室内の明かりはカーテン越しの月明かりだけだ。
室内に変化はない。
だが何か気になった。
妙な気がした。
焦る気持ちはないが、何かが変だ。
目が覚めた時の静かな心持ちのまま文月は自分がなぜ起こされたのか考える。
夢を見ていたわけではない。
文月が寝入ったときに何かが文月に信号を送ったような気がした。いや、文月めがけて信号を送ったというより、信号を発しているモノが近づいたために文月がそれに気が付いてしまったようだった。
では近づいてきているものは何か。
妙に静かに冴え渡っている頭で文月は考える。
ヂッ……
小さな音がした。いや、声か?
ヂヂッ……ヂ……
気のせいか、聞き間違いかとも思ったが間違いなく耳が聞いた。
何かがどこかで音を出している。
いやにクリアになっている心で文月はゆっくりと起き上がった。広がっていた黒髪が背中に流れる。
ベットの端に腰掛け、暗く静かな室内に視線を向けても動くものは見えない。
そっと絨毯に足を下ろすと柔らかいのにひやりとしていた。
なぜか妙にしっかりと立てた。
以前の通り立てた事に疑問を持たず文月は室内の真ん中までゆっくりとすんなり歩いた。
一瞬、一つの窓の月明かりが途絶えた。
何かが外を横切ったのだ。
ヂッ……
文月の睡眠に入り込んで来た音はどうやら窓の外からのようだ。文月は窓のひとつを見た。
影が素早く動いた。
文月は窓を見つめる。
再び影が動いた。今度は窓枠に止まったので陰の形が分かった。
子供……?
だが違和感がある。
何かを背負っている?それに頭に帽子?
それがついに窓に張り付いた。カーテン越にシルエットがしっかりと見えた。
帽子と思ったものは角だった。
背中にあるのは歪んだ翼。
鳴いた。
ヂヂッ!キィッ!
それが窓枠を引っかいた。
ガリガリガリガリガリガリガリ……
中に入ろうとしている。
そう理解した途端に文月の背中に怖気が走った。
あれは良くないものだ!
入り込もうとしている!
恐怖心がパニックを引き起こしそうになり足が震える。
途端にバランスを崩し絨毯の上にへたり込んだ。
がくがくしながら四つんばいでベットまで這いずる。
キャビネットの上のベルを突こうとしたが手が震えて失敗した。
慌ててもう一度突いた。
人差し指は外れたが手が当たって辛うじてベルが弱弱しく震えた。
もう一度指で突いた。もう一度突いた。また突いた。
その度にベルは甲高い音を立てるが文月はがくがくしながらベルを突き続ける。
文月の耳に窓からの鳴き声と引っかく音が入ってくる。
コンコン!
『フミツキ様?!』
強めのノックと同時にドアの外からリグロルの声が聞こえた。
「リ、リグロル!」
「どうされました?!」
リグロルが部屋に飛び込んできた。
「あ、あれ、何かいるっ」
震える指先でカーテンを指す。
リグロルがカーテンに目をやると影が素早く消えた。
「シィトゥジィ、いますか!」
リグロルがきつい声を上げる。
「はいはい、もちろん控えておりますとも」
返事があり暖炉の陰から子供が飛び出てきた。
小さい、文月の膝くらいまでの身長だ。
「ポポラに連絡を。インプが窓の外まできていました」
「あらあら大変。それは早速」
外見にそぐわない老いた口調でシィトゥジィと呼ばれた子は返事をし、暖炉の陰に走りこんで消えた。
「フミツキ様、ご安心ください。フミツキ様に危害は絶対に及びません」
リグロルはベット脇にしゃがんでいる文月に駆け寄りその手をとり抱き寄せる。
文月はリグロルの腕の中でまだ小刻みに震えてしがみついている。
背中をゆっくりと撫でられて少し落ち着いた頃、窓の外が一瞬光り破裂音が聞こえた。
「なに?今の?」
怯えた口調で文月はリグロルを涙目で見上げる。
おめめきらきら。
「ポポラがインプを仕留めたのでしょう。大丈夫です、終わりました」
「なんだかよく分からないよ。リグロル暗いの嫌だから明るくして?」
「畏まりました。シィトゥジィ、灯りを」
「はいはい、ただいま」
リグロルが再び室内に呼びかけると今度はテーブルの影から先ほどの子が自分の身長よりも遥かに長いはしごを持って駆け出してきた。
はしごを壁に立てかけ、ランプを両手で挟み込むような仕草をするとふわりと灯りがついた。それを室内全ての明かりに施していく。
部屋の中央にあるシャンデリアはなんと支え無しではしごを立て、そのままするすると登って行く。はしごの上でふらふらとしながらも同じように両手をかざすとシャンデリアにも灯りがともった。
室内の照明が全て灯り文月はようやく安堵のため息をついた。
「あの、ありがとう」
文月がシィトゥジィに声を掛ける。
「あらあら、お礼なんてもったいない。いいんですよ、御用の際はいつでもお呼び下さいな。私達にとって仕事は喜びなんですから」
そういってにこにこ笑うシィトゥジィの顔は子供と呼ぶにはお年を召していた。
仕事着と呼んで差し支えないような薄汚れたスカートにエプロン。染みがついたシャツに頭には黄色い頭巾をしている。
それにしても小さい。
「あ、初めまして、達島文月です。あなたはシィトゥジィっていうの?」
「あらあら、あたしとした事が失礼しました。ご挨拶が遅れてしまったわ。そう、私はシィトゥジィ。このお城の城妖精です、よろしくお見知りおきを」
そう言ってシィトゥジィはちょこんとスカートをつまんで挨拶する。
「城妖精?」
「あらあらフミツキ様、私達をご存じない。城妖精とは城に住み着き住人のお世話をする妖精のことなんですよ」
「うわー、そうなんだね。色々とお世話になると思うけどよろしくね」
「まあまあこちらこそ、ご丁寧にありがとうございます。私は城の女性側の管轄ですからお目にかかることも多々あると思いますのでよろしくお願いしますね」
「うん、よろしく」
「明日フミツキ様の周りに控える者たちをご紹介させていたこうかと思っていたのですが、……思わぬ初対面になってしまいましたね。申し訳ございません」
文月をベットに座らせて、リグロルが申し訳なさそうな顔をする。
「ううん、それは気にしないで。そうだよね、たくさん人がいるんだね」
「はい、私とシィトゥジィの他にフミツキ様専属の者があと二人います」
「ダムハリさん?」「アレは違います。敬語もご不要です」
文月の言葉に喰い気味に否定するリグロル。
「うっ了解。あと誰だろう?もう会ったかな?」
「いえ、シィトゥジィの娘のリィツィと6番隊のポポラです」
「あ、さっき名前が出た人」
「そうです、ポポラはフミツキ様とタルドレム様が空の回遊に行かれた際、万が一のために下で待機していました」
「あ、お手間を取らせちゃったね」
「とんでもない、それが仕事です。むしろフミツキ様のお部屋近くまでインプを近づけたことを叱責しなければいけません」
「けど、追い払ってくれたんでしょ?」
「そうですが……、呼び出して報告をさせましょう。フミツキ様も詳細をお知りになりたいのではないですか?」
「んー、まぁ何があったかは知っておきたいかな……。でも夜だし疲れてたりしたらいいからね?」
「お心遣いありがとうございます。シィトゥジィ、リィツィとポポラをこちらに呼んできなさい」
「はいはい、ただいま」
そう言ってシィトゥジィははしごを抱えたままとととと、とカーテンの陰に走りこんでいった。
「さっきも思ったんだけど、あんなところに出入り口があるの?」
「妖精にはあるみたいです。人には使えない通路のようでごらんになってもただの壁にしか見えませんが」
リグロルはシィトゥジィが走りこんでいったカーテンを持ち上げて見せてくれたが、確かにただの壁だった。
「妖精の道は妖精の案内無しに入り込むと、出ることはほぼ絶望的だそうですよ」
「リグロルは入ったことある?」
「まさか、ございません」
「……知らないことがいっぱいだよ」
「そうですね。ゆっくりと覚えてゆきましょう。私も微力ながらお手伝いさせていただきます」
「うん、よろしく」
コンコン。
ドアがノックされてシィトゥジィの声がする。
『フミツキ様フミツキ様、リィツィを連れてきましたよ』
「どうぞ、入って」
「はいはい、失礼しますね」
「どもどもどもどもー!初めましてフミツキ様ー!リィツィですー!リィツィですー!リィツィと申しますー!よろしくよろしくー!どうぞよろしくー!」
ぱんぱんぱんと手を叩きながら小走りで入ってきた女の子はシィトゥジィと殆ど背丈は変わらない小ささだった。
こちらは若く見えるが性格に難有りと即断。
外見は可愛らしいのにまたしてもダムハリに続き残念系である。
「それじゃ私はポポラを呼んでまいりますね」
「ええ、よろしく」
初っ端から飛ばした感じのリィツィを完全スルーしてシィトゥジィとリグロルは平常運転だ。
自分の娘と一緒にシィトゥジィは室内に入り、閉めた扉に飛び込んで消える。
忍者もビックリの所業だがその事よりも目の前の小娘の存在感が大きすぎる。
「初めましてリィツィ……ちゃん?」
「あははリィツィですよ!リィツィって呼んでくださいフミツキ様!」
「うん、よろしくねリィツィ」
「こちらこそ、よろしくなのですよフミツキ様!」
「ぁー……明るい子だね」
「あはは、よく言われます。器(うつわ)でもないのに陽気!とかいっちゃったり!」
「あは、は、あは、は、はぁ」
「フミツキ様、こういう子なんです」
「そうそう、私の冗談なんて意味ないですからまともに相手してたら身が持ちませんよ。からだけに!」
「あはー、は、はは、は」
「フミツキ様、温かいものでもご用意いたしましょうか?」
「そ、そだね。お願いしていいかな」
「リィツィあなたはお茶の用意の間、黙っていなさい」
「はぁっ!息が出来ない!」
「しゃべらなくても呼吸はできます」
リグロルがお茶を用意している間、リィツィは立ったまま奇妙な踊りを踊り始めた。
その顔色が赤から青に変わり、踊りのテンポも徐々に早くなる。
「リグロルリグロル、流石におかしいよね?」
文月がおそるおそるリィツィを指差してリグロルにたずねる。
「いつもの事ですよ」
「いつもなの?!」
「いつもです」
「ひぃ……リィツィ?大丈夫?……ぁー……しゃべっていいよ?」
「ぷひぃー!!!地獄に一生を得ましたぁ!」
「たまには地獄にいなさい」
「リグロルさんそれはひどいなのですよ!そんな人が上役だったなんて!私、閉口しちゃって開いた口が塞がりません!」
「どんな状態ですか」
「はて?こんな状態?」
リィツィが片足で前傾姿勢をして両手を前に出す。
「口は関係ないですね」
「そうとも言いますね」
「うわー、ダムハリと気が合いそう……」
文月がぽつりともらすとリィツィは眉を寄せた。
「フミツキ様、私あの人苦手なんですよ」
「えっ?そうなの?意外だなー」
「だって男か女か分からないんですもん」
「それ本人に言うと大喜びしますから言わないように」
「はいなっ」
リグロルが妙な釘をさして、リィツィが珍妙な返事をかえした。
コンコン。
ドアがノックされシィトゥジィの声が聞こえる。
『フミツキ様フミツキ様、ポポラを連れてまいりました』
「はい、どうぞー」
「はいはい失礼しますね」
「……失礼します」
入ってきたのは、いかにもな黒いローブを着た女の子だった。
年は見た感じ地球で言うところの中学生くらいだろう。自分よりも年下だなと文月は思った。
ポポラはすすっとすべるように前に出ると深々と頭を下げた。
「……この度はインプの侵入を許してしまい本当に申し訳ございませんでした」
「ううん、気にしないで。やっつけてくれたんでしょ?」
「……はい、間違いなく私が焼き払いました」
「すごいねー。魔法でやっつけるなんて」
「……いえ……とんでもないです」
反省して萎縮しているのか元々そういう性格なのかポポラの口調は大人しい。
胸に抱え込んだ杖をぎゅっと握り締めている。
「ポポラ、今更ですが謝罪の前に名乗りなさい」
「あっ……失礼しました。私はポポラ。6番隊に所属しています。呼びにくかったらポって呼んでください」
いや、かえって呼びづらいよ。
大人しい子かと思ったけどこの子も一癖ありそうだなと文月は覚悟した。
「よろしくねポポラ。こんな夜更けにありがとう」
「……っ、お礼なんてとんでもないです。何か罰を受けなければ……」
「ううん、そんなのいいよ」
「ん……、でも……」
「ポポラ、あなたへの懲罰も必要ですが、まずなぜインプの侵入を許したのかを説明しなさい」
「はい……、たぶん前回の討伐の時に紛れ込んでいたのが……それが昼間の魔力が放出されたときに、それに惹かれたんだと思います……多分」
「なるほど。フミツキ様、お歌いになったときに出されたフミツキ様の魔力に引かれたためにインプがやってきたようです」
「あー……、僕のせいか……」
「とんでもございません。そもそも魔物が城の敷地内に入り込むこと自体があってはならない事なのです。決してフミツキ様のせいではありません」
「うーん、けどやっぱりごめんね」
「お心遣い感謝します。ポポラ、無理難題を言っている自覚は私にもありますが、今後こういった事態が決して起こらないように対応しなさい。具体的な方法については各部隊の隊長たちと話しあって決めること。そしてなるべく早めに結果を報告しなさい」
「はい……わかりました」
「さて、フミツキ様、こんな時間に申し訳ないのですが、ここに集まっている者がフミツキ様にお仕えさえて頂く者たちです」
「う、うんみんなよろしくね」
4人もの人数が自分ひとりに仕えると言われて文月はたじろぐ。
「各々の担当を説明させていただきます。まず私はフミツキ様の日常的な身の回りのお世話を担当させていただきます。シィトゥジィも身の回りのお世話をさせていただきますが夜間のお世話が主体になります。そしてリィツィですが私とシィトゥジィの補佐です。この子は服飾が得意で今日フミツキ様が袖を通されたものは全てリィツィが縫い上げたものです。ポポラは主に警護担当です。昼間は私がフミツキ様への害意を防ぐ役割も兼ねていますが夜間はどうしても手薄になりがちなので、その手薄さを補うためのポポラだったのですが……、申し訳ありませんでした」
リグロルは4人の役割を説明して頭を下げた。
「大丈夫だよ、気にしないで。大丈夫」
文月は両手をフリフリして問題ないアピールをする。
「けど僕一人にすごい大勢だね。あはは」
申し訳なさと照れくささで文月はぎこちなく笑ってみせる。
「フミツキ様、お気を悪くされないで頂きたいのですが姫君におつきの者が4名は少ない方です」
「そうなの?」
「はい、フミツキ様の現在のお立場が婚約者なのでまだ王家に組み込まれてないためなのです。あと一人は専属の者をつけたいとは思っているのですが……力不足で申し訳ありません」
「いいよいいよ気にしないで!こんなに大勢で僕一人にかかるのって多いと思ってるから」
「フミツキ様フミツキ様!従者なんて、最下位じゃなかった気持ちですよ!どちらも、したがいるっ!」
「リィツィお裁縫上手なんだね」
「あれー?!褒められたのにちょっと寂しいわたし!」
「正しい対応ですよ。フミツキ様」
「あははーははー」
「さて、夜もふけておりますしフミツキ様のご就寝の時間をこれ以上侵すわけにはいきません。退室しますよ」
「そうそう、その通り。もう眠っていただかなくては。フミツキ様、呼んでいただければ私はそばに控えていますからね。おやすみなさい」
「フミツキ様!おやすみなさい!着たい服があったら私に言いつけてくださいねっ最高な服を、さいほーって縫い上げちゃいます!」
「今のは面白くないかも……」
文月のぽつりと漏らした一言にリィツィがマジ凹みして床にがっくりと膝を付いた。
へこんでいるリィツィの首根っこを慣れた手つきでシィトゥジィが掴みあっさり柱の陰に放り込んで自身も飛び込む。
「フミツキ様、おトイレは行かなくても大丈夫ですか?」
「うん、平気。リグロルたちも寝てね?」
「ありがとうございます。それでは灯りを落として退室させていただきますね」
「あの……」
黙っていたポポラが頬を染め杖を握り締めて文月を見つめる。
「……罰を……」
ポポラがつぶやいたと思ったら文月に背中を向けた。そのまま四つんばいになりローブを捲り上げる。
若い未成熟なお尻があらわれた。
あ、はいてない。
文月がそう思った途端。
リグロルが思いっきりそのお尻をひっぱたいた。
気持ちいいくらいの破裂音が響く。
「あぁっっ……んっ……」
杖を両足で挟み込み握り締めポポラは横に倒れ熱い息を吐く。
お尻の片方にビックリするくらいくっきり手形ができていた。
リグロルがしまったという表情をして眉を寄せる。
「つい、しくじって褒美を与えてしまいました」
えっ?!そっち方面の子だったの?!
ポポラは幸せそうにぴくぴくしていた。
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