第12話 なんか具合だって
「疲れたー」
自室に戻ってきた文月はそのままベットに倒れこんだ。
「お疲れ様でした」
ベットに倒れこむのを手伝ったリグロルは労いの言葉を文月にかける。
「では着替えてしまいましょう。あ、そのままで結構ですよ」
着替えると聞いて文月はベットから起き上がろうとしたがリグロルにやんわりとめられる。
ベットの上で言われるまま一回ごろんと転がったら文月は下着姿になっていた。リグロルの服を脱がす技術に脱帽である。
流石に疲れてしまった。明日のデートコースの候補をいくつも挙げられる程度までは良かった。その後タルドレムとの間に儲ける子供の人数の話になり、食事が終わる頃には名前の候補まで挙げられた。更にジクドリア王妃から小声でどんな体位が一番妊娠しやすいかのレクチャーが始まってしまった。
その頃には文月の笑顔は完全に硬直し、何かがぽっきり折れる寸前までにキてしまっていた。幸いタルドレムが文月の心情に気づいており、明日があるからというもっともらしい理由をつけてレクチャーを切り上げさせ部屋まで送ってくれたのだった。
「あ゛ー、づーがーれーだー」
「何かお飲み物でもお持ちしましょうか?」
下着姿でうつ伏せになっている文月にリグロルが声を掛ける。ジクドリア王妃の指南の影響なのか文月のお尻はゆっくり左右に揺れている。顔はあっちを向いているのでリグロルには文月がどんな表情をしているのかは見えない。
「あー、今更だけど冷たい飲み物ってもらっていいかな?」
「畏まりました。すぐにご用意いたします」
リグロルは一礼して一旦退室する。
文月はゆっくりとベットの上で体を起こすと、無意識に女の子座りになる。
(締め具合って……なんだよ……)
先ほどのジクドリア王妃直々の床指南で『締めると良い』と言われたのがまだ頭の中に残っていたらしい。
文月は座ったままお尻をきゅっと締めてみる。……が、何のことやらさっぱりである。
両手を膝の間において少し前かがみになる。もう一度力を入れてみると腰がちょっと前に出た。力を抜くと背中が少し仰け反る。
きゅっ……きゅっ……きゅっ……。
腰の動きを上下では無く、前後に動かすと動かしやすいようだ。
くい、くい、くい、くい、くい。
なるほど、以前の知識からするとこれは騎乗位というヤツだ。
ウエストが締まってお尻があるので腰が前後だけでなく左右や斜めの動きもスムーズだ。ぐるりと腰で円を描いてみたりする。
くい、くい、くるり、くい、くるり、くいくいくい。
じん……。
あ、ヤバ。
文月はぴたりと動きを止めた。これはヤバイ。知らない感覚がお腹の奥に灯った。その感覚に警鐘を鳴らしたのは心か体か。ともかく文月は止まった。
途端に頭が冷静になる。
僕は、今、何をやった?
性的な興味は年頃として当然ある。日本にいたときには自慰行為の経験だってある。
だが今の自分の行動はなんだ?まるで、相手を喜ばす練習ではないか。
しかも今その相手は男だった。
ここで踏みとどまらなければいけない。
文月は確信し、その体勢のまま固まる。
コンコン。
『フミツキ様、冷たいお飲み物をお持ちしました』
幸いにもリグロルが戻ってきてくれて文月の硬直は解ける。了承の声を掛けるとドアが開けられリグロルが台車を押して入室してきた。
「あら、フミツキ様お顔が……いえなんでもありません」
「え?何?言って?顔がどうしたの?」
「お顔というより、頬が赤いので、どうされたのかと思ったのですが……気が回りませんでした。失礼しました」
「待って待って!失礼なんてされてないからやめてやめて気を回さないで回さないで、回さなくていいからっ」
潤んだ瞳と少し乱れた髪にほんのり上気した肌。リグロルはそのにじみ出るような色気に何かを知ったようだった。
そんな文月は手で顔をパタパタと扇ぎ頬を手で挟み、ふぅーと息をつく。
「飲み物ちょうだいっ」
慌てて両手を差し出す文月にリグロルは今更だが気が付かない振りをして冷たい飲み物をカップに注ぐ。
「どうぞ」
手渡ししてくれるリグロルの視線がとても優しい。とっても優しい。その優しさがつらいのよ。
受け取った文月は口をつけずカップを頬に当てた。
たしかに赤くなっているかもしれない頬にはカップの冷たさがちょっとだけ痛い。
左右交互に何度かカップを頬に当てた文月はようやく中身を口にする。柑橘系のさっぱりとした甘さが口内に広がった。
「あ、おいしいね」
「グランの実の果汁です。お気に召されたようでなによりです」
「もう一杯もらっていい?」
「勿論です。ご遠慮なくお飲みになってください」
殆ど一気飲みに近い勢いで一杯目を飲み干した文月は二杯目を要求する。リグロルが文月の持つカップに果汁を注ぐ。
それも飲み干して文月は一息つき、先ほどの自分の行為を頭の中で反芻した。
(あれは良くない、良くないものだ。……腰が動きやすいのがいけないよ、……なんでこんなに良く動くんだろう?)
自分の腰の動きを思い出し、再び奥底に灯が灯りそうな予感がして文月は思考を停止させる。
「だめだぁ~」
そしてぽふっとベットに倒れこんだ。
「フミツキ様、どうかされましたか?」
「あ~、いや~、ナンでもナイです……はい」
文月はちらっとリグロルの腰辺りに目をやる。メイド服を着ていても分かる引き締まったウエストとヒップ。
(リグロルの腰もよく動くのかな?)
文月の視線に気が付いたリグロルがきょとんとした顔で小首をかしげてから微笑んだ。
「私はどうしたらよろしいでしょうか?」
「うぁうっ、ごめん、なんでもないんだ、なんでもないっ」
「遠慮なくおっしゃってください。私が出来ることでしたら是非応えさせて下さい」
「これは僕の問題、僕のだから……はぅ」
「そうですか」
ちょっと寂しそうなリグロルに心が痛む。
けど、言えない。
経験ある?なんて聞けない。
どうやるの?とか聞けない。
どうだった?とか聞けない。
今の文月に赤裸々なガールズトークはハードルが高すぎる。
「寝ます……」
「畏まりました。それではこちらをお召しください」
そう言ってリグロルが広げたのは所謂ネグリジェである。シースルーではないので透けることはない、華美な装飾も付いてない、が、ひらひらした印象があるのはなぜだろう。細い肩ひもと胸のふくらみに合うようにカットされたデザイン。胸から下は襞ができるように膝までストレートに広がっていた。
「うわぁ……これ着るの?」
「はい、お召しになってください。その前にブラジャーは外しますか?」
「あー……普通はどうするのでしょうか……」
「そうですね、体型を気にする女性は就寝時もつけたままだそうです。ちなみに私は外します」
「ふぉ……じゃぁ、僕も外しまス」
「かしこまりました」
リグロルはネグリジェをベットの上に広げる。そのまま文月に正面から抱きつくようにして背中に手を回しブラのホックを外した。するりと肩紐が肘まで落ちる。
「うわぁ……、すっきりしたぁー……」
「そうですね、私も外すと開放感を味わいます」
胸の締め付けを忘れていたが、外したことによってやはり拘束されていたという体感を文月は覚える。しかし縫製がしっかりしているからか文月の脇にも肩にも締め付けられたような跡は残っていない。その事をリグロルは文月の腕を持ち上げて確認する。
「こすれて痛かったり痒くなった箇所はございませんか?」
「うん、大丈夫」
両手を前倣えの様に伸ばした文月がこたえる。胸の下から、脇、背中、肩とリグロルは手を滑らせて文月の柔肌の確認をした。
うきゃーくすぐったい。
リグロルはくすくす笑う文月の両手にネグリジェを通し、そのまま頭から被せるとネグリジェはするりと文月の体を滑り落ちその裸体を隠した。
「うわー、すごいつるつるだね。……気持ちいい」
「お気に召された様で何よりです」
ネグリジェの肌触りにちょっと感激。
「けどちょっとここまで、その、可愛らしいのは……恥ずかしいなぁ」
「あら、よくお似合いになってますよ」
「あー、似合うのかー……」
「タルドレム王子にもお披露目されたらよろしいのにと思うくらいです」
「それはやだ」
「そうですね、もっと色気があるような肌着のほうが良いですね」
「ますますやだー」
本気で嫌がっているのが9割、残りが照れの文月の言葉にリグロルは苦笑する。困ったわー。
いずれは照れだけで嫌がっていただかなければならない。急いではいけないが着実にその方向に向かっていただかなければとリグロルは何度目かの決意をする。
とりあえず睡眠不足はお肌の敵。本日はゆっくりお休みになっていただこう。
「フミツキ様、灯りは落としたほうが良いですか?」
「うん、暗いほうが眠りやすいかな」
「それでは何か御用がありましたらこちらをお使いください。使い方はご存知ですか?」
「うん、タルドレムが使うのを見たから。指で軽く突けばいいんだよね」
「はい、その通りです」
そう言ってリグロルはサイドテーブルの上にあった鈴蘭のようなベルをベット脇のキャビネットの上に置いた。
「夜は冷えますのできちんと体を覆ってください」
リグロルは文月を横にし、シーツをかけ毛布を数枚と布団をかけた。
「フミツキ様、頭を少し持ち上げていただけますか」
言われたとおりに文月が頭を持ち上げるとリグロルは首の後ろに手を入れて髪を引き、枕の上の方に広げた。
美しい黒髪が艶やかに光った。
「それではおやすみなさいませ」
「おやすみなさい」
おやすみのあいさつを交わすとリグロルは部屋の隅においてあった棒を取る。
何をするんだろうと文月が見ているとその棒の先端をシャンデリアに近づけゆっくりと振る。するとまるで電圧が落ちたかのようにすーっと灯りが消えてゆく。同じ事を室内全ての照明に施した後リグロルは棒を戻し静かに一礼し、音を立てずに退室した。
真っ暗になったと思っていたが暖炉の火がまだ残っており少しすると文月は目が慣れてきた。薄明かりの中に部屋がぼんやりと浮かび上がる。室内は広いので端のほうは暗く物の形も見えない。そんな暗闇を文月は何とはなしに見つめる。
長かった一日がようやく終わった。明日からの生活はどうなるんだろう。あ、とりあえずはタルドレムと街巡りだ。僕はいったいこれからどうなるんだろう。
とりとめない思考と不安感で文月は毛布を顔まで引き上げ体を丸める。
窓はカーテンが閉められていたが月明かりだろうか、隙間から青白い光が絨毯を突き刺していた。
静かな室内を目にしながら取り留めのない思いを描いているうちに文月は自覚することなく眠りに入った。
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