第38話 なんか初潮だって
ゆっくり眠りから覚めるとリグロルと目が合った。どうやら文月が寝ている間ずっとそばにいてくれたようだ。視線が合ったリグロルはにっこりと笑う。文月も自然と笑顔になる。けどおなか痛い。
さすがに今日は昼間からたくさん寝過ぎた。うぅおなか痛い。
ちょっと起きようと思い、体を動かしたら股間の当て布がヌルッとした。
「あ」
「どうされました?」
「始まったみたい……」
「失礼します」
リグロルにされるがまま毛布を剥がされると当て布だけでは吸収しきれなかったようで白いショーツにも血が滲んでいた。
「うっ、血生臭い、痛い、うぇー」
毛布の中に籠もっていた生理臭が文月の鼻につき尚更気分が悪くなる。
覚悟はしていたが実際に始まるとこれは痛い痛い、かなり痛い。生理痛の薬が重宝されるわけだ。
「うー、リグロル、お腹痛い……」
「フミツキ様は重いようですね、頑張って頂いて当て布を新しいものに換えましょう」
「うー、確かにこのままはいやだ、けどお腹痛い」
股間のぬるぬるした感触は不快の一言に尽きる。ベットで当て布を替えるとシーツを汚してしまうかもしれない。そう考えて文月は頑張って起き上がる。アガサからもらった懐炉も忘れずお腹に抱える。
「うー、トイレで替えるよ、いった~っ」
「大丈夫ですか?シーツをご心配されているのであれば不要ですよ。フミツキ様のご負担をなるべく少なくいたしましょう」
「ありがと、けど歩くよ、う~」
お腹に懐炉を抱えて文月はトイレまで歩く。動くと当て布の不快感がさらに増す。
うー、これ早くかえたい、うー。
文月は下着を下ろしつつ便座に座った。
下着を膝辺りまで下げれば当て布の惨状が嫌でも目に入ってしまう。
真っ赤。
「ちょっ!ぎゃぁー、うっわぁー、こんなに出るの?多すぎない?酷すぎない?出血多量だよー、貧血貧血、僕貧血もう女は無理むりです」
「体調や個人差はありますが多い時は同じくらい私も出ますよ」
「えっ?リグロルも?リグロル我慢強い、僕痛い」
「女は我慢強いものです。さあ替えましょう」
そう言ってリグロルは躊躇い無く文月の下着を抜き取る。文月も協力して片足ずつ上げた。
「フミツキ様、まずはお体を拭きましょう」
「うー、お願い」
リグロルは湿った布で文月の大事な場所を優しく拭いてくれる。後ろの方まで綺麗にしてもらい文月はかなりスッキリした。
「フミツキ様、新しい下着です」
当て布を乗せた下着をリグロルは文月にはかせる。
「ありがとう。あー痛いけど拭いてもらってすっきりした」
「よろしゅうございました。煩わしいかもしれませんが当て布はこまめに替えましょう」
「あうー、分かったいててて」
便座から立ち上がり数歩歩いて文月はしゃがんでしまう。
「大丈夫ですか?!」
「うー痛い……痛すぎる」
「横になりましょう」
肩を貸しリグロルは文月をベットに寝かせ毛布でくるんだ。
「痛み止めの薬草をすぐに煎じますね」
「うう、お願い、飲むー」
「ただいまご用意いたします」
お茶を入れるのとはちょっと違う茶器でリグロルは薬草を煮出す。
赤とオレンジの中間のようなお茶をリグロルはカップに注ぎ持ってきた。
「フミツキ様、お待たせしました。起き上がれますか?」
「うー、飲むぞー……」
リグロルはキャビネットに一旦薬草を置き文月が起き上がるのを手伝う。
「さあ、どうぞ」
「ありがと……ふぅーふぅー」
両手でカップを支えて文月は冷ましながら薬草をひと口飲む。
「あ、ちょっと甘い」
「何種類かの薬草を混ぜ合わせて飲みやすくしてあるようですね」
「うー、早く効けー」
薬草を飲んだ文月は懐炉を抱えて毛布の中で丸くなる。
始まる前は鈍痛だったが今は刃物で刺され続けるような激痛が絶え間なく続く。こんな痛みが毎月なんて理不尽すぎる。
そうだ。
「に、妊娠しようかなぁ」
「素晴らしい。終わり次第タルドレム様との段取りをつけます」
「冗談です。やめてー」
「そうですか?とても良いお考えですよ、ええ本当に、とても」
いかん、リグロルのトーンがガチガチのマジだ。
「妊娠は無し、なしの方向でお願い申し奉る」
「残念です」
お腹が痛すぎて我ながら、痛い発言をしてしまった。生理だけに。
「うへへ」
「どうされました?」
「リィツィみたいな事を考えちゃった」
「一大事ですね」
「あの薬草にはリィツィの成分が入っているにちまいない」
「さらに大ごとですよ」
「頭の中で小さいリィツィがたくさん踊ってます」
「かてて加えて大惨事」
「リィツィが合唱してます」
「フミツキ様ご乱心」
「薬が効いてきたのかな?」
「妙な方向に効いてきた様な気も致しますが、肝心の痛みは如何ですか?」
「大分マシになってきたよー」
「それはようございました」
「そう言えば」
「はい」
「オリオニズにご飯持って行かなきゃ」
「明日にいたしましょう」
大事なことだと思ったのだがリグロルは一刀両断で明日に持ち越した。
まぁ確かに昨日食べさせてあげたから今日はいいか。なんだか野生動物に餌付けをしに行くみたい。
「オリオニズもお腹痛くなるのかな?」
「さあどうでしょうか?子孫を残す機能をお持ちであれば痛くなるかもしれませんね」
意味の無い会話をつらつらとしているうちに痛みも大分治ってきた。
文月はノロノロと起き上がる。
「大丈夫ですか?無理に起きなくても良いのですよ」
「うん、けど起きるよ。横になってばかりで体がかえっておかしな具合になりそう。痛みもかなり少なくなったから」
「それならよろしいのですが、ご無理なさらないで下さい」
「うん、ありがと。とりあえず着替える」
「あまりお身体を締め付けない装いにしましょう」
「うん助かるよ、この状態で締め付けられたら中身出ちゃう」
「怖い事を仰らないで下さい」
「にゅわぁああ!!!」
「どうされました?!」
「中身出た!どぽって出たぁ!」
文月は立ち上がる途中の姿勢のまま固まっている。両手は拳を作る途中のような形で止まり、足はガッチリ内股。
「当て布を新しくいたしましょう」
リグロルは冷静に対応した。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
文月はリグロルに手伝ってもらい緑が基調のゆったりとしたドレスを身につけた。メイクもほんのりと薄いものだ。
「あー、このドレスらっくーすっごい楽」
「よろしゅうございました。形としては余り体調の優れない時に纏う衣装ですね。病み上がりではあるが公の場に出なければならない時等に身につけるものになります」
「なるほど、このドレスを着ていれば周囲も気を使ってくれるって事か」
「その通りです。余り長期間身に付けるものでは無いですけどね」
「そっか、毎日着てたら、そんなに具合が悪いなら寝てろよって感じになるのかな?」
「そうですね、その解釈で問題ないです」
抱えていた懐炉を一旦横に置いて文月は姿見の前でくるりと回ってみる。
うーん、楽だ。身体のラインが余り出ないのも良いではないか。ずっとコレでもいいかも。いや寧ろコレが良いレベルで楽だー。
普段着にしたいくらいだがリグロルの説明を聞くからに普段使いは無理な代物らしい。
うーん、こんなに楽なのに残念。
「フミツキ様、そろそろ夕食のお時間ですが食堂へ移動されますか?それとも此方にお持ちいたしましょうか?」
「あー、うん。まだ痛いけど行くよ」
「ご立派です」
「そんなに褒められるようなことでもないよ」
「またご謙遜を」
「いえいえ謙遜なんてとんでもない」
「フミツキ様の美徳でございます」
「褒めても何も出ないよー……いや今は出てるか」
「そちらは美徳ではございませんね」
「血だもんね」
「血潮ですね」
「なんだか大げさに聞こえちゃう」
「妊娠されていればと思うとつい」
「されませんから、妊娠はされませんから」
「……」
「いやジト目でみられてもしませんからね?」
「ちょっとだけ、先っぽだけでもダメですか?」
「それダメなやつ!色々駄目なアレなやつ!」
「困ったものです」
「困っているのは僕!」
「お手伝いいたしますよ」
「全力でお断りします」
「力及ばず申し訳ございません」
「そこへの力の振り加減は控えてね?」
「……」
「いやジト目で見られてもって、さっきもやったねこのくだり」
「あぁ、わたくしはいつになったらフミツキ様の御子を抱っこできるのでしょうか?!」
「悲劇の主人公みたいなセリフはやめて!崩れ落ちないで!ハンカチ咥えてこっち見ないでぇ!」
「ダメですか?」
「だ、ダメですよ?」
「もう一押し?」
「一押しも二押しもないです」
「さあそろそろ食堂にまいりましょう」
「え?時間調整で僕からかわれたの?」
「まさかまさか」
「ねぇ?リグロル?」
「はい、フミツキ様?」
「こっち見て?」
「そのお言葉はタルドレム様に申し上げるとよろしいですよ」
「もう言ったよ」
「え?!いつですか?!」
「か、帰りの馬車の中……」
「それで?!」
「それでって、そのあと、お尻触られた……」
「それから?!」
「特に何もなかった……」
「……」
「いやジト目でみられても」
二人は今日も仲良く食堂に向かった。
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