第18話 なんか移動だって

 店の外に出た文月を風が優しく吹いた。単純だがそれだけでほっとした。

 タルドレムは文月の手を握り一歩踏み出そうとして止まる。


「フミツキは魔法を知らないんだよな」

「うん、知らない、の?かな?うーん、今まで見た事はなかったよ」

「よし、魔法店をのぞいてみようか」

「えっ?!そんなお店があるの?」

「あるぞ」

「わぁー、名前だけでなんだか期待しちゃうよ」

「期待に添えるといいんだが」


 魔法店なんてお話の世界にしか出てこない。

 鷲鼻のおばあさんがひっひっひと言いながら大なべをかき回して紫色の煙が立ち込める映像が文月の頭に浮かぶ。

 ホラーな所だったらどうしようと一瞬思い文月は無意識にタルドレムと繋いでいる手に力を込めた。

 タルドレムが文月と目をあわす。

 その目を見てこの人が一緒なのだから危険な目にはあわないだろうと思い直した。


「ん?」

「ううん」


 自分と目を合わせにっこり笑った文月にタルドレムは内心かなりほっとした。

 二人は一旦大通りを横切り街を移動する。

 細々とした裏通りの薄汚れた隠れ名店を想像していた文月はタルドレムの指差した店を見て驚いた。


「あれだ」

「あれが魔法店?」

「そうだ、驚いたか」

「うん、驚いた。うん、驚いたよ」


 表通りに堂々と居を構えたお店の印象は日本で言えばスーパー。

 客の呼び込み用に風もないのに回ったり揺れたりしている不思議なオブジェ以外は怪しげな雰囲気は一欠けらもない。

 両開きの扉が大きく開いているので明るい店内が良く見える。

 客層は想像通りのローブ姿や鎧の剣士もいるが、ほぼ同数の一般的な客層も見受けられる。


「入ってみようか」

「うん」


 言われれば魔法があることが当たり前の世界なのだ。ここでは魔法は隠したり隠れて行われるものではなく日常生活に溶け込んでいるのだ。

 そうか普通のお店なんだと文月は思ったがやはり魔法の店は魔法の店だった。瓶詰めの商品が多く並べられておりその中身は期待を裏切らない様相をしている。おそらく植物だろうと思われる中身。おそらく生き物の一部だろうと思われる中身。生き物がそのまま入っている瓶。鉱物と思われるものが入っている瓶。動物なのか植物なのか良く分からない中身の瓶。

 様々な形と大きさと中身の瓶がずらりと並んでいる棚にはさすがに圧倒された。


「うわぁ……これ目だよぉ」


 何の生き物か分からないが、目玉だけが入っている瓶を文月は恐る恐る指差した。

 その途端、ばらばらな方向を向いていた目玉がいっせいにぎょろりと文月の指先を見た。


「にゅおぉおおお!!」


 生理的嫌悪感というのを文月は初めて体験した。

 叫びながらタルドレムに正面からしがみつく。


「わっわっわっわっ動いたよ?!見た?!見たよ?!見るよ?!見られたよ?!」

「落ち着け、イフエの目だ」

「ぃふえー」


 文月の可愛らしい慌てぶりに近くを歩いていた店員さんが微笑ましい笑顔を浮かべて通り過ぎた。


「ここは材料だな。あっちの方がフミツキには面白いだろう」


 くすくす笑いながらもタルドレムは抱きつかれたまま文月を違う商品群の方へ連れて行った。

 ここは小さい子供達がいて親に商品をねだる姿も見受けられた。

 よちよち歩きの小さな子がよたよたと文月に近寄ってきた。

 文月を一生懸命見上げながら近づいてくる姿に文月はついしゃがんで目線を合わせる。

 子供が文月にたどり着き腕をぎゅっと握った。

 文月が目をぱちくりさせてにっこり笑うと子供もにっこり笑った。

 子供はそのまま文月の顔に手を伸ばしぺたぺたとさわりきゃっきゃと声を上げる。お返しに文月もその子のほっぺをつんつんすると大喜びで足踏みした。

 タルドレムはそんな文月の様子を微笑みながら見ている。

 子供は文月の腕の中に入り今度は胸元を掴んでにっこりと見上げる。

 自分の胸のふくらみが柔らかく子供を受け止めた。

 子供の高めの体温がじんわりと伝わり、文月の内からも暖かいものがこみ上げてきた。

 暖かい何かに逆らわず同じ流れで文月はゆっくりとその子を抱きしめて頭を撫でる。

 嬉しいのか照れているのか子供は笑いながら文月の胸元に顔をうずめ、また顔をあげて笑った。


「あらあら、ごめんなさい。ありがとうございます」


 この子の母親と思われる女性が近づいてきた。文月に引っ付いている子よりも少し年齢が上であろう子供の手を引いている。


「バロレ、おいで」


 母親が呼びかけると子供はあっさりと文月を離し母親の元へよちよちと突進していった。

 ストンと体温がなくなり文月の胸がいなくなった以上に寒くなる。

 片手でひょいっと子供を抱き上げた母親が文月に子供の顔を見せた。


「バロレお姉ちゃんにありがとうは?」

「あー!」

「よく言えました。ありがとうございました。この子が一人で走って行っちゃって」


 そう言って母親は手を繋いだほうの子供を困ったようにちょっと引っ張る。

 母親は文月とタルドレムを見比べる。


「もう妊娠はしているの?」

「にゅっ、ま、だまだです」

「そう、あなた達の子供なら絶対に綺麗な子になるわね」


 もう一度ありがとうと言って母親は子供二人と商品の入った紙袋を持って出て行った。

 文月はいつの間にかタルドレムの手を離し今まで子供のいた所に両手をあてて親子が出て行った方を見つめていた。


「幼い子供はかわいいな」


 タルドレムが文月に話しかける。


「……うん、かわいかった……、可愛らしかったよ」


 自分の底から溢れてくるこの感情は何だろうと文月は思う。

 小さい子供は確かに可愛い。小さい生き物も可愛い。子猫や子犬などは日本でも可愛いと思っていた。

 だがこの瞬間、自分の中にある感情はそれ以上に大きく熱く力強いものだ。

 何かを慈しみたい。

 このあふれ出る感情を求められるままにたっぷりと注いで包んであげたい。


「フミツキ?」

「うん?」


 タルドレムと目が合った。

 何かを可愛がりたくてちょっと手を伸ばし、タルドレムの頭をなでなでした。


「?」


 違った。


 撫でられて妙な顔をしたタルドレムが文月の顔を見てさらに妙な顔になった。


「ルドおかしな顔してるよ?」

「お互い様だと思うぞ」

「そうなの?」

「ああ」

「僕もおかしな顔してる?」

「おかしな、というか……何か違うって顔してたぞ」

「うーん……そうかも」

「違ったか?」

「違わないけど……違うのかな?」

「……自分の子供が欲しいのか?」

「自分の子供?うーん、わかんないや。子供は可愛いとは思うけど、自分の子ってなんだか実感がわかないよ。僕自身がまだちゃんとした大人じゃないって思うし」

「ふむ、何にせよ欲しいと言ってすぐに手に入るものではないしゆっくり考えればいいじゃないか」

「そうだね」


 二人は手を繋いで店内を見て回る。当然、材料コーナーは回避。


「目に付いた品はあったか?」

「何に使うものか分からないからさっぱりだよ」

「言われればそうだな」


 そう言ってタルドレムは棚においてあったリングを持ち上げて軽く振った。

 リングの動いた跡に光の粒があらわれる。


「うわー!綺麗ー……」

「これは子供のおもちゃだな」

「そうなの?きれい……」


 タルドレムからリングを受け取り文月もゆっくりとリングを動かしてみる。

 動かした軌跡にキラキラと星があらわれ消えていった。

 文月はその場でくるりとまわってみる。文月の周りに光の粒のリングが出来上がり空中に消えた。

 光が自分の周囲で消えてゆくのを見守っていた文月がタルドレムにつつつつと近寄る。


「ねぇルド……」

「なんだ?」

「あの、これ、買ってもらっていい?」


 おねだりするのが申し訳なくて上目遣いになりながら文月がおずおずとリングを持ち上げる。


「あ、けど高かったらいいから」

「大丈夫だ。おもちゃだから高価なものじゃないぞ」

「じゃぁいいの?」

「もちろんだ」

「ありがとう!」


 リングを両手に持ち嬉しそうに文月は微笑んだ。

 小さな子用のおもちゃを嬉しそうに持つ文月にタルドレムの庇護欲は増加される一方だった。

 タルドレムが店員にお金を渡して店から出た。

 太陽光の下でリングを振ってみたらあまり光が見えずに文月は残念そう。


「屋内用のおもちゃだからな」

「そっか、けど暗くなったら綺麗だもんね」

「そうだな」


 次はどこへ行こうとタルドレムは考える。

 魔法具を作っている工房へ連れて行こうかと思ったが今はこんな格好だ。王族として出向けば下へも置かぬ対応をされるのだが現状でいきなりたずねても門前払いだろう。

 この国を見てもらおう。

 タルドレムは考えた。幸い外泊の許可は出ているのだ。今から乗合馬車にでも乗れば夕方には港につけるだろう。


「フミツキ、港へ行こうか」

「港?うん、いいよ」

「よしこっちだ」


 リングをスカートのポケットにしまいながら文月は自分から手を出してタルドレムと手を繋いだ。

 噴水大広場近くまで戻りタルドレムは馬車乗り場で港行きの馬車を見つける。


「港までいくらだ?二人分だ」

「2400だ。けどあと一人くらい乗ってもらわないと出ないぜ」

「わかった。それで構わない」


 タルドレムは御者にお金を渡し文月を支えて荷台に乗った。

 向かい合わせの席には先に商人と思われる夫婦とその子供二人が乗っていた。

 文月はタルドレムに誘導されて席に座る。座席はとりあえずクッションのようなものがあるがペタンコであまり役に立ちそうには無かった。

 二人が席につくと一人の女性が荷台に乗ってきた。


「剣士さん。どこまで行くんだい?」


 御者が乗ってきた女性に声をかけた。

 なるほど、御者が剣士と呼んだわけだ。腰の両側に剣をさしており顔と関節以外に防具をあてていた。髪をポニーテールに縛っておりその鋭い目がタルドレムを一瞥した様に見えた。


「あー、どこまで?」


 馬車に乗ったは良いがなぜか女剣士は言いよどんだ


「港までどれくらいでつく?」


 女剣士が答えるのをさえぎるようにタルドレムが御者に声をかけた。


「剣士さんが港までなら全員港行きだから日が沈みきる前には着くだろうな」

「そうか」

「私も港だ」

「そうかい。1200ギルだぜ」


 女剣士が答え、御者がお金を受け取った。


「じゃあ出るぜ」


 女剣士が座席に着くと御者が声をかけた。馬車ががこんと動き出した。

 賑やかな街並みがしばらく続いた後、馬車は郊外に出た。


「そろそろ速度が上がるぞ」

「え?」

「外を見ているとわかる」


 がたがたと揺れていた馬車の振動の間隔が段々と短くなる。スピードを上げているのだ。それにつれてお尻に伝わる振動も激しくなり文月はタルドレムにしがみついた。

 これ以上衝撃が加わったら馬車が分解するんじゃないだろうかと文月が心配した矢先、急に静かになった。

 だが外の景色はすべるように動いている。


「わぁどうなってるの?」

「馬車が浮いているんだ」

「え?浮いてるの?」

「そうだ」


 文月は恐る恐る幌から顔を出して下を見た。もちろん片手はタルドレムを掴んでいる。

 確かに馬車が浮いていた。石造りの道が作られておりその道に沿って馬車は進んでいるのだが道の上を10センチほど浮いた状態で走っていた。


「すごい……、荷台に仕組みがあるの?」

「荷台にもあるにはあるが、浮かせているのはスレイプニルと道だな」

「スレイプニル?」

「引いている馬だ」


 興奮しているのか馬は時折猛々しい声を上げながら猛進している。全身に汗を流しながら鼻息荒く疾走するその馬は足が8本だった。


「スレイプニルが一定の速度以上で魔石の上を駆け抜けると浮かんで走ることが出来る。その習性を利用して港まで魔石を埋め込んだ道を整備したんだ」

「ふわぁー、すごいね」


 リニアモーターカーのようなものだろうかと文月は想像する。

 とにかくあれ以上揺れたら降りる頃にはお尻が腫れ上がっていたに違いない。


「お尻が痛くならなくてよかったよ」

「痛くなったら俺が薬をぬってやろう」

「え?」


 にやりとタルドレムが笑ったので文月はあまり手加減せずに頬をつねった。

 そんな二人のやり取りを商人夫婦はニコニコと、女剣士はどんな顔をしていいのか分からないといった感じで外に目をやった。

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