第7話 なんか長湯だって

 「フミツキ様、ここは女の中心。男性のどんな大きな愛でも受け止めることが出来る場所です」


 リグロルはゆっくりと文月の体にお湯をかける。リグロルの口調とお湯の温度が文月の緊張を少しだけ和らげる。


 「男性は時に獣に例えられるときがありますが、その獣を包み込み、鎮められるのが女性です」


 リグロルは文月に当てた布をゆっくりと動かし始める。


 「特に想い人の全てを受け止めることが出来た、と実感できた時には女の喜びに満たされますよ」


 んなこと言われても知らんがな。

 そもそも想い人なんていないもん。

 受け止めたくなんてないないないない。

 と色々と文月が反論を考えている間にリグロルは内腿から膝へと布をあてふいてゆく。

 あれ?意外とすんなり通過?

 リグロルは文月の膝下にもう一度手を入れて足を伸ばした。

 丹念に足の指の間もリグロルは拭いてゆく。

 リグロルは反対側に周り今度は左ひざの裏に手を入れる。


 「はい、ありがとうございます」


 リグロルに促される前に文月が自分でゆっくりと左足を開いたのでリグロルがお礼を口にした。

 汚れなど溜まっているとも思えないが、リグロルは襞の間を優しく手早く拭く。お湯をたっぷり含んだ柔らかい布が再び文月を撫でたが、先ほどよりも緊張からは遠い場所を布は通り過ぎた。

 左足も同じように丹念に拭いたリグロルが文月の手をとる。


 「ではフミツキ様、今度はこちらの台で、うつ伏せになっていただけますか?」


 そう言ってリグロルは隣の同じような黒い台を示した。

 その台は明らかに女性を前から型どった形をしており、文月が大人しくうつ伏せになると悔しいほどぴったりと文月の体を支えた。

 いつの間に僕の体の形をとったんだろうと文月は考えたが、それよりも何よりも大きな問題が目の前に迫ってきている事に気がついた。

 前の次は当然、後ろ。

 うむ、後ろ。

 あー……おしりかぁー。

 うわー、うわー、と文月は心中であまり必死ではない悲鳴をあげる。

 半分以上あきらめているというのもあるし、リグロルにデリケートな部分を触れられるのが初めてではないというのもある。

 けどやっぱり普段は他人に見せる機会なんてそうそうない部分を洗われる、というのはそれなりにハードルが高い。

 そしてぱしゃりと文月の背中にお湯がかけられた。あったかい。

 ある程度の達観した心持ちになった文月はなるようになれとばかりに全身の力を抜いてリグロルにされるがままになる。

 とは言ってもぐたりとした文月の背中を布で拭いてゆくだけなので、今のところ特に何をされているというワケではない。

 が、しかしやはり迫りくる時は来るものでリグロルが文月のお尻を拭き始めた。

 きたかぁ。


 ぷにっ。


 っとリグロルが片方のお尻を広げて文月の恥ずかしい場所を拭く。

 当然丁寧ではあるが、そこだけ特別に念入りに、というわけでもない絶妙な拭き加減でリグロルは文月にとっての関門を通り過ぎた。

 力を抜いていいやら入れていいやら、頭の中がカオスに加速した文月はさらにぐったりとなってしまった。

 文月の内心の葛藤にリグロルは当然気がついていたがあえて口にすることはせず、淡々と優しく拭き上げ、磨き上げていった。

 つま先まで磨き上げられた文月の体にもう一度お湯がかかる。

 リグロルは自分の仕事の出来栄えを見やり満足げに口元を緩めた。


 「お疲れ様でした。ではお湯にはいりましょうか」

 「うん、ありがとう、その、……気持ちよかった」

 「お褒めに預かり光栄です」


 リグロルは自分の豊満な胸の上に片手を置いて嬉しそうに微笑んだ。

 文月の視線がつい先端に向いた。

 その先端は寒さで小さく硬くとがっており、リグロルの全身にもうっすらと鳥肌が浮かんでいた。


 「あっ、寒いね。早くお湯に入ろう」


 気がついた文月が慌てて入浴を促す。


 「ご心配いただきまして恐悦です。けど私は大丈夫ですよ」

 「……冷えてる。ごめんね……」


 文月がリグロルの二の腕に触れるとひんやりとした温度が返ってきた。


 「入ろう」


 文月はリグロルを促し少し急ぎ気味に湯船をまたぎお湯に入った。お湯に入るとリグロルが肩まで浸かれる様に手を引張り気味にゆっくりと沈めて自分も一緒にあごまで沈んだ。

 お湯の中でもう一度リグロルの腕に触れるがその体は未だに冷えたままだ。

 リグロルが体の内から冷えている。

 そう思った文月はリグロルを少しでも暖めようと腕を動かしお湯の流れをリグロルにあてた。


 「ありがとうございます。もう温まりましたよ」


 懸命にリグロルを暖めようとしていた文月にリグロルが声を掛ける。

 もう一度リグロルに触ると確かに先ほどよりも温かくなっていた。


 「ごめんね。自分の事しか考えてなかった」

 「そんな。お気になさらないで下さい。フミツキ様とご一緒のお湯に入れるなんて望外の喜びですから」


 そうなの?と文月は思うがリグロルは本当に嬉しそうだ。

 自分にそんなありがたがられるような価値があるとも思えず文月は面映くなる。

 照れくささから、ちょっと泳いでリグロルから離れてみた。

 お湯に支えられているので歩くよりも自由が利く。

 お風呂の真ん中までそそくさと文月は泳いだ。

 あたたまった体は緩んでおり、文月は体操部の癖がでてお湯の中で柔軟を始めてみた。

 両足を大きく開き内股の筋を伸ばそうとする。開脚である。

 途端、足の中心の割れ目が開き、お湯が直接内部に触れた。


 「にゃっ!」


 反射的に両膝を曲げて真ん中を閉じる。


 「フミツキ様、どうなさいました?」


 リグロルが慌てた様子でお湯を掻き分けて近づいてくるが、何があったかなんてとても言えない。


 「ふおぅ!」

 

 自分の股間に両手をあてて何かをどうかしようとしている文月を見てリグロルは察する。

 あ、お湯があたっちゃったな、と。


 「フミツキ様、大丈夫ですか?中にまでお湯が入ることはないのでご安心ください」

 「うんうん、うん、え?中にお湯?大丈夫。多分大丈夫?ホントに?」

 「はい、お湯は入りませんよ」

 「そうなの?熱いよ?びっくりだよ?」

 「そろそろあがりましょうか?あまり長く入っていても湯あたりしますから」

 「そうだね、そうか。出るよ、うん」


 以前の体とは違う自分の体の構造に未だに驚いている文月はテンパッたままリグロルの言うことに従う。

 文月を支えながらお湯から上がるリグロルの体からも湯気がたちのぼっておりどうやらリグロルも十分温まったようだ。

 リグロルは何枚か用意してあった体を拭く布を黒い台座の上に手早く広げる。

 文月を台座に座らせたリグロルは柔らかい布を文月の体に押し当てるようにして水気を取ってゆく。

 顔はことさら優しく丁寧に包み込むように布を当てると、文月は自然と目を閉じ心持ちあごを少し上げた。

 そんな仕草が可愛らしくてリグロルは念入りに念入りに文月を乾かした。


 「あ、リグロルも早く拭いて。湯冷めしちゃうよ」


 両手を万歳の状態にした文月がリグロルの湿った背中を見て声を掛ける。


 「私のことはご心配無用です。フミツキ様とご一緒させていただいて心底から温まっております」

 「いや、それはないよ。とりあえず拭いて?僕が気になるよ」

 「ありがとうございます。それでは」


 そう言ってリグロルは本当に素早く、というか手馴れた動きで自分を拭く。

 文月から見ると文字通りさささっという具合である。

 首から背中から胸からお腹まで、急いでいるというわけではないのにすぐに水分を拭いていった。

 がばっとリグロルが、がに股になり自分の股間をふく。

 えっ!

 文月は驚きの声を上げかけるが、そうしないとちゃんと拭けないという事実にもすぐに思い当たる。

 うわー、あんな格好で拭かないといけないんだぁ。

 リグロルが美人なだけにその格好の似合わなさに文月は大いに動揺する。

 感心と驚きと自分自身の近未来の姿を見てしまった文月は自分の感情の置き所に大いに困った。

 自分をあっという間に拭いたリグロルは新しい布ですぐに文月を拭き始める。

 腰周りを拭き、前のほうを拭き始めたリグロルに文月は黙って足を開き協力する。


 「はい、ありがとうございます」


 自ら両足の膝を離し体重を少し後ろに預けた文月にリグロルはお礼を言う。

 足を開いて後ろにもたれ掛かるような文月の格好は、かなり卑猥な格好だ。

 しかしここに居るのは従者のリグロルと文月本人だけ。

 そしてリグロルは主の卑猥な格好の必要時間を最短で終わらせた。


 「お待たせしました。ではお召し物をつけましょう」

 「あー、コルセットまたつけるの?」

 「タルドレム王子との夕食がございますからその時にはつけたほうが良いですが、今はつけなくても良いですよ」

 「コルセットつけたままで、夕飯とか無理だよ」

 「楚々としてお料理をお召し上がりになるお姿にタルドレム王子もイチコロです」

 「簡単にイチコロになるね」

 「そういえば、そうですね」

 「軽い男?」

 「まさか、とんでもございません」

 「お風呂上りに顔を合わすようなセッティングとかしてないよね?」

 「ご冗談を」

 「お風呂の出口で待ってるとか無いよね?」

 「あっ、そうですね」

 「いやいや、その手があったか、みたいな反応されても困るよ。まるで実行中の計画よりもいい計画があったって気づいたみたい」

 「えーっと……、喉が渇きますよね。いえ、乾いてらっしゃいますよね、今」

 「まさかの図星?ごまかそうとしているみたいだよ?」

 「とんでもございません……」

 「……」


 いまだお互い裸のままだが文月はリグロルを座ったまま覗き込む。

 珍しくリグロルが視線をそらし、手にしていた文月の下着をぐにぐにする。


 「リグロル?」

 「はい」

 「……」

 「……」


 ・・・


 「申し訳ありません、文月様。私からのお願いです。テラスに行って冷えたお茶を飲んでください」


 文月の勝ちー。


 「はぁ……。そこにタルドレム王子がやってくるんだね」

 「えーっと、偶然ですよ?」

 「計画的だよ」

 「どうぞお察しにならないで下さい」

 「気づいたものを気づかない振りって難しいよ」

 「フミツキ様なら大丈夫です」

 「演技とか無理だよ」

 「まぁタルドレム様、ちょうどお茶をいただいておりましたの。リグロルのいれてくれるお茶はちょっとしたものですよ。よろしければご一緒にいかがですか?」

 「台本があるの!?」

 「このテラスから見える景色は美しいですね。タルドレム様のお髪の色と広がる庭園の緑がとてもよくお似合いですわ」

 「もう日は沈んでない?」

 「あ……。夜の帳が降りかけたこの時間にお会いできるなんて、なにか運命的なものを感じませんこと?」

 「アドリブ!」

 「少し長湯をしてちょっと湯あたりしてしまったみたいです」


 そう言うとリグロルはふらりとしなを作って崩れ落ちる。


 「まさかの演技指導!」

 「あぁ、タルドレム様。寝所まで連れて行っていただけませんこと?」

 「誘わないからね!」

 「私だけこんな格好で恥ずかしいですわ。どうぞタルドレム様もお召し物をお脱ぎになって」

 「展開早いよ!」

 「とまあ、こんな具合に」「なりません」

 「ダメですか」

 「ダメですよ」

 「至らなくて申し訳ございません」

 「いや、至りすぎててご勘弁下さいレベルです」

 「では湯冷めする前に服を着ましょう」

 「大賛成です」

 「あ」

 「?どしたの」

 「いえ、下着を着けないでこれだけ身に着けて頂くのも手かなと今思いつきまして」


 そう言ってリグロルが取り出したのは着ている意味があるのかどうか分からないスケスケのネグリジェである。

 文月の前に広げて見せるが、ネグリジェ越しなのににっこり笑うリグロルが良く見える。これは衣類の分類に入れていいものなのか?

 文月は無言で片足をあげてちょいちょいとリグロルに指図する。

 流石に冷めた表情の文月を見てリグロルは大人しく差し出されたつま先に下着を通してはかせる。

 文月は無言で両手を前に出す。

 リグロルも無言でブラを腕に通しぴったりと身につけさした。


 「完全防備でお願いします」

 「畏まりました」


 貞操をがっちりと固める決意をした文月を見てちょっとやりすぎたなとリグロルは反省する。

 反省すると同時に、さてご主人様の心を開かせるにはどうしようかとも考え始める。

 とりあえず色気を意識させる前にご自身の体に違和感を持たないようにすることが優先と結論を出した。

 先ほど着ていたドレスよりもゆったりとした薄手のワンピースと網目の大きいカーディガンを羽織らせる。


 「肌をあまりだしたくないんだけど」

 「畏まりました。それではこちらの長袖をお召しになってください」


 あ、まだ怒ってる。

 文月のぷんぷんした意思表示にリグロルはすぐに長袖を取り出して文月に着せた。

 まだ湿っている黒髪をリグロルは少々高い位置で纏め上げる。すらりとしたうなじは湯上りの色気を持ち、僅かな乱れ髪がその色気を加速させていた。

 文月のうなじにリグロルは見惚れていたが、当の文月は困っていた。


 暑い。


 湯上りに長袖を着込むものじゃない。

 しかし自分から肌の露出を拒否したのに今更やめますとはちょっと言いづらくなってしまった。

 やっぱりノースリーブで、と文月が言えばリグロルは嫌な顔一つせず文月の希望通りに動いてくれるだろう。

 だがしかし、男に二言はない、というほど重い意地ではないが、やはり格好悪いと思ってしまう小市民。

 風に当たりたいと思った文月はついでとばかりに決心した。さっさと終わらせてしまおう。


 「よし、じゃテラスに行くよ」

 「畏まりました。フミツキ様、私が衣類を身に着けるまで少々お待ちください」

 「あ、うん、そうだね、待ってるよ。急がなくていいからね」


 後ろに回っていたので気がつかなかったが、リグロルはまだぷるんぷるんしていた。

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