第4話 なんか王子だって
「ん?つーんってなんの話しだい?」
タルドレム王子が目を細め楽しそうに聞いてきた。
おっと、文月にとって意外と好印象。フレンドリーな王子様だな。
「淑女の秘密です。どうぞ詮索はお控えください」
リグロルが咄嗟に切り返す。
「わかった、そうしよう」
王子は楽しそうに答えた後、少しまじめな顔になり椅子から立ち上がった。テーブルをゆっくりとまわり文月の正面に立った。流石に王族だけあって本人は意識していないだろうが威圧感があり、思わず文月は後ろに下がりたくなる。そんな文月をリグロルがしっかりと支えた。
「ラスクニア王国の王子、タルドレムだ」
説得力があった。
なるほど王子だと文月は感じる。たとえこの人がぼろを纏っていても今の名乗りを聞けばほとんどの人が王子だと認めるだろう。
「立ったままでは辛いだろうし。まずは席に着こうか」
文月がまだリグロルに支えられているのを見た王子がすぐに着席を促してくれた。
リグロルが文月を椅子に座らせようと歩き出した。
「私が……いや、俺がエスコートしよう」
タルドレム王子がそう言って文月に近づき、リグロルもすんなりとタルドレム王子に文月を受け渡した。
文月の後ろに回り背中側から左手を取り自然と腰に手を回す。文月の体の向きが逆ならダンスでも始まりそうな体勢だ。
以外にも王子のサポートは上手く、文月はスムーズに椅子に着席させられた。
うわぁ、なんだか扱いに慣れてるなぁと文月は思う。
「ぁりがとぅ……ござぃます……」
「気にしなくていいよ」
小さな声ではあったが文月がお礼を述べると王子はくすっと笑いながら応えてくれた。
王子が自分の座っていた席に戻ると同時にリグロルが王子の前に新しいお茶をだす。カートを押してきて文月の前にもお茶を出した。
「それでは、私は隣室に控えますので御用の際はお呼び下さい」
「ちょっ?リグロル!?」
これはあれですか?!それでは我々は退散して後は若い人たちに、とかいうヤツですか?!
お手本のようなお辞儀をしてリグロルは扉に向かう。部屋を出る際に文月に向かって声を出さずに『つーん』とやってみせた。
扉が静かに閉まった。
リグロルが出ていくまでその後姿をすがるように見ていた文月だったが、仕方なくぎぎぎぎぎという擬音が聞こえそうな動きで自分の正面に座っている人物に目をやった。
タルドレム王子はそんな文月を楽しそうに見ていた。
「まぁ、落ち着いて、別にとって喰おうというわけじゃないから」
「……はぃ」
「フミツキ、すまなかったね」
「え?」
タルドレム王子のいきなりの謝罪に文月はきょとんとした。
「こちらの都合ばかりを君に押し付けてしまった。すまないと思っている」
「あ、……いえ」
「理解してくれとは言えないが、我々にも色々あって」
「……色々……ですか」
「そうだ。いずれは俺か、ニムテク、もしくは王から直接説明があるだろうが、どうか辛抱して欲しい……というか辛抱せざるを得ない状況にさせてしまったわけだが」
むにゅーと文月の唇がとがる。まっすぐに謝罪され、言いたいことを先回りに言われてしまい不満がそのまま顔に出た。
「可愛い顔だ」
カチンときた。
文月の不満顔をみた王子が目を細めて文月を見つめていた。文月はポツリとつぶやく。
「もし……」
「ん?もし、なんだ?」
「もし、今僕が歩けたら……あなたに殴りかかってます……」
「……そうか」
王子はそう言うと立ち上がり、文月のほうに歩いてきた。
文月のすぐそばで立ち止まる。文月は正面を見ていたが、キッと涙目になりながらもタルドレム王子を見上げた。
タルドレム王子はそのまま片膝をついた。自然と文月の視線も下がる。
「殴ってくれて構わない」
タルドレム王子は静かに言う。
「フミツキの気が済むまで殴ってくれ」
パーン!
文月の右手がタルドレム王子の頬を打ち抜いた。
文月の目から涙が一筋流れた。
目を閉じることもせず、粛々と文月の張り手を受けたタルドレム王子は文月を見つめる。
「……すまない……」
二度目の謝罪の言葉を王子が口にすると文月はもう一度タルドレム王子の頬を張った。今度は左手だ。
拳を握り王子の頭に打ち下ろす。手のひらでもう一度王子の顔を思い切り叩く。
胸倉を掴んで思い切り揺さぶった。歯を食いしばりながら揺さぶった。
ぽろぽろと文月の目から涙が溢れる。
元の世界の思い出と今まで我慢していた不満と不安が優しくされた所から噴出した。
お父さんが!お母さんが!妹が!友達が!学校が!部活が!勉強が!僕が!僕は!僕は殺された!
「ばかぁ!ばかぁ!ばかあ!!!」
タルドレム王子は文月が暴れられるように余裕を開けて大きく抱きしめた。
わぁわぁと泣き叫びながら文月はタルドレム王子の腕の中で彼を揺さぶり胸を肩を顔を拳で叩いた。
リグロルがノックも無しに室内に駆け込んできた。
王子はさっと片手を上げリグロルを制し退室するよう手を振る。リグロルは静かに退室する。
再びタルドレム王子は文月を大きく抱え込んだ。
その頃には文月は王子の胸元をきつく握り、顔をうずめて泣きじゃくっていた。
ゆっくりとタルドレム王子の腕の輪が小さくなってゆく。
文月の体に王子の腕がぴったりと重なる。ビクッと文月の体が震えたが、それをきっかけにしたように徐々に泣き声は小さくなっていった。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「ご、ごめんな……」「謝るな」
文月はまだタルドレム王子の腕の中にいた。顔はうずめたままだが胸元を掴んでいた手は今は控えめにちょこんとつまんでいるだけだ。
「フミツキに非は無い。だから謝らなくていい」
「……」
「フミツキの持った怒りと悲しみは正当なものだ。謝罪の必要はない。フミツキは正しい」
「……でも、いっぱい叩きました」
ようやく文月はそっと顔を上げ王子を見上げる。思ったよりもタルドレム王子の頬は赤くなっていた。
自分の取った行動の結果に文月は青ざめる。
「ぁ!」
「気にすることは無い」
「でも!あの……手当てを」
「必要ないよ」
「そうだ!リグロルが治せるんです!呼んでください!」
「この痛みは俺が自分の力で全て受ける」
「……」
「他の力は不必要なんだ」
文月は両手をゆっくりと上げ、タルドレム王子の頬をそっと挟んだ。
「やっぱり……ごめんなさい」
「謝罪はするなって言ったろう」
文月はふるふると顔を振る。
「僕が……謝りたいんです」
「そうか、ではその謝罪は受け入れるよ」
一旦止まった文月の涙が再びぽろぽろと頬を伝わった。
全力で他人に怒りをぶつけたことなんて初めてだった。それを全て受け止めてもらったのも初めてだった。
タルドレム王子は指先で涙をぬぐってくれる。もう一度涙をぬぐってくれた。それでも溢れてくる涙を王子はハンカチを取り出しそっと文月の目元に交互に当ててくれた。
文月はタルドレム王子の頬に両手を置いたまま、こつんとおでこを王子の胸に当てた。
ゆっくりと王子の頬から手を離し腕を折りたたんだ。タルドレム王子はまだ文月を抱きしめたままだ。
しばらくそのままの姿勢でいた二人だったが、文月が大きく息を吸いゆっくり吐いて二人の時間は動き出した。
「あの、ありがとうございます」
「うん」
「えっと、もう、その……大丈夫です」
文月が王子の胸をちょっと押してその腕から逃れようとする。流石に男の腕の中にいつまでもいたいとは思わない。
「名残惜しいな」
「うっ、ふっ、むっ」
ぎゅっぎゅっぎゅっとタルドレム王子が三度、力を込めて抱きしめて文月の息が三回漏れた。
ぱっと王子が文月を開放し、にこっと笑った。
自分でも分からないが文月は恥ずかしくなり王子の笑顔に釣られて微笑みながらも視線は斜め下に外した。
タルドレム王子は文月をもう一度しっかりと椅子に座らせて自分も席に戻った。
すっかり冷えた紅茶が二人の前においてある。
席に着いた王子が文月を見つめ、もう一度にっこりと笑った。
やっぱり文月は恥ずかしくなり笑顔を返しながらも視線はうつむいた。
「フミツキ、ここの生活に何か不都合があれば言ってくれ。いや、不都合しかないかもしれないが可能な限り快適に過ごせるように努力する。俺にも多少だが権限がある。それを最大限使用してお前の障害を取り除く。わがままを言ってくれて構わない」
「はい、ありがとうございます」
けどなぁ……と文月は思う。
今文月が望むことは無理難題で、それを口にするのはタルドレム王子を困らせるだけだ。
自分の感情を受け止めてくれたタルドレム王子に更にそれを言うのは申し訳ないという気持ちが少なからず文月の中に芽生えていた。
タルドレム王子は表情には一切出していないが、内心かなり困っていた。
目の前の美少女の瞳に寂しさが宿っておりそれを隠そうとしているのが分かったからだ。
おそらく先ほど自分に向かって感情を吐露した事を気にしているのと、自分には叶えられないと分かっている望みを持っているからだと理解する。
そしてその望みを言わないのは、言うことによって王子が王子自身を責めるのだと文月が気づいてしまった事も分かった。
文月とタルドレム王子は同じ望みに気づきながらも結局その事は口にせずじまいだった。
「どうだ、フミツキ。俺が支えるから少し外を歩いてみないかい?」
タルドレム王子は自分を胸中で烈火のごとく罵倒しながら文月に明るく声をかける。
「外……ですか」
「そうだ。夕食まではまだ時間があるだろう。こちらに来てからこの部屋から出たかい?」
確かにこちらに呼び出されてからこの部屋を一歩も出ていない。勝手に軟禁状態の気分になっていたが別に行動の制限はされてないのだ。まぁ今は行動しようにも出来ないというのが実情だが。
文月は了承した。
「はい、タルドレム王子のご迷惑でなければ」
「よし、ではその格好では寒いな、何か羽織るものがあったほうが良い。あぁそれと、俺の事はタルドレムと呼んでくれないか」
「え?」
「タルドレム。王子はいいから」
「あ、はい分かりました」
まあ学年が上がって、クラス替えがあった時みたいなものかなと文月は思う。
最初は君付けやら苗字で呼び合うが親しくなれば名前を呼び捨てで呼び合い、あだ名で呼び合うようになるものだ。
ほぼ初対面に近い状態であれだけの醜態をさらしてしまったのだ。その相手に嫌われず仲良く振舞ってもらえるのは嬉しい。
タルドレムはサイドテーブルに置いてある鈴蘭のような格好をしたベルを指で軽く突いた。
ぴーん、という結構高い音が響きすぐにドアがノックされリグロルの声が聞こえた。
「お呼びでしょうか」
「呼んだ」
タルドレムが応えるとドアを開けリグロルが入ってきた。
「失礼します」
「フミツキと外に出るから寒くないようにして」
「畏まりました。ご用意いたします。ただ先ほど監視塔から連絡がありワイバーンが6匹ほど確認されておりますのでご注意ください」
「まぁ6なら問題ないな」
「あの、ワイバーンというのは……?」
「魔物の一種。空を飛んで人や動物に襲い掛かる」
文月はぽかーんとする。
外に行くのにワイバーンに注意?
「初めてかい?」
当たり前だ。文月はこっくりと頷く。
「あの、よくあるんですか?こういう事」
「たまにだね。珍しいってわけじゃ無いけど、いつもの事って程でもない」
リグロルが白いコートと白いケープを持ってきて文月に着せてくれる。
ふわぁ、ふわふわで気持ちいい。文月は思わず首をかしげてケープに頬ずりした。
目を閉じて嬉しそうにケープにすりすりしている文月をもうちょっと見ていたくもあったがタルドレムは文月の手をとりゆっくりと立ち上がらせた。
リグロルが二人の邪魔にならないように素早く文月のコートを整える。
「行こうか」
「うん」
王子の腕を支えにしながら文月はようやくこの部屋の外へ出た。
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