第10話̏ ”ただ”の友達




「…あにぃ」

「よっ、応援ありがとな」


 琉生の隣に座ると、頬を赤くしてそっぽ向いた。ここにいる全男が知ったら悲しむであろう事実。

 琉生は男。男の娘。りっぱにシモが付いた…付いてる…付いて…るよね?


「…恥ずかしかったんだからな…感謝しろあにぃ」

「おう。これでどんな恥ずかしいことも今のに劣るから恥ずかしくないな。来てくれてありがとな」

「謎理論やめて。あと…母さんにビデオ撮影お願いされただけ」


 琉生が背中を掻こうと背中に手を伸ばす…が、掻けてない。テキトウにあたりを付けて指の腹で掻いてやると、気持ちよさそうに、猫のように目を細めた。


「それにしてもなんで女装なんてしてるんだ?もう女装しなくてもいいだろ?」


 知り合いに会いたくない琉生の為に、女装という手を思いついたのは僕だ。服を買ってやったのも僕だし、琉生を家の外に出れるようにてつだったのも僕だ。

 でも克服して変装せずに歩けるようになった今、琉生が女装している意味が分からない。


「…あにぃにバレないと思って…」

「その日傘とワンピース、誰が買ったと思ってるんだよ」

「あにぃだね…。髪の毛、ツヤツヤなのキモい」

「おい、それは兄貴に対する侮辱か?」

「まぁ水で濡れてるからでしょ?…少しは拭きなよ。それで…ん…」

「へ?」


 差し出されたのは保冷袋。

 何だこれ?弁当は買ってくって言ったから違うし…。


「アイス。母さんから…」

「…サンキュ、あとで美味しく頂くよ。じゃ、そろそろ戻るわ」

「ん…、分かった…」


 立ち上がる、その時、体操着の裾を掴まれた。見下げる…ちいたずらっぽい笑みで俺を見上げる琉生と目があった。


「いい彼女さんだね。クラリスさん」

「ち、ちげぇしっ!ただの友達だっ!」


 言い張ったとき、したり顔で笑う琉生がしばらく頭から離れなくなった。





「にしても…嘘が下手くそだな~」


 母さんが忙しくてこういうイベントに来れないときはいつも差し入れをくれる。

 琉生の発言によると、今回の場合はこのアイスがそれに当てはまると考えられる…。

 だが…今日家を出るときに既に僕はお菓子の詰め合わせをもらっているのだ。

 そして…母さんの差し入れには必ずメモ書きがある。が…今回のアイスの保冷袋。メモ書きが見つからない。


「可愛い弟めっ」

「あ、お帰り。なんだいそれ?」

「へへっ、琉生の差し入れだ。アイス。一緒に食おうぜ」


 木陰で休んでいたミナの横に座ってミニアイスの箱を開け、ピックで刺してミナにむけた。


「あ、いただきます」


 ひな鳥みたいに食いついて、嬉しそうに頬を緩めた。頬に手を当てて笑う。


「ん~おいしい…ありがと」


 …っ!待てよ…今僕、『あ~ん』をしなかったか!?

 すげぇ!陰キャがJKにあ~んをしたぞ!凄いぞ!


 ミナを見る…が、別に気付いてる様子じゃなさそうだ…もしくはなんとも思ってないのか。

 後者なんだったら変にドギマギしてる僕が変人みたいじゃないか。ここはなんてことなかったように振る舞おう…。


「じゃ、僕もいっただっきま~す」


 ピンでアイスを刺して、口に入れた。

 冷たいアイスがキンと頭を冷やす。うめぇ…。


「琉生に帰ったら感謝しないとな…」

「…っ、そ、そうだね…///」


 何故か顔を赤くして、伏し目にして、視線まで逸らすミナ。

 どうしたんだろ?


「あ、もう一個いるか?」


 今度はさりげなくピンを渡す。と、震える手でそれを受け取ったミナは、じっと保冷袋をのぞき込んだ。何故か意を決したようにチョコを取り出す。


 さっきよりも真っ赤に顔を染めて、チョコを食べた。


「大丈夫か?なんか恥ずかしいことでも…」

「い、いや、なんでもないさ…。え、えと…お、お弁当食べないかい?」

「…」


 なんだこいつ。一緒に飯食おうぜって言うことがそんなに恥ずかしいのか?


「あぁ、勿論。ミナのも僕と同じ所にかけてあるっけ?」


 立ち上がって、木に掛けてあるレジ袋を取る。その横のミナの袋も持ち上げた。

 頷いたのを見て、さっきと同じようにミナの横に座る。


「ありがと、優しいね」

「言い過ぎ。怪我人の手伝いぐらい普通でしょ」

「そうかな?」

「うん、そうだな。っと、おやつの後にご飯って変だけど…頂きます」

「頂きます」


 そよ風が吹く。ミナの匂いが漂ってきて横を見ると、ミナもこっちを見た。


「なんだい?」

「いや…なんでもない」


 まさか匂いにドギマギしてしまっただなんて言える訳がない。


「そうか…。そ、そのやっぱ!うん!さっきのことは無しにしようっうん!」

「ん?」

「いや…うん、なんでもない。その…か…せつキ…とか…うん!なんでもない!」


 やけに興奮したように、激しく早口で捲し立てる。どうしたんだ?

 …さっきのこと…『あ~ん』の事か!っ!


「…その…やっぱ全部忘れて…」

「よ、よく分からないけどそうだな。忘れようっ」


 …変にギクシャクした空気。き、きまずい…。


「あ、あのっ。ミナちゃん!一緒にお弁当…食べない?」

「あ…」


 ふと声のした方を見ると…お弁当を持った女子がいた。

 …いいタイミング。いつもはウザいと感じてたけど今回ばかりはナイスだ。


「えと…別の所で食べてくるよ。ごゆっくりどうぞ」


 荷物を回収して別の場所を探しに歩く。

 背中からミナの呟きが聞こえた。


「…ありがと…」



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