第16話 キスするかい?




「…あのさぁ?カイ?速さ勝負じゃないよ?」


 そこで止めていなかったタイマーがけたたましく鳴った…クソッ、符号を読み間違えなければ…。

 天井を仰ぐ、ミナの呆れた顔が僕を覗き込んだ。


「馬鹿じゃないの?」

「…うるさい…」

「今タイマーがなったよね?だから今試験が終わったころだよ?もっとゆっくり解けばこの問題もこの問題も…正解しただろうに」

「…だって…気持ちよく解けてるんだし…」

「あのなぁ?格好付けて『点q』とか置くから『9』と間違えるんだし、必要ないのにいきなり『≡(合同)』使うから『=』と間違えるんだよ」

「…格好いいとこ見せたいでしょ…。そうだっ」


 本音が出かけたが、そのお陰で昨日のアニメの決め台詞を思い出した。

 足を上げた反動で立ち上がって人差し指を宙へむける。


「男ってもんはなぁ!好きな女の子にカッケェところ見せたいんだよっ!」

「…ねぇ、意見」


 ミナはパーの手を上に上げる。それ小学校のなんかだった気がする…。


「何?」

「ジェンダー、トラップ!」


 いきなりミナも立ち上がって、僕に指をむけてきた。な、なんだそれ…。聞いたことないんだが…。


「ジェンダートラックじゃなくて?」

「トラップ。ちなみに調べても出てこないと思うよ。今テキトウに付けた名前だから。

 別に駄目な訳じゃないけど過敏になった方がいいよ。男は度胸、女は愛嬌、とかね」


 …自分で言葉を作るな。意訳は…『性差の罠』とかか?まぁなんとなく分かるけど。


「じゃあ男なのに女子トイレ入ってる~とか?」

「それは違うでしょ。ま、身近に居るじゃないか、LGBTじゃないけど僕っ娘の僕がね」


 ミナは親指で自分を指さして、胸を張る。無い、胸を…ゲボッ…。


「死んどけ変態ゴミクソ野郎」


 気付いたら地面に倒れていた。酷い…別に貧乳が悪いなん…ガァッ!


「君はマゾか何かかい?十分いたぶってあげてもいいんだぜ?」

「や、やめろっ…ごめん!僕が悪かった!」

「…気にしてることなんだ…やめてくれ」


 自分の胸を見下ろして俯いたミナ。ヤバ、めっちゃ可愛い。


「大は小を兼ねる、って言葉が一番通じない部門だから安心していいっしょ」

「…煩いなぁっ。まぁ数学はいいや、次は物理やるぞっ」

「はいはい、やろうか」


 水筒の水を口に注いで、リュックから別の教科書を取り出した。





「…ふぁ…ねむ…」

「ここで部室コソコソ豆知識!」


 ※よっ、待ってました!

 お前は黙ってろ。欠伸をしたミナの発言に口が勝手に動く。


「ねむ、とはネムノキの別名でもあり、合歓とも書きます」

「へぇ…そうなんだ…」

「すごいだろ!?知っててすごいでしょ!?起きた?」


 なんで知ってるかって?中学生の頃スマホが制限されていたら、遊びの先は電子辞書ときまっている。


「…眠くなくなったというか呆れた。だから、どうした?ってレベルだよ…全く」

「…知識をひけらかしたかったんだよ。…で…はい…」


 ホントは違う、決心が付かなかっただけだ。喋っている途中に銀紙を剥がしておいたソレをミナの口に押しつけて食べさせる。

 っ!唇…柔らかい…っ!クソッ、ドキドキする…。


「んっ!…な…何これ…に、苦いっ!なんだこれは!」

「吐き出すなよ!高いんだからっ」

「なんでこんな苦いんだ!なんだよこれは!」

「カカオ100%チョコ。果たしてそれがチョコなのかと聞かれると怪しい」


 ふっふっふ…今日コンビニでエロ本を読んでる同級生をからかおうとしたけどあんまり仲良くないから躊躇して、でも何も買わずに帰るのは忍びないと思って戸棚を見渡したときに見つけたのさ!


「…悲しい理由だね。あとチョコって砂糖とかミルクをカカオに混ぜて固めたものだよ。

 だからチョコじゃないね…苦い…」


 …ふぅ、落ち着こう。僕が今こんなに興奮している理由は1つだ。

 ミナの唇と接触したこの指。そう、この指だ。

 これに唇を当てれば間接キス、変態だ。好奇心的なものもある。けど理性と罪悪感も同時にある。


「…どうしたんだい?指なんて見つめて」


 水を飲んで、水筒の蓋を閉めたミナが怪訝そうに聞く。

 …人に相談すれば楽になるのかな…?


「…あのさ、チョコ食べさせたときに唇が指に触れたんですよ」

「…はぁ…で?」

「今すっごい好奇心的なものがある訳…」

「…ゴミクズ変態野郎…と言いたいけど…。じゃあキスするかい?」

「は?」

「き、キスしてしまえば間接キスなんてなんてことないだろ?」


 …暴論だ。そんな暴論、到底ゆるされるわけがない。


「キスしてみるかい?」

「…え?」

「ん、お好きにどうぞ」


 ミナが目を閉じて、こちらに顔を向ける。

 なんだこれ…。

 試されてるのか?それともミナは僕の事が好きなのか?


 一向に目を開ける様子はない。ただ、ミナは目を閉じて漫画の1ページみたいにキスを待っている。


「しょ、正気か?」

「あぁ、正気さ」


 …嘘だ、声が震えている。でもなんでこんなことを…。


「なぁ、ミナ。真面目な話。僕の事が好きか?」

「あぁ、好きさ。勿論、人として」

「…恋愛対象では?」

「入るけどどうだろうね?君はいい男だと思うけど惚れてはないね」


 その瞬間、ミナの顔が急接近する。ち、近い。


「まだ…ね」


 !?


「さ、時間切れ。もしキスしてたら僕はときめいて君に惚れていたかもしれないのに…勿体ない」

「おいっ!まだってどういうことだよ!」

「そのままの意味さ。真面目な話、君を恋愛対象として好きかと言われたら答えはノーだ。

 そのうちイェスに変わるかもってだけ。目が覚めたよ、勉強を続けようか」


 …家に帰ったら琉生に自慢しよ。彼女出来るかもって。



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