第12話 次回、赤羽海斗、死ス




「チッ…あのさ?流石に黙って聞いてられないな」


 杉田さんより、僕より、先に口を開いたのはミナだった。

 声は凄く怒気を含んでいて、背筋が凍る。


「そのっ!申し訳…」

「貴方の失態じゃないでしょう?黙ってもらえますか?」

「は…はい…」

「あ…み、ミナ…」

「カイも黙ってて」

「はい…」


 怖い、怖すぎる。ミナが怖くて、被害者の僕が何故か怒られる始末…。


「あのさ?仮にも僕等客人だぜ?まぁそりゃ僕が偉そうに言えることじゃないが、この情けないカイに変わって怒らせてもらうよ?」


 なんか被害者がディスられてるんですけど…。これって倫理的にどうなの?

 杉田さんにそう、視線を送るが向こうも向こうで怯えた目をしている。


「あなた…いや、あんたさ、普通さ、通りすがりに大外刈りなんてする?もしカイが受け身を知らなかったらどうするんだ?

 …あぁっイライラして言いたいことが纏まらないっ…クソが…死んどけっ」


 …僕は空気、僕は空気。大丈夫…僕に向かって『死んどけ』なんてミナは言ってない。


「一言ぐらい謝れよガキ」

「…すまない…」

「違ぇだろ?あぁん?僕か?違うよね?カイに向かってだろ?」


 ヤクザ…ゲフンゲフン…ミナの後ろに蒼龍が見える…怖い。


「…すまなかった…」

「…えっ!?あ、はい、うん。えと…まぁ非は認めて謝るが吉ですかね…」

「そのっ!申し訳ないっ…えと…ぎょ、業務があるので失礼してもいいですかっ!」

「はい、うん!どうぞ、杉田さん!速く逃げて!」

「し、失礼しますっ」


 杉田さんは逃げるように栄吠さんを押して走り去った。

 が…ミナは未だに、栄吠さんの背中にガンを飛ばしている。


「ね、ねぇミナ…」

「…ふぅ…すまない。僕も少し大人げなかったよ。口が悪すぎた」

「う、うん…い、いこうか…」


 今度は指にブラックカードを挟んで、客人用の廊下を歩いた。





「カイ、誰に会う気だい?」

「当然、社長に決まってらぁ」


 巫山戯ているけど、かなり緊張している。会うのはもう数年ぶりだ。流石に忘れてないよな…?

 ミナは一瞬、固まって目を見開いた。


「しゃ、社長!?」

「おう、社長だよ」


 案内人の後ろについて歩く。へぇ…初めて来たけどこんなふうになってるんだ。


「ど、どういう経緯?」

「えっとな…」


 確か中学1年の頃だった気がする。





 下校しているとき、ペット屋の前を通る。ガラスケースに閉じ込められて人生キツソぉ…いや、人じゃないか。

 坂道の下の方から自転車があがってくるのが見えた。かなりキツいこの坂道を使うなんてこの人アグレッシブだな…。


「ありがとうございました~」


 ふと後ろを振り返る。と…ペットショップから出てきた中年男性。…そう言えば最近よくこの人見るけどとうとう買ったんだ。

 何買ったんだろ?


 手に提げるゲージを見ようとするが、暗くて何が居るのか見えない。


「…」


 見えずじまいで、その人は駐車場の角を曲がっていく…瞬間、ゲージから何かが顔を出した。

 兎!?


 …ためらいなくその兎は跳び出して、走り出す。飼い主も気付いたけど兎の方が速い。兎はこっちに向かって走ってきた。

 え?これ僕が止めるべき?えっと…。

 兎は飼って事があるから掴み方は分かる。大丈夫大丈夫…。


 けど、反対側から、ペダルの音が聞こえてきた。

 この坂は急だ。しかも、時間的に太陽に向かって坂を上ることになる…から、坂の上の状況は見えにくい。

 僕が兎を掴んだ瞬間、自転車に背中を蹴られて、下手したら背骨が折れるかもしれない…っ!


「待て待て待て待て!おいおい!」


 咄嗟に身体が動いた。肉は切らせても…骨は断たせない!

 兎を止める事より、自転車を止めることを優先した。

 兎と自転車の間に割り込んで腕を十字に構える。

 時間がゆっくりに感じた。…これが走馬灯か…。



 キキーッ!



「ガッ…」


 身体が後ろに倒れる…内股がタイヤに強く打たれた。痛い…痛い。タマ〇ンが身体の中に押し込まれる感覚…痛い…潰れたかも…。


「イッタァァァアアアッ!」


 無様に叫び悶えていたのをよく覚えている。





「…余計なお節介で君が痛い思いしただけじゃないか?」

「違うんだよ。兎が自転車に轢かれそうだったんだよっ」

「へぇ…それで、その飼い主がここの社長だと…」

「そ、そういうこと」


 その後は救急車呼ばれて病院行き。新学期早々、入院生活。

 ここの社長…菅井さんが経費は全部払って、しかも、ある約束をしてくれた。


「これが…なんでも言うこと聞いてくれる券」


 スマホからボロボロの一枚の紙切れを取り出す。


「はぁ?」

「欲しいもの聞かれてさ。いらねぇやって思って貰っといたんだ」


 ちゃんと菅井さんのサインも入ってる。しっかりした契約書だ。


「では、こちらでお待ちください。社長を呼んできます」

「ありがとうございます」


 客室の革張りのソファーを見ると、緊張が更に増してお礼すら言えなくなる。代わりにミナが案内の人におれいをいってくれた。

 座ると腰が深く沈み込んだ。


「…やっべ…今更ガチで緊張してきた」

「大丈夫だよね?」

「多分…ミナ、死ぬときは一緒だよな?」

「ヤダね。断る」

「ひどっ…」


 ミナが舌を出す。そしてその後小さく呟いた。


「だって…君は死なせないから…」


 少し恥じらうミナが…めちゃくちゃ可愛かった。



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