第13話 舐め取るシーン




「失礼するよ。久しぶりだね。あのときはありがとう」

「お、おひさしぶりです…。い、いや…もう入院費から何から至れり尽くせりですよ。」

「それと…っ…あぁ、そこの…」


 菅井さんが僕等の向かいに座ってミナを見て、口ごもる。


「はい彼女の…」

「彼女!?」


 …なんだよ、僕に彼女がいたらオカシイかよ。ちぇっ…。

 彼女じゃねぇし…くそっ。


「英語のsheの彼女ですっ。僕に彼女がいたらオカシイですかっ」

「…あ、いや…失礼…」

「いや、そんな普通に謝られるとこっちも反応を見失うんですけど…まぁ…ミナ…」

「僕の名前はミナ・クラリスです」

「…あぁ、そうですか…」


 菅井さんは額に手を当ててやれやれと首を振る。どうしたんだろうか…。


「まぁそれで…ミナとの部活で家電が大量に欲しくてですね。この券、使っていいですか?」


 単刀直入に、本題を切り込みつつ、例のボロ紙を差し出すと、菅井さんは遠い目をした。


「懐かしいな…いいさ。何が欲しいんだ?」

「そうですね…テレビにゲーム機に冷蔵庫…室外機の要らないクーラーとかあります?」

「クーラーの部類には入らないがある…」

「じゃあそれと布団取り外し可能なこたつ…あとなんだっけ?ミナ?」

「…あ…いや、それで十分かな…?いや、あと遮光カーテン」

「そっか、じゃあそれも追加で、お願いします。出来れば明日の早朝にトラックで学校に運んでくださるとありがたいんですが…」

「わかった。それも手配しよう…」


 なんか凄い申し訳ない気もするけどいいや、楽しい学校生活の投資だし。


「って待って!?あのさカイ?今凄い価値のある物を使おうとしてない?」


 ミナが突然大声を出した。そしてボロ紙にもう一度目を走らせる。


「あぁ、まぁまぁ価値のあるものだな…確かに、高校生活でつかうほどのものではないかもしらん」

「そんなのたかだか高校生活に…」

「あのなぁ?ミナ、ある意味これはミナへの脅迫だぞ?」

「え?」

「これだけ投資するんだ。楽しませてくれるんだろうな?」

「…。…ふふっ…分かったよ。楽しませてやるよ」


 …普通ラノベでこういうときって菅井さん手持ち無沙汰キャラになるはずなのに…注文した品を全部連絡していた。

 これが現実とラノベの差か…。


「手配できたよ。じゃあ明日の7:30に学校に届くから」

「分かりました。ありがとうございます」

「…ありがとうございます…。じゃ、失礼しま~す」


 思い出のかけらとして、お願い行使券をスマホに仕舞って、客室を出た。





「驚いたよ…知り合いだったとは…」

「まぁな。ざっとこんなもんよ」

「…そこで鼻を伸ばすのが君らしいよ」


 パスタって巻くの難しいな…。たらこと麺あんま絡まってないな~…たらこパスタを注文したのは失敗だったか?

 ミナを見ると…音も立てずにフォークを回して、オイルパスタを余裕顔で食べていた。


「…ちぇ…」

「あらら巻けないの?」

「うるさい、苦手なだけ」

「はいはい。ん~美味しい」

「…くそっ…美味い…」


 そう言えば…。

 再びパスタを巻く為にフォークに両手を添えた。


「なぁミナ」

「なんだい?」

「ありがとな。キレてくれて」

「え…」

「栄吠さんの件」

「あぁ、ね…。…ぁ、あれは別に…き、君の代わりに怒ったんじゃなくて…人としてオカシイと思って怒っただけだから…っ。

 か、カイの為じゃないから」


 意外とあざといのか…ミナはツンデレみたいに頬を染めて、そっぽを向いてそう言った。

 演技のくせに可愛いし萌える。そんな自分にクソ程に腹が立つ…。


「はいはい、ツンデレサービスありがとさん」

「さ、サービスじゃないよっ」

「じゃあマジ?マジのツンデレ?僕の事好きなら付き合う?」

「…チッ…そんな逃げの告白は求めてないぞ」

「だっからぁ、告白じゃないって。そんな怒った顔すんな」


 言ってて気付いた。ここ、決め台詞のシーンだ。机に手を突いてミナに顔を寄せる。


「俺はお前の笑顔が好きなんだよ。だから笑え、ミナ」

「…たらこ付いてるし格好悪いよ」

「え?嘘マジで?ちょい待ち」


 ミナから離れて机のティッシュを取って口を拭う。たらこ付けた口で決め台詞とかダッサ!


「とれた?」

「そこじゃないそこじゃない」


 突然、ミナの顔が急接近する。そして拭いていたのとは反対側を強く拭われる。

 ミナのきめ細やかな肌が視界を塞ぐ。…心臓がバクバク言ってる。


「ん、取れた取れた…大丈夫かい?」

「…なぁミナ…今のは舐め取るシーンじゃないか?」

「キモ、変態、スケベ、帰れ童貞」

「ウゲッ…」


 やめて!海斗のライフはもうゼロよ!





「おはよ…」

「ん~っ…おはよぉ…ふぁぁ…」


 欠伸をしてこちらに向かってくるミナ。口を隠すのも、『女だな~』


「早いねカイは」

「あぁ、待たせちゃ悪いだろ?もう来てたから受け取ったよ」

「ありがと…ごめん。運ぼっか」

「おう。結構重いから気をつけろよ?」


 すぐ、段ボールを持つ。冷蔵庫も小さめだから二人で運べないこともない。

 荷物をすべて運び終えたのは生徒が大量に登校してくる少し前、ちょっとでも遅れてたら見られてたかもな。

 部室の天井の蛍光灯を寝転んで見ていた。


「ふぅ…終わったね」

「おう、終わったな。ん~放課後に設置しようか。もう疲れちゃったよ」

「だな、今やったら朝礼も遅刻しそうだし」

「ん…あ、これ」


 チャリ、と音が鳴る。手に、ひんやりとした物が乗った。


「なんだこれ」

「この部屋の合鍵。完成したから渡すよ。ふぁ…ちょっと寝る…」

「…ありがと…僕も少し寝る…」


 この後、寝過ごして変な噂が立ってしまうかもしれないのに、二人同時に一限の途中に教室に飛び込んだのは大失敗だ。

 ミナは噂されたっていいさって、余裕顔で僕をからかってきたけど…。



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