第5話 東京ウィン○ーセッショ○
「よいしょっと…おはよ~!」
「あっ、クラリス…く、くんおはよう!」
「やぁ、どうも」
「キャ~!ホントに同性!?惚れるっ!」
別にミナが公害な訳じゃないけどさ…。
強いて言うならそこにあるせいで周りが汚くなるゴミ箱だよな…。
いるだけで煩くなってしまう。
「やぁおはよう。カイ」
「…お前さぁ…人が学校から押しつけられた事以外の科目…その名も心理学!の勉強してん…だ…ぜ?…話しかけるな…よ…。…すげぇって驚いてくれてもいいんだ…ぜ?」
言いかけたことは全部言い切らないと気が済まないから言ったけど、てんで言った内容を覚えていない。
だって…ミナが変な荷物を抱えていたから…手に持っている缶のラベルには、発泡防音スプレー。
しかも、いつもはそれなりのリュックなのに、今日は登山用のリュックに沢山荷物を詰め込んでいる。
これは…なんだ?
「気付いてからも話し続けるその根性には、ビックリだよ。へへ、なんだこれ、って思っただろ?」
ふぅ、と大きなため息をついて僕の隣の席にミナが座る。こうやって会話できるのもあと数十秒…と言ったところかな?
「…そのスプレー何がしたい?てかなんで手に持ってきた?」
「家にあった一番大きなリュックがこれでね、それでもこれだけは入らなかったんだよ」
「…まぁ同好会の事でしょ?なんとなく分かってきたよ」
「ねぇクラリスくん!髪の毛触らせて!」
「あぁいいよ。異性だと少し怖いけどね、女の子なら勿論拒否なんてしないよ」
…僕等の会話は勝手に終了させられ、ついでに僕は押し出された。
こいつ女たらしかよ。
「わ~!サラサラ!なんのシャンプー使ってるの?」
「ん?あぁ、家にあるやつなんだけど…名前は忘れちゃった。お母さんの使ってるのと一緒だけど…わかんないや」
…女ですら消費者(ミナを求める側)に回し女の供給を下げ、ついでに男子以外からも自分の需要を高める高等技術。
道理で僕に惚れて告白してくる女子がいない訳だ。
※道理、なのでしょうか?
「で、そろそろそのスプレーの目的を教えてくれるか?まさかだけど僕の口に突っ込んで殺すとかじゃないよね?」
放課後、ミナがスプレーの先端を僕に向けて決めポーズを取っていた。
吹き掛けると液が膨れて発泡スチロール見たいになるやつだ。
「そんなわけ~…な、なななないじゃないかぁ~?」
「やめてっ!僕はまだ死にたくない!」
「あははははっ、嘘だよ。これ、見て」
ミナが足で蹴ったのは、昨日まで錆だらけだったドア。
錆を落としたから、今はペンキが剥げてるんだけど。その空気口の所。
「明日からGWでお休みでしょ?その間は活動できないし。
ってなるとこの穴から無視とか埃とかいろいろ入ってきたら掃除したのに無駄になっちゃうだろ?」
「…それをふさぐ、と」
「まぁそういうことだね。でもその前に…じゃじゃん!」
重たそうなリュックから取り出したのは…今度はペンキスプレー。しかも、断熱どうたらこうたらとも書かれている。
「部屋の中はこれでまんべんなく塗って。僕はドアの色塗りをし直すから」
「…この約六畳間を自宅にする気?」
「あながち間違ってないね。二日は籠城できるぐらいにしたいかな?」
いけしゃあしゃあとそんなことを抜かしてスプレー缶のキャップを外し、その先端を僕にむけた。
「ほら、無駄口はいいからさっさと働け、さもなくば口の中真っ青の刑だぞ」
そして低い声でそう脅してくる…が、刑が微妙に軽くて…?
「いや、結構重いよね?その刑」
「さぁ?work or dead、好きな方を選びな」
「ワークで!雄ミツバチのように働きます!」
「よろしい、じゃ、始めようか」
渡されたペンキスプレーは白色。真っ白な部屋…?
「ただの断熱用のペンキスプレーだよ。意外と薄くてもかなり断熱してくれるみたいだから」
「へぇ~時代は早いね~」
「まだ青春だろ?年寄りになるのはもう少し遅くてもいいんだぜ?」
「はいはい、働きますよ」
『年寄りになって働けなくなるのは遅くていい、もっと働け』って意味の憎まれ口だろう。ツンデレか?
説明書を読みながら丁寧にスプレーを噴射する。
「…年寄りに…たら…しょにあ…べないじゃないか…」
「ん?なんか言ったか?」
スプレーの音のせいでミナの呟きがかき消される。
「なんでもないよっ」
「そういうときってなんかありそうだけど?あ、コンセントの所はどうすればいい?」
「そこはいいよ。断熱って言っても完全じゃなくていいし」
「分かった…っ!」
「今度は何?」
イヤなことを考えてしまった。ホント、ミナだからこそ、信用できない。
「これってさ…先生に許可取ってる?」
「いいや、取ってないよ?」
「ノォォォォォォ」
後になって知ったけど、和泉さん曰く一番遠い図書室にまで聞こえていたらしい。
「あ、交換しない?アドレス」
校門を出て別れる前に、ミナはスマホを振る。
夕日のせいであろう赤い顔が、恥ずかしさからなら可愛らしいと、少しときめきそうだ。
「別にいいよ」
「っ、ありがとっ。じゃあこのQRコード読み込んで」
ミナのスマホに僕のスマホをかざした時に、身体が近くなる。
『急接近上目づか~い、今日こそはと思ってたのに、あ~あ♪』
頭の中をキモく、巫山戯た声で歌わないと心臓の音が漏れてしまいそうだ。それぐらいドキドキする。
ボーッとしていると、僕より数センチ小さいミナが、顔を上げた。
今、身体の距離はそんな離れていない。つまり…上目遣いな訳だ。
いつもなら僕が歌うとキモくなってしまう歌が…頭の中では綺麗な歌声で流れていた。
「っ!じゃ、じゃあ帰る!また明日!」
心臓が思いっきり跳ねた。その場から跳んで離れる。
近付いていたらドキドキしすぎて高血圧で死ぬ。
「っ!明日無いよ?」
何故か視線を逸らしてそう言うミナ。
やっべぇ…不覚にも可愛いと思っちゃった。
「そうだっ、じゃあGW開けに、じゃあな!」
「あ、あぁ!」
恋に落ちるまで時間の問題だな。
なんて頭の中で冷静に呟いている自分がいた。まぁまだ、こんなふざけたことを言えるだけ恋に落ちるのは遠そうだ。
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