体育祭

第8話 I'll come back…May be alive.




「俺たちB組は青組になったぞぉぉぉ!」

「ウェェェイ!」


 …体育祭、アウトドアの祭り。別に何色の組になっても同じように叫んでたんだろうな。


「うかない顔してるね」

「…まぁね。これだったら体力測定、本気でやらなきゃよかった…」


 A~F組を二組づつ3色に振り分けて色決めしている。

 そして…学年リレーは足の速い人から選抜。

 50m6秒台になってしまった僕は…。


「学年リレー選手決めるぞぉぉぉ!」


 面倒なことに、多分補欠で選ばれる…ちなみにミナは僕より速い。


「…ねぇミナ。僕が補欠になるかどうかでジュース賭けない?」

「…いいよ。君は補欠になるだろうね」

「それだけ賭けにならないでしょっ!」

「次に足が速いのが…赤羽か、赤羽!補欠よろしく~」


 ホラな?…F組の選抜との合同練習をしなきゃならない…ってことは家に帰るのが遅くなる。

 考えただけで憂鬱だ。





「陰キャじゃん」

「こいつがリレーの補欠?頼りな~」


 …女子の罵倒の嵐。ホント、女子って怖い…。


「ま、赤羽は本番見てるだけでいいから」

「ってか足速い陰キャってキモくね?」


 横を見ると、ミナの握り固められた拳が見えた。こいつ純情だな~別に…っ、別にわかりきっていた事だ。


「りょ~か~い。じゃ、頑張ってね~」


 明るくそう応えてミナから離れる。

 僕が陰キャになったのは自分で決めたことだ。これぐらい、なんてことない。

 こんなのチープなイジメですらないんだから。





「で、そこからの記憶一切無し?」

「補欠なのに毎日練習とか終わってるよ…。疲れてるせいで記憶喪失。期末試験死んだなこりゃ…」


 身軽なせいで陰キャなのに騎馬戦の騎手になってしまったし、ぐるぐるバットの後で平均台を渡る訳の分からない競技の補欠にもなってしまった…。

 高2のリレーが始まって、エールが一斉に沸く。

 僕等は日陰になった石段に座っていた。


「ま、大丈夫だよ。選手が怪我しなきゃ補欠は補欠のままだから」

「そのミナ。ミナが怪我したら僕は選手として働かなきゃだめになるんだからな?」


 横を見ると、鉢巻きを締め直したミナが首を傾げた。


「怪我するとでも?」

「さぁ?大事なところでやらかしそうだな~って思っただけだよ」

「あ~あ、フラグ立っちゃった。次男子の騎馬戦だけど。騎手としての意気込みは?」

「I'll come back…May be alive(帰ってくるよ…多分生きたまま)」

「だといいね。僕もそうしたいな」


 確かに、僕は大した怪我もしなかった。でも…。





「わわっ!ちょっ…」


 一際大きな、慌てた声が聞こえた。ミナの騎馬が崩れる。

 いや、ミナは誰かの身体を支えて、そのまま落ちていた。

 ゆっくり、ミナが落ちていくのが見える。


「…あ~あ。バーカ」


 そのまま倒れ、騎馬に隠れる。口がそう動いていた。

 そして騎馬が解かれて、ミナが見えるようになる。ミナは足首を押さえて呻いていた。

 一瞬、足が出かけた。選手席とコートを仕切るロープを越えかける。が、結局足が出ない。

 もどかしい。

 自分が行ったところで何も出来ない。どころか、いきなりコートに駆け込むなんて変人だ。

 ミナの安否の確認より、理性…いや羞恥心が勝った。悔しい。

 正しいことなのに、悔しかった。


「クッソ…」


 …ミナが保健室の方向に運ばれていく。それを、見ている事しか、出来なかった。





「おいおい、フラグ回収上手いな」


 足を引きずって、心配そうに声を掛ける同じ騎馬の女子に対応しつつ、まっすぐ僕の方に向かってきたミナに声を掛けた。


「あはは…ちょっと相手の子を強く押し過ぎちゃってね。すぐ後ろに手を回したんだけど勢い余って倒れちゃった」

「…お陰で僕はリレー選手。どうしてくれる?」

「さぁ?頑張れ~」

「胡散臭い目で見られる僕の苦悩は?」

「…陰キャになった理由、教えてもらえるかな?」


 そう言えば練習の時に、未だキレ続けるミナに言った気がする。

 『自ら好んで陰キャになったから気にするな』って。


「…さぁ?なんででしょうかっ。気になるならB席の上から三段目の白い服着た女に聞くことだな」


 リレー選手の集合の号令が掛かったから、言葉をそこで句切って立ち上がる。


「…あ、待ってカイ」

「何?」

「ファイトっ」

「おう」


 ガッツポーズしたミナに親指を立てると笑った。日差しが眩しい。


「…頼りないな~。こいつがアンカー?」

「いや、もうこれで申請したからしかたない。クラリスがアンカーでその補欠なんだし」

「…」


 陰キャ扱いキッツ…。まぁでも…ほどほどに走って最下位で終わらせよ。

 黙って鉢巻きを締め直す。渡されたアンカーのたすきを持ったとき、一瞬脳裏にミナの顔が写った。

 いや…まぁここで本気出したら陰キャになった意味が無いよな。





「…あにぃ…」


 あの兄貴は馬鹿だ。大馬鹿者だ。

 レースが始まって、選手が一斉にスタートを切る。

 なんで女物の服ってこんなにかゆいんだろ。

 全身がかゆい。日焼け止めクリームもべったりしてて気持ちが悪い。


「すいません…もしかして君はカイ…赤羽海斗の妹さんかな?」


 肩を突かれて振り返る…と、中性的な顔の人がいた。

 足首を見ると怪我をしている。ゼッケンを見ようにもジャージのせいで見えない。

 さっきの騎馬戦で怪我をした人…あにぃがその時もどかしそうな顔していたし…。


「ミナ・クラリスさんですか?」


 言ってから気付く。なんでこの人は僕の事をあにぃの兄妹だと分かった?

 あにぃが教えてたとすれば…かなり変装したのにこれでもあにぃは僕を見破ったって事か?


「あぁ、そうだよ。隣、いいかな?」

「はい、どうぞ…」


 あにぃが気だるげに伸脚をしている。それが隣の選手の邪魔になっていることを気にしていないのはあにぃらしかった。


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