第9話 インキャは無様にオールバック




「カイが陰キャになった理由、君に聞けって言われたんだけど、聞いてもいいかな?」

「いいですよ…。あにぃは大馬鹿者ですよ。私…実は引きこもりなんです」

「…」

「まぁ…なんでかって言うとイジメですね。あにぃのお陰で外には出れますけど…学校行こうとするとホント怖くなります。

 で…中学の頃はかなり凄い兄貴だったんですけど…馬鹿者なんで。


 私を気遣ったのかなんなのか知らないですけど自分は陰キャだっていきなりいいだしたんです。

 私と同レベル、同カーストに降りてきたんですよ、私に自信でも付けさせたいのかな?

 そんなんで自信なんて付かないのに。自意識過剰か?って話ですよね~」


 …どう反応すればいいのか分からない。

 彼女は頬杖を突いて遠い目をした。


「それで?ミナさんはカイの彼女?」

「あ…いや違うよ。ただの友達。出来れば『さん』じゃない方がいいな…変な気分になるから」

「あ、すいません。じゃあミナねぇで。

 まぁ…で、私虐められてたんでなんちゃってメンタリスト出来るんですよ。

 ただの友達、って言う以上に深い関係はありませんよ?」

「…察しのいいガキは嫌いだ…なんてね」

「ははっ…低い声上手いですね…あ、あにぃの番だ。ちょっと喉の準備しますね~」


 彼女は水筒を傾けて飲み込む。なんの準備だろ?応援かな?

 カイが遠くの方で、スタートの構えをとっていた。





「…ふぅ…」


 今更気付いた。アンカーって最後200m走るんだって…。

 そして…今青組は二位。このまま普通に抜かされて情けないところ見せたら琉生は安心するかな?

 弟に対して酷く、狂気的と言える程まで自分の考えてることがオカシイのは分かってる。

 弟に自信を持たせるために兄貴を情けなく見せる、だなんて。

 下らないにも程がある。でも、やる…狂った頭がやれって命令してるから。


「っ」


 ランナーの足音が近づく。振り返る。青色のバトンが目に映る。

 …スタートをゆるく切った。後ろに伸ばした手に、バトンの感触を感じる。強く握る。

 それなりに、本気を出しているふうに、走っておく。50m8秒台で。


 …一瞬、ミナの残念そうな顔が脳裏を横切った。全力は出さない。狂った頭はそれを禁止している。

 頑張れって言われて頑張らないからどうしたんだよ。

 別に悪くない。僕は悪くない…。

 『ミナを裏切る』とか躊躇う以前にミナと『ちゃんと頑張る』って約束はしていないんだ。別に本気を出さなくたって何も悪くない。


 そうやって、変なことを考え出した頭が、思考が、罵声で吹き飛んだ。

 耳に入ってくる雑音が消える。


「あにぃの馬鹿野郎!本気で走れよ!」


 目を見開く。半眼で声のした方を睨むと、琉生がいた。その横にはミナもいる。

 目が一瞬合った。その瞬間、琉生が親指を立てる。…そして下に向けて、舌を出した。


「…っ」


 なぁに…ラノベの主人公みたいな…チープな感動シーン再現してんだよ。カッコ悪…めちゃめちゃ恥ずかしくてみてられないシーンだぜ。

 走りながら額に手を当てて汗を拭い、その汗で髪の毛を後ろに払った。

 地面をさっきより強く蹴る。


「陰キャが!オールバックして何が悪いっ!」


 自分でも何を叫んでるのかよく分かってない。前を走る赤組アンカーの背中が見えた。


 苦しい、止まりたい、息が出来ない。マラソンみたいだ。

 いつでも止まれる。止まれるのに止まらないで走り続ける。つらいけどまだ走れる…。


 かなり赤組の背中が近づいてきた。ゴールテープも見えてくる。

 走る。もっと…走る。


「っ!」


 けど…いくら本気を出しても…抜かせなかった。

 終わった…ふらふらする。頭が痛い。気持ち悪い…酸欠か…。

 視界がチカチカする…。





「やぁ、大丈夫かい?」

「…ん…?」


 ミナの顔がドアップで視界に写る。…倒れたのか…?


「…!?」


 今頭が柔らかい物に包まれている。ミナの香りが凄く強い。つまり…。


「膝枕!?」

「…それだけ叫べるなら充分だね。あと膝枕じゃなくてジャージだよ。君が頭に敷いてるの」

「…クソが…」


 足を上げて反動をつけ、起き上がる。そのまま水道に歩いて、蛇口を捻る。

 生ぬるい水を頭に浴びせる。


「うぁぁぁっ!くそっ…ごめん…」


 自分の馬鹿さ加減が恥ずかしい。なんでアンカーで抜かされて最下位になる惨めな兄貴を見て、弟が自信を付けるんだよ。

 おかしいだろ…。最初から気付いていれば…。


「頑張るとか言って頑張ってなかった…。抜けたのにな…」

「アハハハハッ!突然何言い出すのさっ…くくっ…」


 突然はお前だよ…なんでいきなり笑い出すんだよ…。


「最後の追い上げはアンカーの怠慢のお陰なだけで、本気であのアンカーが走れば僕でも追い抜けないさ。ましてや君なんて到底無理。

 それとも、カイ、君にはさ」


 肩を掴まれて身体を回される。そのまま校庭のフェンスに背中がついた。

 壁ドン!?逆壁ドン!?何このシチュエーション!いや…これは…。


「フェンスドン!?」

「…はぁ、折角真面目な話をする気だったのに…。

 で、君には特別な力はあるのかい?ないだろ?平凡な君がリレーの逆転劇なんて出来る訳がない。気にすることないよ。

 それより君の雄叫び、凄く君らしかったよ。なんだっけ…?」


 拘束を解かれる。

 は…恥ずかしい…。


「陰キャが…」

「あ!あ~!あ~!聞こえな~い!」


 厨二病か!恥ずかしすぎるだろ!


 耳を塞いで叫ぶ…と、口を塞がれる。目を開けると、ミナが呆れた顔で、僕の口に手を当てていた。

 口の中をラムネが転がる。


「塩タブレット、頑張ったね、カイ」

「…っ…お、おう…」


 このレモン風味の塩味…青春の汗のようn…。


「しょっぱ!」

「あっ!それ保健室からもらってきたんだから吐き出しちゃだめだよ!」

「っ…ありがと…」

「あぁ、どういたしまして。でもまぁ…君はぐるぐるバットがまだ残ってるよ?」


 ミナは自身の包帯が巻かれた足を指さして笑った。


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