第7話 君のハジメテ、もらっちゃった
「で?まぁ…僕が猫好きって分かってなくて決めたなら…デートプランのセンスのなさには感動するよ。
デートプレンを考えてきたことへの僕の感心を返してもらえるかい?」
「う、うるさいっ、こっちも頑張って考えた末にここだったんだよっ」
…猫カフェ。そこに入っていくのはごく数組。だけれども、猛者は長時間居座るからお店の経営は回る。
「…ミナの分半分奢るから…いいかな?」
「…ふふふ…君、意外と猫好きかい?」
「そうだけど…一度来てみたかったし…」
「やったね!気が合う最高のパートナーだっ!さ、入ろうぜっ!」
いきなり肩を組まれてドキッとする。くっ…これが恋の力…っとか巫山戯てられるかも不安になってきた。どういう意味かは察せ。
「いらっしゃいませにゃ」
「…2人で三時間のコースでお願いします」
前に入っていったカップルも、男の方がジト目で睨まれていたが…僕も同じく、ミナにジト目で睨まれる。
「学生料金を利用される場合学生証の提示をお願いしますにゃ」
「…これお願いします…」
「あ…僕もこれで…」
ミナが身分証を出そうとする…から僕は、すぐにミナに背を向けるように身体を回転させた。
多分首だけ曲げて見ないようにしたら、気になって見てしまうかも知れないし、間違った行動ではないはずだ。
「?どうしたんだい?」
「…名前、知られたくないんだろ?」
「…ふふっ…カイ、僕君のそういう所嫌いじゃないよ。むしろ好きだね」
「っ!…恥ずかしくなるからやめて」
「お、新しい弄るポイント見つけた。そうか〜好きって言われるとドキドキするのか〜」
返された身分証をスマホケースに戻しつつ、指定されたロッカーに荷物を突っ込む。
これからこれで弄られると…っ、青春のトキメキが浪費されてくかも…。いや、それはそれで、いいかも。
「わぁ…猫だ…」
「あぁ…」
扉を開けると、そこは猫が沢山いた。
ゴクリ、と喉が動く。猫の楽園だ。最高だ。
「な、なぁ。これ、触ってもいいのか?」
「当然だろ。でもまて…ゆっくり近づくんだぞ…」
「分かってる…わぁ…」
嬉しそうで何よりだ。よかったよかった。
ミナが猫を撫でようとすると、猫がどこかへ逃げていく。ミナが悲しそうな声を出した。
「…あ…逃げられた…」
「こういうのはな?じっと座ってるのがいいんだよ。ここの漫画でも読みながら座ってるだけ」
戸棚の漫画を手に取って、その場に座り込む。横のソファーとの間に少しだけ隙間を作るのがコツだ。
ミナは不思議そうに首を傾げる。そして僕の向かいに座った。
「…それで来るのか?」
「僕が猫なら絶対行きたくなるね。まぁ物は試しよう。ミナもみてて」
漫画を開くこと数分…。
子供から逃げてきた猫が、僕とソファーの隙間に潜り込んできた。
「え!?なんでくるの!?」
「シー。隙間を作るんだよ。ねこは隙間好きだろ?」
「こ、こうか?」
「もうちょい狭めに…しょうがないな。僕の隣来な」
「っ!…///」
ミナを手招きすると…猫のように床に手を突いてこちらに回ってくる。そして僕の隣に座った。
ミナの腕を掴んで近寄せる。ほどほどに隙間を作って…。
「こんなもんかな?」
背中を壁から浮かせると、猫が背中を通って、ミナと僕の隙間から顔を出す。
「わ…か…可愛ぃ…ね、ねぇ、撫でてもいいかい?」
「逆に駄目な訳ないだろ。優しくな?」
「あ、あぁ…かわい…ぃ…」
嬉しそうに猫を撫でるミナ。それを見ていて今更だけど…気付いた。凄く近い。ミナからいい匂いが漂ってくる。
くっついてる膝や、時々当たる肩や、服の上からでも分かるふにふにの腕が、心臓を高鳴らせる。
これは恋のせいじゃない、ただ女子と近くにいるからドキドキしているだけだ。
「…ねぇ、カイも一緒に撫でてよ、凄い可愛いからさ」
ミナの手に安心したのか大きく伸びをして欠伸をした猫。
気付けば、目をキラキラさせたミナを撫でていた。
「…っ!な、なにさ!」
「っ!?あっ、ご、ごごごごめん…えと…」
今の騒動で猫が逃げ出してしまった。ミナがその後ろ姿を悲しそうに見つめる。
ミナが猫に見えてしまったのだ…。
「ま…間違えた…んだ…。ごめん…」
「っ…僕は猫じゃないぞっ。もうっ…別にいいけどさ、他の女の子にこんなことするんじゃないよ?」
「分かってる…ありがとな。許してくれて」
「…分かってないなぁ…。まぁいいよ」
…頭がどうかしてる。落ち着こう。ふぅ…。
「…なぁカイ」
「なに?」
「あのさ…今日弟くんがカイのフリして誘ったんだよね?」
「…あ、うん…」
気まずい記憶に顔を顰めると、ミナがそれを笑った。
「へへっ…弟くんに感謝するよ。当然、それ以上にカイにも。凄く楽しかった、ありがと」
「よかった。生まれて初めて女子とプライベートで出歩いたからめっちゃ緊張したけど」
「へぇ~…僕が最初なんだ。ちょ、悪ふざけするね」
そう宣言して、僕の耳元に口を寄せてきた。
「君のハジメテ、もらっちゃった」
「っ!やめろっ」
悪ふざけにも程がある。どうかしてるよ。
横を見ると、僕の反応に満足したのか、大きく伸びをしていた。
…なにかやり返す物は…。
「…あ、会ったときに女だな~っていったじゃん?」
「そういえばそうだね」
「コンタクト、付ける時に後ろ向くあたり…」
慣れない一人称に、折角の決め台詞を噛みかけた。
「俺に意識しちゃってる女の子なんだね」
「っ!…う、煩いっ…!帰るっ」
同じ方面の電車に乗るのに、先に人混みの中へ走っていった。
あれ?思ってたのと反応が違ったな…。
そう思いつつ、ミナの背中が人混みに消えるのを見ていた。
「これ、お土産」
「…お、あにぃサンキュ。猫のキーホルダー…猫カフェ?」
「あぁ、猫カフェ以外に思いつかなかった」
「まぁあにぃにしてはいいんじゃない?ありがと」
琉生は壁にキーホルダーを掛けてヘッドセットを外した。
「それであにぃ?まだ何かあるみたいだね」
「…ありがとな。その…会う約束してくれて…」
「へへっ…素直じゃないなぁ~。あにぃもしかしてツンデレ?」
イジワルい琉生の笑みに顔が赤くなった。
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