第21話 嫌いな訳じゃなくて好きだから!




「鹿!鹿!」

「…鹿って凄いんだね…」

「ポケットの中の鹿せんべいのにおいも分かるなんて…凄いわね」

「おい鹿、俺は持ってないからな。寄るな」


 奈良公園の入り口ですぐ鹿せんべいを買った。瞬間に鹿が群がる。

 怖い怖い!なんで!?ポケットに隠してるのに!

 僕を見て突っ立っている三人を振り返り、叫んだ。


「助けて!」

「「…頑張れ」」


 鹿に囲まれて動けない僕に三人とも親指を立てて、お寺の方へ歩いて行く…酷い…。

 350円で買った鹿せんべいをその場に振りまいて走り、三人に追いついた。


「酷いよ…」

「別に鹿せんべいも鹿も逃げないからさ。ゆっくり公園、散歩しようぜ」

「…分かったよ。っ!鹿せんべい…買いたい…」


 至る所に鹿せんべいを売っているところがある。どれだけ需要が高いんだ…。

 鹿に群がられる恐怖と優越感を掴んでしまった僕は、売られている鹿せんべいに目を奪われた。


「…失敗は成功の母、もしくはタネ。その心は?」

「失敗を経験に成功する、この場合だと同じ失敗をしないようにするってことかしら」

「じゃあ三歩歩けば忘れるにわとり。その心は?」

「文字通りすぐ忘れるって事だな。知能がにわとり並にゴミって事だ」


 …鹿せんべいを売っているテントに向かいかけた足が止まる。


「うるさいなぁ!僕だってそれぐらい分かってるよ!買わないってば!」

「未だに鹿を追っている目は何かしら?」

「…せんべい売りにむきかけた足はなんだ?」

「…財布に伸びかけた手はなんだろうね?カイ」

「…さ、皆何に対して呆れた目を向けてるんだ?もしかして鹿せんべいを買おうとしてる馬鹿の幻像を見たんじゃないか?

 ボーッとしてないでお寺のお参りしようぜ!」


 全く…誰だよ皆を呆れさせた人間は…。そんなのに呆れてたらきりが無い。

 歩き出して…すぐ止まる。振り返ると…三人とも立ち止まって僕を見ていた。


「…呆れたよ」

「俺も少し呆れた」

「呆れるわ…人としての威厳がなさ過ぎる」

「う…ぅ…ぅるさぁいいっ!」

「お前が煩いぞ?アカバネェ?」

「ひっ…」


 さっきまで居なかったのに、僕の前にはまたアイツ…小春がいやがった。





「…なんかさ…イジメ受けてる気がする」

「…それはどういう意味だい?」

「みんな酷い…ミナも含めて…」

「え…いや、そういうつもりじゃなくてっ…その…なんかからかって楽しんでて…カイをイジメたいわけじゃなくて…っ!」


 本心三割、巫山戯七割でなるべく悲しそうな声で言うと、焦ったようにミナが早口になる。

 ちなみに竹川と和泉さんはガチャポンの台の前で立ち止まったから置いてきた。


 お?…もしかしたらミナの事いじれる?


「…いや…いいよ…もう…」

「え…あ、ごめんって!別に嫌いとかな訳じゃなくて好きだから!

 …っ!そうじゃなくて…人として!人としてだけど好きだから嫌いでやってる訳じゃなくて…」


 好き、に関してはちょっと恥ずかしい。周りの人がみんな僕等を見た。


「その…ごめん…。傷付けるつもりはなかったんだ…」

「…そうか…変なふうに傷ついた僕が馬鹿みたいだね。ごめん、もういいよ…全部」


 ここで意味深な『全部』アタック。そして相手に責任感を与える攻撃。ミナの顔はちょっと青ざめて、本気で申し訳なさそうな顔をした。

 ちょっと罪悪感が沸く、そろそろネタばらしかな。


「ごめん…カイ…」

「ところがどっこい」

「…え?」

「ま、少し悲しかっただけだし、別に全然いいんだけどね。ドッキリでした~!」

「え?」


 豆鉄砲でも食らったような顔をする。ふふふ…大成功だな…。


「…」

「…あ~えっと…ごめん」

「…僕さ、結構不安だったんだぞ?嫌われたって思ったしめちゃくちゃ後悔したし恥ずかしいことも口走っちゃったし!」

「ごめん…ミナ…」


 数秒前と立場が180°くるっとひっくり返った。


「あぁぁぁっ!」


 頭をかきむしったミナはキッと僕を睨んだ。


「ずるいぞ!なんで僕だけ君に好きとか言わなきゃなんないんだ!」

「え…?」


 そこ?そこに怒る?

 きょとん、としているとミナは僕の頬を掴んだ。

 いでででっ!なんだよっ、…っ、ちょっと恥ずかしいだろ!あとミントタブレット噛んでてよかった!


「君もいいやがれっ!」

「な、何をだよっ、てか公衆の面前だぞ!」

「どうでもいいだろっ、僕も通ったこの恥ずかしい道だ!君だけ逃げるつもりじゃないだろうな!?」

「そう言う意味じゃない!こんなひっつかむんじゃない!」

「言ったら離れてやる!」

「なんて!」

「…」


 視線を逸らして、恥ずかしそうに俯いて、そのくせ頬を引っ張る手は強くなる。


「…す…好きだって言え…」


 分かってる、別に告白の意味じゃなくて、人としての好きって意味ってことぐらい。

 でもって言って欲しい理由が、恥ずかしい思いを同じようにして欲しいんだって事も。





「ふぅ…面白かった…。何…あんたも居たの?」

「…それはこっちの台詞だ。お前もいたのか」


 …ガチャポンの中身はやはり気になる。見ていて楽しい。…が、立ち上がったときにこの男がいると凄く不快だ。


「…おい海斗とクラリスは…」

「先に行くって言ってたけれど…そんなことも覚えていないの?」

「あぁ、あそこにいるじゃないか。声かけよ——なんだ?」

「黙ってなさい、邪魔しちゃ悪いでしょ?そんなこともわからない?」


 竹川君が声を上げかけたから、その脇腹を殴る…が、その腹は鋼鉄のように堅く、私だけが痛い思いをした。

 竹川くんの言う通り、二人は目に見えるところにいた。けど、どこからどう見ても、彼らはいいムードだ。

 クラリスさんが赤羽君の顔を掴んで叫んでいる気もするけれど、そこは気にしないことにした。


「さぁ!言え!」


 …一体赤羽くんは何を言わされるのだろう。少しワクワクした。





「さぁ!言え!言うんだ!」

「…す、好きだ…。も、勿論、人として…」


 言った瞬間、周囲の視線が集まる…恥ずかしい…。知り合い居ないといいな…。

 言わせた側のミナも結局、顔を赤く染めて、そっぽ向いた。そして僕の顔から手を離す。


「…ありがと…さん…」

「…お、おうよ…。そ、そろそろ二人ともガチャ見終えるんじゃないか?」


 ふと思い出してガチャガチャの方向を振り返る…と、にやけ面の和泉さんと、やれやれ、と顔を押さえる竹川がいた。

 そう、見られていた。


「…っ!見なかったことにしてぇぇぇ!」


 ちなみに、この後再び小春に会って、叱られた。




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