第3話 洋装の剣客

「小さな馬車に護衛は女が一人。大した稼ぎは望めねえな。せめて、体で払ってもらうとするか」


 荷馬車を止めた盗賊が下卑た視線でイレーヌを見下ろしている。同調しながら、荷台からも武装した五名の盗賊が降り立った。


「甘く見てると後悔するよ?」

「ちょいとばかし田舎臭いがなかなかの上玉だ。砦に繋いでる女共にも飽きてきたし、今夜はお楽しみだな」


 盗賊達の卑しい視線がイレーヌの全身をめ回すが、


「体で払えというのなら、そっちは命で払ってちょうだい」

「生意気な口――」


 馬車を引いていた盗賊が馬車から降りた直後、その首が飛んだ。悲鳴を上げることなく、表情には直前までの下卑た笑みが張り付いたまま絶命している。


 欲望の対象としか見ていなかった女が一瞬で距離を詰め、仲間の首を刎ね飛ばした。悪逆非道な盗賊たちも唖然とし、目を皿にしている。


「次は誰?」

「くそっ! やっちまえ!」


 仲間をやられて黙っているわけにはいかない。欲情を殺意へと切り替え、斧や長剣で武装した盗賊がイレーヌ目掛けて一斉に斬りかかる。


「小娘が! 調子に乗るなよ」

「悪党に言われる筋合いはない」

「お前……」


 右側面から長剣を振り下ろして来た、ターバンを巻いた盗賊の一撃を軽快なサイドステップで回避。同時に水平に向けた慈悲の剣で胸部を刺突。心臓を破壊した。


 抜群の切れ味を誇る慈悲の剣の前では人体がバターの如く柔らかい。イレーヌは上半身を捻った勢いを利用し、胸部を貫いた刀身でそのまま右方向へと斬り進める。


「見えてるよ」

「なんて速」


 人体を斬り抜けた刀身は勢いそのまま、右側から低い姿勢で斬りかかってきた短剣使いの右側頭部へと接触。断末魔を失ったまま、顔の上半分が切り離された。


「このアマ!」


 仲間の頭部が両断された隙をついて、斧使いがすかさず左側面から斧を振り下ろして来たが、


「があああああああ!」


 右手の慈悲の剣では間に合わないと判断したイレーヌは咄嗟に左手で鞘を抜き、斧使いの手の甲を強烈に一撃。骨が砕ける痛みと衝撃に負け、斧使いは得物を手放してしまう。地面へと落下した斧を拾い直す暇など、イレーヌはもちろん与えてはくれない。


「悪い奴は許さないって決めているの」


 瞬間的に二連撃。一撃目で斧使いの両腕が前腕部で切断されたかと思うと二撃目で首が宙を舞う。絶命の瞬間にあっても、斧使いは断末魔一つ上げることが出来なかった。


「そこまでだぜ、傭兵のお姉ちゃん」

「いや! 助けて」


 槍使いの盗賊の顔面を刺突した瞬間にイレーヌの動きが止まる。


 声に引き寄せられた視線の先では、荷馬車から無理やり連れ出された行商人夫妻の娘がナイフを持った盗賊に抱えられ、首元に刃を当てられていた。行商人夫妻も無理やり荷馬車から引きずり出され、地面へと押さえつけられている。


 どうやら荷馬車の部隊に意識が向いている間に、近くに潜んでいた別動隊が合流したらしい。慢心せずに伏兵を忍ばせておくあたり、盗賊達も抜け目ない。


 いかにイレーヌの戦闘能力が優れていても所詮は単騎。統率の取れた一団相手ではどうしたって隙が生まれてしまう。


「ちょっとでも動くとこの娘の首をバッサリだ」

「卑劣な真似を」


 イレーヌの背後にはまだ一人、荷馬車で襲撃してきた盗賊が残されている。対処しようとすれば人質の少女はきっと殺されてしまう。状況はかんばしくない。


「武器を置き、身に着けている物も全て脱ぎな」


 要求には下衆な思考以外に、衣服やブーツに武器を仕込んでいないかを見極める目的もある。相手が武器を手放したと油断したら、途端に仕込んでいた武器で逆転されたなんて話はどこにでも転がっている。


 なお、イレーヌの武器は慈悲の剣ただ一つで仕込みなど行ってはいないので、脱衣には裸体を晒す以上の意味合いは生まれない。


「……駄目、武器を手放すわけにはいかない」

「人質の命がどうなってもいいのか?」


「私が死ねばお前たちはきっと、用済みとなったその人達のことも殺すに決まっている。要求には従えない」


「四の五の言える状況か? 人質を救いたければ言う通りにしろ!」

「外道め」

「何とでも言え。盗賊稼業なんざ外道で上等――」

「きゃああああああああああ」


 少女を人質に取る盗賊の威勢が途端に沈黙へと変わり、前後して少女の甲高い悲鳴がその場を支配する。


 ナイフを握る左手と威勢の良かった頭部が地面へ落ちていた。切断面から激しい血飛沫が噴きあがり、幼い少女の顔面や白い衣服を鮮血に染め上げていく。少女は全身を震わせ、頭を抱えてその場にへたり込んだ。危機を脱した安堵感よりも、血飛沫を浴びた恐怖と嫌悪感の方が今は上回っていた。

 

「何が起こった? あの女は一歩を動いていないは――」


 行商人夫妻の真横に立っていた盗賊の背中がバックリと裂け、鮮血を撒き散らしながら前方へ倒れこんだ。


「あれは」


 この時、イレーヌは初めてのその青年の存在を視認した。


 屍と化した盗賊の背後に立つのは、ツイード素材の三つ揃えのスーツをまとった長身の青年の姿。歳の頃は二十代前半といったところだろうか。瞳の色はブラウンで、短い茶髪にスーツと同素材のハンチング帽を被っている。


 洋装とは異なり手にする得物は、当方の島国より伝わったとされる打刀うちがたな。返り血を帯びた刀身は刃も峰も等しく漆黒。素材ごとに質感こそ異なるが柄やつば、鞘に至るまで黒一色で存在感がある。


 青年を一言で形容するならば洋装の剣客けんかくとでも言ったところだろうか。


「て、てめえ! 何者だ!」

「名乗る程の者ではない――無礼躯ブレイク


 呼吸の隙間を縫い、洋装の剣客は一瞬で間合いを詰め、胸部目掛けて強烈に刺突。心臓を貫くだけに留まらず、あまりの破壊力に胸部にぽっかりと、向こうの景色を覗ける大穴が空いた。胸部を穿うがたれた瞬間に盗賊は絶命。死相には死や痛みの恐怖よりも、わけの分からぬ出来事に対する驚愕の念の方が強そうだ。


「あの剣士は一体?」


 目まぐるしく変化する状況に困惑しながらもイレーヌもなすべきことは忘れていない。謎の剣士の活躍により人質の安全は確保された。これで心置きなく残る脅威を排除出来る。


 慈悲の剣を強烈に振り抜き。背後から迫った斧使いを迎撃。斧使いは咄嗟に斧の刃で慈悲の剣を受けるも刃は一瞬で罅割ひびわれてしまった。


「何て威力だ!」

「褒めてくれてありがとう」

「……」


 瞬間的に三連撃を刻み込み、斧使いの体は両腕、首、胴体とで瞬く間に四分割。


 断末魔の悲鳴を上げることもないまま、斧使いの肉片が平原の土を血に染めた。

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