第10話 正義

「アッシュ、これはどういうことだ?」

「ハニガン所長。一連の殺人事件に関連して、あなたの身柄を拘束させて頂く」


 ダミアンがネーベルの町を経ってから数時間後。


 ネーベル地区保安官事務所所長のハニガン保安官を、アッシュを筆頭とした数名の所員が取り囲んだ。小太りのハニガン保安官は激しく動揺し、顔には絶えず冷や汗が浮かんでいる。


 連続殺人犯であるゲオルグの身柄を確保した後、アッシュにはもう一つ大きな仕事が残されていた。


 いかに保安官事務所が人員不足だからといって、外部からやって来た魔剣士のリズベットがこうも簡単に所属出来たことはいささか疑問だ。


 リズベットの着任時、ハニガン保安官からリズベットは自身の親類で身元がはっきりしていると説明があったが、ダミアンからリズベットの正体を知らされ彼女の素性を探ってみたところ、ハニガン保安官の話は全てデタラメであることが判明した。


 ハニガン保安官はリズベットの正体と目的を知った上で、彼女が保安官補として着任出来るよう便宜を図った可能性が高い。町の治安維持を担う保安官が外部から危険人物を招き入れただのとしたらそれは由々しき事態だ。ゲオルグ確保から息つく間もなく、アッシュはハニガン保安官とリズベットの癒着について探り始めた。


「あんたとは長い付き合いだ。リズベットの企みに加担したのはせめて、やむにやまれぬ事情であって欲しいと願っていたが……まさか、大金積まれて懐柔されただけとはな。俗物過ぎて反吐が出る」


 アッシュが手堅い捜査を行うことは、直属の上司であるハニガン保安官が一番よく理解している。大金を積まれたという事実を突きつけられた時点で、半ば反論は諦めていた。


 リズベットの着任と前後して、ハニガン保安官が貸金庫に大量の宝飾品を預けたという事実が判明。家宅捜索を行ったリズベットの部屋からも、ハニガン保安官との繋がりを示す証拠が幾つか発見されている。


「……安い給金で何十年も治安維持に務めて来たんだ。少しぐらい、良い思いさせてくれてもいいだろう」


 観念した様子でその場で膝を折ったハニガン保安官から、次々と放言が飛び出す。


「……あと少しで全て終わるはずだったんだ。実行犯のゲオルグをリズベットが殺害することで事件は無事に解決。適当な理由をつけてあいつは町を離れる。そういう約束だった」


「良心は痛まなかったのか? 奴らの凶行で多くの犠牲者が出た。部下だったオットーも殉職したんだぞ?」


「……ネーベルそういう町だろう。凶悪事件なんて日常茶飯事。毎日どこかで人が死ぬ。一連の連続殺人もその中に埋もれていくはずだった……」


「ふざけやがって!」


 声を荒げたアッシュが拳を振り上げた。周りの同僚が慌てて止めようとするが間に合う距離ではない。


「俺達保安官が正義感を失ったらお終いだろうが!」


 拳はハニガンではなく、アッシュの右側のデスクへと叩きつけられていた。木製のデスクはビクともせず、アッシュの拳が赤く腫れあがっていく。


「……昔のあんたはそうじゃなかった。治安維持のために危険も顧みずに最前線へ向かう、そんな立派な保安官だったじゃないか」


「正義感なんてもんは武器と一緒さ。だんだんと錆びついて、何時かポッキリと折れちまう。人の命が軽いこんな町じゃ特にな」


「……連れていけ」


 アッシュの指示を受け、二人の所員がハニガンを立たせて両脇を固めた。地域統括本部の会議によって処遇が決まるまでの間、ハニガンの身柄は別棟の牢に拘留されることとなる。


「俺が失脚すれば人員不足の今、そのままお前が保安官代行に収まるんだろうな。お前の正義感がいつまで持ちこたえられるか、見ものだな」


「最後の瞬間まで正義を貫き通してみせるさ。例え職務中に命を落とすことになろうとな」


 呪いを吐くハニガンの背中を見送ることはせず、アッシュはハニガンのデスクのプレートを素手でへし折った。


「手の空いてる奴らは警邏けいらに出るぞ。犯罪者はこちら側の事情なんて待ってくれない」


 〇〇〇


 事件解決から二週間後。廃棄された採掘場周辺を根城としていた勢力間で大規模な抗争が発生。殺人鬼の影に怯え抑圧されていた小悪党たちのたがが、反動で一気に外れた形だ。所長逮捕という保安官事務所の不祥事もまた、悪党たちをつけあがらせる要因となってしまっていた。


 市街地にも被害が及ぶ中、保安官代理として前線で指揮を執っていたアッシュが流れ矢に当たり殉職。


 新所長着任予定日の僅か二日前の出来事だった。




 霧の町の殺人者の章 了 美しき復讐者の章へ続く。

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