第10話 英雄的な死

「あの女は私が斬った。もうこの町には戻ってこない」


 町へと戻ったダミアンは、イレーヌとダミアンの帰りを待ちわびていた行商人一家に淡々と事実だけを告げた。昔は嘘も方便ともう少し気の利いたことを言えていたはずだが、魔剣士狩りという名の孤独な彷徨ほうこうの中で、何時の頃からか不器用になってしまっていた。


「あいつを斬ったのは私の事情だ。護衛も依頼していたあなた方にとっては迷惑極まりない話しだろう。代わりといってはなんだが、この先の護衛は私が請け負おう。もちろん報酬はいらない」


 せめてもの誠意とダミアンはそう申し出たが、あまりにも言葉足らずであった。もっとも、魔剣士に関する事情を説明したところで、一般市民たる行商人の理解が得られるとは思えないが。


「ふざけるな!」


 感情に身を委ね、行商人は荷台に積んであったトマトをダミアン目掛けて投げつけた。ダミアンはそれをたなごころで受け止める。衝撃で果肉が弾け、右手が赤く染まった。


「あんな心優しい人を殺すなんて、貴様どうかしているぞ!」

「あなたはいかれた殺人鬼よ!」


 夫の怒号に続き、娘を抱く婦人がダミアンへ侮蔑の視線を向ける。娘だけは事情を呑み込めず、視線が両親とダミアンの間を頻繁に行ったり来たりしている。どちらかというと、普段は温厚な両親の激昂振りに困惑している印象だ。


「貴様のような輩に護衛なんて任せられるか。さっさと私達の前から消えてくれ!」

「エーミール、早く荷台にお乗りなさい」


 行商人はとうとう、護身用の長剣まで取り出しダミアンを威嚇しだした。夫人は娘の手を引きそそくさと荷馬車へ乗り込んでいく。


「この先はオニール一味とは違う盗賊のテリトリーだ。護衛も無しに進むのは危険だぞ」

「だとしても貴様には依頼せん!」

「そうか、それがあなた達の選択だというのなら私はそれに従おう……それでは失礼する」


 結論を出されたのなら、もうこれ以上ダミアンの側から言えることは何も無い。冷めた物言いながらも、去り際のダミアンの背中は物悲し気であった。


 〇〇〇


 三日後。ハイドランジアの大衆酒場にて、傭兵達が雑談を交わしていた。


「そういや聞いたか、頭目のオニールが討伐されたらしいぜ」

「まじかよ。これで周辺の治安もよくなるってもんだ。誰が仕留めたんだ?」


「ほらあの子だよあの子。ポニーテールのイレーヌ。ただ、残念なことに相打ちになったようでな。可哀想に、オニール共々砦の中で死体で見つかった話だぜ。オニールの手下どもやさらわれた村娘の死体もたくさん転がってて、砦内は酷い有様だったって話だ。他にも誰かが居た形跡があるらしくてな。残党じゃないかって、ギルドが注意を呼び掛けてる」


「最近姿が見えないと思ったら、そんなことになっていたのか……壮絶だな。下賤げせんな疑問で恐縮だが、賞金首を討ち取った人間が、懸賞金を受けとる前に死んだ場合って、金はどうなるんだ?」


「身よりがある場合は遺品と一緒に故郷の家族の元に届けられるそうだ。あの子は故郷に弟がいるらしいから、そこに届くんじゃないか?」


「弟も素直に喜べないだろうな。金なんかより、姉ちゃんが元気でいてくれた方がよっぽど嬉しいだろうに」

「違いねえ」


 若き剣士の英雄的な死に、二人の男は神妙な面持ちで酒に口をつけた。殺伐とした世界に身を置く傭兵とは思えぬ程に感傷的な男達だ。


「そういえば、南の盗賊団の話は聞いてるか?」

「ああ、最近勢力を拡大しているっていうあの。オニール一味が壊滅した今、いっそう幅をきかせそうだな」

「昨日も街道を移動中だった行商人一家が襲われたそうだぜ」

「護衛はつけてなかったのか?」


「金銭的な事情で護衛をつけれなかったんだろうな。惨いもので、積荷は全て奪われ商人夫婦はその場で惨殺。娘は行方不明だって話だが、ろくな目に遭ってないだろうな」


「このご時世、盗賊に捕まった子供の扱いなんて酷いものだからな。気まぐれに殺されちまうか、どこかに売り飛ばされたか。いずれにせよ救いようのない話だ」


 複雑な表情のまま。傭兵二人はさらに酒を煽り続けた。





 聖剣の章 了 泉の守護者の章へ続く。

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