第6話 ある少年の話

 イレーヌとダミアンは町から離れた森の一角で野営していた。出立した時点ですでに日が傾き始めていたので今夜はここで一泊。夜明け前に出立し、早朝に盗賊団のアジトを襲撃する計画となっている。


 夜間は寝首を掻こうと画策する襲撃者を警戒し警備が厳重。盗賊達も夜目が効くように訓練されているとのダミアン談。警戒すべき夜が明けた瞬間こそが襲撃の好機との見立てだ。


 現在地は盗賊団のアジトの警戒区域からは外れているので、哨戒中しょうかいちゅうの盗賊と遭遇する可能性は低い。万一遭遇した場合は即座に首を刎ねるまでのことだ。


「ダミアンさんはどうして魔剣士狩りの旅を始めたんですか?」


 携帯食料で手早く夕食を済ませたイレーヌが、焚火を挟んでダミアンへ問い掛ける。移動中も盗賊団に関する話題ばかりで、ダミアン個人に迫る話題を作れずにいた。食事時ならば幾分か切り出しやすいというものだ。


 口数少ないタイプのようだし黙される可能性もあったが、ダミアンは意外にもすんなりと話に乗ってくれた。


「昔、隊商を率いて旅を続ける一家がいた。家族構成は父、母、当時十歳の息子。それと、その日は息子の幼馴染の少女も隊商に同行していた。商人としての経験豊富な父親の目利きは相当なもので、商品には古今東西の名品が揃っていたそうだ」


 聞き及んだ話のように語っているが、先ず間違いなくこれから話すことはダミアンの実体験であろう。魔剣などという物騒な代物に関わるまでの経緯だ。血生臭い展開は想像に難くない。当事者だからこそ、客観的に語らねば冷静でいられないのだろう。


「とある国に立ち寄った際、隊商が何者かの襲撃を受けた。今も昔も旅の商人が強盗の襲撃を受けるのは常だ。一家が率いる隊商は有事の備えとして、信頼のおける腕利きの傭兵部隊を護衛につけていた。この日もいつものように、無謀な強盗どもが屍を晒すだけだと、誰もがそう思っていたが、その日ばかりはいつもと様子が違っていた。襲撃者は集団ではなく、打刀うちがたな一本携えた和装の優男が一人だけ」


「もしや、その男は?」


「妖刀使いの魔剣士だ。戦闘開始から僅か数分で辺り一面が傭兵達の血の海。本来の人数が分からなくなるほどに、死体は切り刻まれていた」


「……魔剣士はなぜ隊商に襲撃を?」


「積荷の中には魔剣が含まれていた。魔剣士としてその狂気に惹かれたのだろう。それに加え、隊商は傭兵部隊が護衛していた。襲撃すれば戦闘は免れない。殺人に狂う魔剣士にとってはまさに一石二鳥だ。もっとも、腕利きの傭兵部隊さえも……奴の前では余興にさえ足り得なかったようだが」


 奴と口にするまでの数秒の間が、ダミアンがイレーヌの前で初めて見せた感情の揺らぎであった。


殺戮者さつりくしゃの魔手は非戦闘員にも及んだ。必死に説得を試みた父親は返答代わりに首を刎ねられ、夫の死に悲鳴を上げた妻が、五月蠅いと即座に胴体を真っ二つにされた。幼馴染の少女は少年を守ろうと、果敢にも馬車に詰まれていた剣を手に魔剣士へ挑みかかったが、これが傭兵部隊を上回る、予想外の時間稼ぎとなった」


「失礼ながら、素人の女性がどうやって?」


「彼女はただ必死に剣を振るっていただけさ。そんな勇敢な少女をなぶることを、狂気の魔剣士は悪趣味な娯楽として堪能した。苦痛を伴うが死には直結しない傷を無数に刻んでいき、戦士でもなんでもない少女を、終始笑顔で嬲り続けたんだ。そんな惨たらしい扱いを受けながらも、少女は少年を5分間も守り続け、最後には失血死したよ」


「……その少年はどうなったんですか?」


 今目の前に当事者がいると察していても、疑問を呈せずにはいられなかった。この絶望的な状況からどうやって、非戦闘員の少年一人が生き残ることが出来たのか、生還者という答えが存在してなお想像がつかない。

 

「魔剣士は少年だけを見逃した」


 ダミアンが不敵な笑みを浮かべた瞬間、気圧されたかのように焚火がねた。


 他人事のように語っているが、確かにある意味でダミアンと商人の息子はすでに別人なのかもしれない。生物学的には同一人物であったとしても、精神構造の違いはもはや同一人物と呼べるものではない。


「狂人ゆえの気まぐれか。憎悪を宿した少年の顔を見た魔剣士は心底嬉しそうな顔で『将来が楽しみだ』と言って少年の頭に手を乗せた。その後は、積荷にも一切手をつけず、風のように去っていった。残されたのは凄惨な血の海だけ。そんな経験をした少年は魔剣士への復讐を誓い、修羅の道を歩み出したそうだ。はてさて、今頃はどこで何をしているのやら」


 語りを終えると同時にダミアンは両手を打ち鳴らした。表情に変化が見えたのは隊商について語っている間だけ。語り終える頃には再び、無感情の仮面を張り付けていた。


「大切な人達の命を理不尽に、とても残酷な形で奪われた。生き残った少年が魔剣士狩りの道を歩むのも頷けます」


 ダミアンのスタンスに合わせる形で、あえてこの場にいない人物に対する共感のようにイレーヌは呟いた。本音を言えば発端だけではなく、これだけの実力をつけるまでに至った経緯も気になったが、流石にそこまで踏み込める雰囲気ではない。


 ダミアンへの興味は尽きない。剣士としての技量はもちろん、これまでどういった人生を歩んできたのか等、もっと色々な話をしてみたい。気難しい印象のダミアンを説得するのは大変かもしれないが、叶うことなら此度の一件が片付いた後、ダミアンの旅に同行してみたいという思いをイレーヌは抱き始めていた。


「お前はどうして剣術修行の旅に出た? かなりの器量だし、一人の女性として平穏な人生を生きる道だってあっただろう」


「……いきなり器量とか言わないでください。お世辞でも照れます」

「私は世辞は言わない。言えるほど器用でもない」

「……だったなら尚更照れますよ――まったく」


 イレーヌは赤面して一度は無理やり話を断ち切ろうとするも、ダミアンの方から話を振ってくれたのはこれが初めてであることに気付き、咳払いの後、慌てて話を軌道修正した。


「一番の理由は憧れです。亡き父も旅の剣士でした。行く先々で困っている人々のために正義の剣を振るう。父の武勇伝は、私にとって何よりの寝物語でしたから。父のように世界中を旅し、いく先々で困っている人々を救う。私もそういう生き方がしたいと幼少の頃より強く願っていました。女としての平穏な幸せなんて、正直なところダミアンさんに言われるまで意識したこともありませんでしたよ」


「そのサーベルも父親の形見か?」


「はい。『慈悲の剣』と呼ばれる故郷の村に伝わる聖剣です。聖剣のご加護はきっと魔剣の脅威をも払いのけてくれるはずです」


「……聖剣の加護ね」

「もしかして、信じていないんですか?」


 素っ気ないダミアンの反応を受け、イレーヌは分かりやすく頬を膨らませた。自慢の聖剣を馬鹿にされたと思ったのだろう。


「別に。ただ、私は加護だの奇跡だのいうものと縁遠い人生を歩んできた人間だからな。不条理や呪いの類なら、腐るほど見てきたが」


「……ダミアンさん」

「世間話はもう十分だろう。明日は早い」


 返答も聞かぬまま、ダミアンは焚火の始末に取り掛かった。

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