第5話 共闘

「ダミアンさんの目的は分かりました。頭目のオニールが魔剣士であるならば、確かに放っておくわけにはいきませんね」


 少女とは対照的に、イレーヌは好意的にダミアンへの理解を深めたようだ。虐げられる人々を救うために悪を討つ。イレーヌの根底にあるのは父の代より受け継ぎし強い正義感だ。頭目を討ち組織力が弱体化すれば、一帯での強盗被害も減少するだろう。ダミアンの言うように頭目が魔剣の狂気に魅入られているなら、蛮行はさらにエスカレートする可能性もある。なおさら放っておくわけにはいかない。


「ご一家を目的地まで護衛した後、私をダミアンさんに同行させていただけませんか? ダミアンさんには及ばないとはいえ、私も剣術にはそれなりの心得がある。頭目オニールまでの露払いくらいは務めてみせます」


「お前が、私と?」

「やはり、ご迷惑でしょうか?」

「いや、私の方は問題ない。お前が一緒に来てくれるというのなら助かる」

「ありがとうございます!」


 イレーヌが深々と頭を下げた。正義感はもちろんのこと、高みを目指す一人の剣士として、より間近でダミアンの剣技を観察し、自身の成長へ繋げる機会にしたいという思いもあった。


「荷馬車の護衛はどこまでだ?」

「先ずは南のルナリアまで」

「ならば私も同行しよう」

「よろしいのですか?」

「後で合流するよりも、今から行動を共にした方が効率的だろう」


「そう言って頂けると助かります。この先、盗賊の別動隊が待ち伏せしている可能性がある。ダミアンさんとご一緒ならば心強い」


「待ち伏せならないぞ」

「どういう意味ですか?」


「私はここまで南の街道を通って来たんだ。道すがら、目につく盗賊連中はあらかた切り伏せておいた。人数の多い一団が居たから、恐らくそれが待ち伏せのための別動隊だろう」


「あらかたって、一体どのくらいですか?」

「四十三人だ」

「……恐れ入りました。こちらへ到着する前に、すでに大軍を相手にしていたとは」

「話なら荷馬車でも出来る。時間が惜しい」

「分かりました――ご主人、聞いての通りです。ここから先はダミアンさんも同行してくださいます」


 即座に頷くことが出来ず、行商人は渋面で顎鬚あごひげを擦った。


「護衛が増えるのはありがたいが……ダミアン殿の分まで報酬をお支払い出来るかどうか」

「私は私の目的のために動いているだけだ。報酬などいらん」

「えっ、よ、よろしいのですか?」

「強いて言うならば早く荷馬車を出してくれ。護衛が済めば、私も心置きなく目的を果たせるというものだ」

「そういうことでしたら喜んで」


 盗賊の襲撃を受けた以上、早く安全な町中まで移動したい気持ちは行商人とて同じ。断る理由は何もない。安堵した様子で荷馬車を出す準備へと取り掛かった。


「さっきは済まなかったな。殺すことには慣れているが、守ることにはあまり慣れていないんだ」


 荷馬車の縁に腰掛けたダミアンは、隅で縮こまっていた行商人の娘の頬へと手を伸ばし、微かに付着していた返り血をハンカチーフで拭ってやった。不意に見せた優しい一面を前に、それまでダミアンに対して怯えていた少女の表情が徐々にほぐれていく。


「……最初は怖い人だと思ったけど、お兄ちゃんって意外と優しいね」

「いいや、私は怖い人だよ。少なくとも魔剣士にとってはね。奴らにとって私の存在は死神と同義だから」

「死神?」


 事情など知る由もなく、不思議そうに小首を傾げる少女の頭を、ダミアンは優しく撫でてやった。


 〇〇〇


「イレーヌさん、町までの護衛をありがとうございました。この後もよろしくお願いいたします」

「もちろんです。では、二日後に落ち合いましょう」


 ルナリアの町まで荷馬車を送り届けたイレーヌは、この時点では報酬は受け取らずに行商人一家と別れた。別れ際、少女も笑顔で手を振っている。


「護衛の任はこれで終わりではないのか?」


「はい。最終的には、南西部の貿易港まで送り届ける契約となっています。仕入れのためにこの町に二日滞在する予定なので、その時間を利用してダミアンさんにお供させて頂ければと」


「構わないが、頭目退治は完全な私用だ。報酬は出ないぞ」


「元より報酬など望んではいません。魔剣士だという頭目を討つことでこの地が少しでも平和になるのなら、参加理由はそれで充分です」


「良い心がけだ。なら、直ぐにでも発てるか?」

「私の方は問題ありませんが、どちらへ?」

「盗賊団のアジトに決まっているだろう」

「場所が分かっているのですか?」


「言っただろう。お前たちに加勢する前に一戦やり合ってきたと。素直に教えれば命だけは助けてやると交渉したら、親切な盗賊がアジトの場所を教えてくれたよ」


「そう言っておいて、結局は殺したのですよね。まったく、容赦のない方です」


「生かしておいて、アジトを襲撃する可能性が先方に伝わったら面倒だからな。部隊の全滅も盗賊側にとっては事だろうが、被害は街道沿いだし、あくまでも腕利きの傭兵部隊の自衛と捉えるだろう。まさか本拠地が狙われてるとは思っていないはずだ」


「アジト内の敵の数は?」

「状況にもよるが、百は固いだろうな」

「百人ですか」

「怖気づいたか?」

「まさか。剣を振るう良い機会です」


 身震い一つせずにイレーヌはダミアンを見据える。強がりではなく本心でそう言っているようだ。戦場に臨むにあたっては理想的な心構えといえるだろう。


「奴らのアジトは町から南に三十キロ程度進んだ森の中にある砦だ。今は使われていない、かつての大戦時の砦をアジトとして利用しているようだな」


「砦攻めですか。何か作戦は?」


「力技で押し通るのみだ。訓練された軍隊とは異なり盗賊なんて所詮は烏合の衆。魔剣士たる頭目以外は脅威たりえない」


「そういうの、嫌いじゃないです。私も策を弄するよりは力技で解決する方が得意なので」


「私まで脳筋みたいに言うな。時には策も講じる。今回は力技がベストというだけのことだ――話は移動しながらでも出来る。そろそろ出発するぞ」

「わ、私だって別に脳筋じゃないですよ。待ってくださいダミアンさーん」


 移動時間を無駄にしまいと速足で数歩先を行くダミアンの背中を、イレーヌはもの言いたげな表情で追いかけていった。

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