第7話 巣窟
「少しいいか」
「おうおう兄ちゃんかい。入んな入んな」
命の泉を後にしたダミアンはその足で、森を案内してくれた猟師が滞在している狩猟小屋を訪ねていた。酔った猟師は相変わらずの赤ら顔だ。
「泉の守護者には会えたかい?」
「一応な。集落に盗賊が攻めて来たとかで、話は途中でお開きになってしまったが」
「集落に盗賊か。大丈夫なんかね?」
「あの剣士がいれば問題はないだろう。多勢に無勢は当てはまらない」
多くの魔剣士を狩って来た魔剣狩りだからこそ、魔剣士の戦闘能力を誰よりも評価している。何とも皮肉な話だ。
「ところで、あなたはあの泉についてどう思っている? 例えば泉の効能を試してみたいと思ったことはないのか?」
「正直なところ俺は噂なんざ信じていないよ。他の猟師にしたってそうさ。こう言っちゃなんだが、俺達にとってあの泉は大してありがたみのない場所だしな。だからといって、泉を神聖視する集落の連中を否定もしないが」
「ありがたみがないとはどういう意味だ?」
「実際に泉に立ち寄った兄ちゃんなら何となく感じただろうが。泉の周辺は獣が寄り付かないもんで、猟場としての旨味は無いんだ。少し離れた位置には水量豊富な湖や川も流れているし、そっちの方は獣も多いからな。泉はかなり奥まった場所にあるし、噂が広まるまではまるで興味が向かなかったくらいだよ」
「なるほど。確かに閑散としていたな」
興味深げにダミアンは頷く。
「泉の噂を聞きつけてやって来るのは、利権狙いの輩ばかりなのか?」
「いいや。もっと切実な理由で命の泉を求める連中もいるぜ。俺は一度も案内したことはないが、酒場や商店で情報収集してる余所者を何度も見てる」
「切実な理由?」
「噂に聞く、泉の効能を純粋に必要としている連中さ。自分の不治の病を治したい。大病患った家族のために泉の水を持ち帰りたい。あるいは加護の方を求める、もっと強くなりたいと願う武闘家とかな」
「彼らはどうなったんだ?」
「さあね、俺には分からん。諦めて帰ったか、もしかしたら森で迷った挙句、凶暴な野犬どもの餌食になっちまった奴もいるかもしれない。泉から西に少し進むと凶暴な野犬の巣窟があんだよ。道に迷ってうっかりお宅訪問なんてのも有り得ない話じゃない」
「ふむ。野犬の巣窟か。考えようによっては打ってつけか」
「どうした兄ちゃん?」
「安全な場所まででいい。私を野犬の巣の近くまで案内してくれないか?」
「おいおい、観光気分は命の泉までにしときな。その昔、行軍中に迷い込んだ軍人が食い殺されて全滅したなんて話もある危険な場所だぞ。腕に覚えがあるからって……」
「野犬にやられる程やわではない。観光ではなく、少し調べたいことがあるんだ。責任は自分で持つ」
「……そこまで言うなら近くまでは案内してやるが、無茶すんじゃねえぞ。兄ちゃんのことは嫌いじゃない。野犬共に食い散らかされでもしたら寝覚めが悪くて仕方ねえ」
〇〇〇
ダミアンは猟師の案内を経て、凶暴な野犬の巣窟だという泉の西側を訪れていた。高い木々が日光を遮り、夕暮れ前だというのに辺りは薄暗い。地面には捕食された動物の骨がそこかしこに散乱しており、まるで未踏の魔境にでも迷い込んだかのような心地だ。
「ふむ。やはり思った通りか」
危険地帯にあってもダミアンはマイペースで周囲を観察していく。
抜刀済みの乱時雨には返り血が付着し、辺りには頭部や胴体を両断された黒い野犬の死骸が転がっている。観察の最中にも右側面から巨躯の野犬が飛びかかって来たが、
次第に本能的に格の違いを思い知ったらしく、野犬の群れはダミアンへと襲い掛かることをしなくなった。
「流石は魔剣士。恐ろしいことを考えるものだ」
ダミアンが周囲を散策して発見したのは人骨と思しき大腿骨や頭蓋骨の一部だ。一人や二人分ではない。少なく見積もっても十数名分は散乱しているだろうか。散策エリアを広げればさらに多くの人骨が見つかる可能性もある。
命の泉を訪れた誰も彼もが誤ってこのエリアに迷い込んだとは考えにくい。加えて一部の人骨には、野犬に食い散らかされたのとは別に、鋭利な凶器で切断されたような痕跡があり、生前に骨ごと肉を断ち切られたのだと推察出来る。だとすれば、野犬の巣窟に放り出された時点で、彼らはすでに死亡していた可能性が高い。
病を治し、傷を癒すとされる命の泉の伝承。
その秘密を求めてこの地を訪れる者達。
魔剣の狂気に魅入られし魔剣士の思考。
ダミアンの中でアレックスの宿す狂気の答えが出た。やはり奴は善意の好青年などでない。魔剣に魅入られし狂人だ。
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