第3話 アレックス
「た、助けて頂き、ありがとうございました」
「礼には及ばない。私は私の目的があって行動したまでだ」
「目的ですか? まさか、あなたも奴らの同業者……」
少女の感謝が途端に警戒色へと変貌する。
見方によってはダミアンの行為は、利権争いに関連した同業者の排除とも取れる。命の泉の噂が広まって以来、泉の利権を手にしようとする勢力は後を絶たない。ぶっきら棒なダミアンの態度もまた、善意の人助けとは受け取りにくい部分もあるだろう。
「私はただの旅の者だ。泉の効能にも利権にもまるで興味はない」
「では、どうしてこの泉まで?」
「泉の守護者とやら会いに来た。彼はどこにいる?」
「アレックス様にですか? いったい何用で?」
本名らしき名で呼んだあたり、少女はやはり泉の守護者と近しい関係にあるようだ。
少女の素性についても、森を移動中に猟師から聞かせてもらった情報である程度は予想がついている。泉の守護者ことアレックスに関する情報を集めるためには、間違っても彼を殺すために来たと口にすべきではないだろう。
「変わった剣術を使う剣士がいると小耳に挟んだものでな。一人の剣士として、是非その剣技を一目みたいと思い訪ねて来たんだ」
物騒なワードを使っていないだけで、言っていることは決して間違っていない。不可思議な技を使う剣士の噂を聞いたからここまでやって来たのだし、泉の守護者が魔剣士か否か、自分の目で直に確かめてみないと判断は下せない。
「そういう事情でしたか。窮地を救って頂いた身で大変失礼な発言を、どうかお許しください。命の泉の噂が広まってからというもの、泉の所有権を強引に手に入れようとする手合いが多かったもので、気が立っておりました」
「誤解が解けたようで何よりだ」
少女は申し訳なさそうに深々と頭を下げた。興奮から覚めた今、ダミアンが悪徳商人と同業だとして、あのタイミングで自分を救う必要などないことに気付いたのだろう。
例えば少女に恩を売って取り入ろうとしているだとか、疑い出せば可能性は幾らでも考えられるのだが、根が優しい少女はそういった警戒は抱いていないようだ。
「それで泉の守護者、アレックスと言ったか。彼は今どこに?」
「所用でお昼から町へと出ておいでです。大人達には気にするなと言われたのですが、守護者の不在が心配で泉の様子を見に来たら」
「さっきの輩に絡まれたというわけだ」
己の浅はかな行動を反省しているのだろう、少女は俯きがちに頷いた。泉の守護者が少々泉を空けたところで、短時間で悪党が泉をどうにか出来るものでもない。逆にアレックスと交流のある少女が人質にでも取られれば、事態が悪い方向へ進んだ可能性すらあった。
「それで、アレックスとやらはいつ戻って来る?」
「夕刻までには戻るかと思います。もしよろしければその間、私たちの集落で待たれませんか? アレックス様も立ち寄るはずですから」
「近くに集落があるのか?」
森を案内してくれた猟師から事前に集落の話は聞かされていたが、余計に勘繰られても面倒なので、あたかも初めて知ったかのように振る舞っておく。
「はい。人口二十名程度の小さな集落ですが」
「ありがたい申し出だ。お言葉に甘えて少し待たせてもらうこととしよう」
「では、私の後についてきてください。道なき道を進みますので足元には注意ください」
「これでも長年、刀一つで世界中を渡り歩いてきた身だ。悪路程度どうということはない」
「そういえば、初めて出会った頃のアレックス様も同じようなことを言っておられましたね。長年、剣一つで世界中を渡り歩いてきた身だ、とか」
「そうか。尚更会えるのが楽しみだよ」
先頭を進む少女の背後でダミアンは不敵な笑みを浮かべた。
長年、剣一つで世界中を渡り歩いてきた身と聞いて少し思うところはあった。風を操る剣士の噂は以前立ち寄った別の地域でも耳にしたことがある。それがアレックスと同一人物であるという確証はないが、時期的に考えてこの地へと移り住んだ可能性も十分に考えられる。
「そういえば、君の名前をまだ聞いていなかったな」
「私はマイラと申します。剣士さんのお名前は?」
「私はダミアンだ。長居するつもりはないし、憶える必要はない」
「寂しいことを言わないでくださいよ。恩人の名前ですから、しっかりと憶えておきます」
「恩人か。さて、どうだろうな」
向かい風に押され、ダミアンの意味深な呟きはマイラまでは届かなかった。
アレックスが魔剣士だと確定すれば、ダミアンとの殺し合いは免れない。そうなれば、アレックスを慕うマイラにとってダミアンの名は恩人としではなく、怨敵として深く記憶に刻まれることとなるだろう。
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