第4話 森深くの集落

 命の泉からさらに森の奥深くへと進んでいくと、人の手で切り開かれた名もなき集落へと出た。住民達によって舗装ほそうされた小さな道が一応存在しているが、そもそもが森の深部ということもあり、部外者がそれに気が付くことは困難だろう。


 未開ではないにしても、隔絶された地域だと言わざるを得ない。町との交流は続いているそうだが、若い世代では森仕事に従事する者を除き、森の奥に集落が存在することを知らない者も多いそうだ。


 猟師曰く、数百年前の戦乱時、戦渦を逃れようと多くの住民が町を離れていった。森仕事を生業とする一部の者とその家族は、通い慣れた森の深部に居住区を開拓。それが現在の集落の原型とされる。


 戦乱が収束し、各地に避難していた住民達が続々と故郷へと戻る中、森の奥へと移り住んだ人々はそこでの生活が気に入り、近場に身を寄せていたにも関わらず、町へ戻ることはしなかったという。


 以降、町との交流を続けながらも居住区は独立した集落として現代まで存続している。もっとも人口減の影響で、集落を閉じる日はそう遠くはないだろうとも猟師は語っていたが。

 

「マイラ、その御仁は?」


 正門らしき二本の木の柱の間を通過すると、白い顎鬚を蓄えた老齢の男性が村の中心で待ち構えていた。表情は決して柔和ではない。


 若い頃から森仕事に従事してきたのであろう。高齢のようだがその肉体は筋肉質でたくましい。浅黒い肌に刻まれた深いしわも、老いよりも貫禄の印象の方が強い。


「旅の剣士、ダミアンだ」

「泉で悪徳商人に絡まれているところを助けて頂きました」

「旅の剣士が何用でこのような辺境に?」

「噂で聞いたアレックス様の剣技に興味がおありとのことでしたので、こちらへお招きしました」

「ふむ」


 老齢の男性がマイラの後方のダミアンへと視線を移して目を細める。森の深部の静かな集落だ。胡乱うろんな余所者の来訪を快く思わぬ可能性も考えられる。


「儂はセブ、この集落の代表をしておる者じゃ」


 緊張が霧散したかのように、セブ老人が温和な笑みを浮かべた。笑顔一つで全てを判断することは出来ないが、少なくとも追い返すつもりはないようだ。


「泉のことはアレックス殿に任せておけばよいと言ったのだが、マイラは向こう見ずなところがあってな。マイラの窮地を救ってくれたこと、集落の代表として保護者として、心より感謝申し上げる」


「保護者ということは、彼女はあなたのお孫さんか?」

「孫のようには思っておるが、マイラは正確には養子じゃ」


「私は赤子の頃、泉の近くに捨てられていたそうです。セブお爺さんはそんな私を引き取り、育ててくださいました」


「深い森の中に赤子を捨てていくか。酷い話だ」


「確かに実母の愛には恵まれなかったもしれませんが、私は今とても幸せです。セブお爺さんや集落の皆。大切な家族に囲まれて、こうして笑顔で毎日過ごせていますから」


 屈託のない笑みでマイラが堂々と胸を張る。平穏な日常の中では、内に抱いた感謝を言葉で伝えるのがなかなか難しかったのだろう。ダミアンの来訪をきっかけに思いを伝えられたことを、マイラは気恥ずかしくも喜んでいる。


「歓迎するぞ、ダミアン殿。マイラに集落を案内させるから、アレックス殿が戻られるまでゆっくりお過ごしなさい」


「ご厚意に感謝する」


 初見の印象が嘘のようにセブ老人の笑みは好意的だが、彼以外の住民が一切顔を出さないことだけが不気味である。

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