第8話 振動剣

「手下どもはどうした?」

「向かってくる者は切り伏せ、それ以外は捨て置いた。本命を前に、余計な戦闘は避けたかったからな」


 砦の最奥、指揮官用の執務室の扉をダミアンは蹴破った。背後には、扉を固めていたと思われる護衛が二人、血だまりに沈んでいる。


「狂気を孕んだその瞳、懸賞金目当ての賞金稼ぎではなさそうだ。買った恨みは数知れないが、敵討かたきうちの手合いとも印象は異なるな」


 頭目のオニールは、略奪品らしき大きな机の上で品なく足を組んでいる。侵入者の襲撃に際してなお己のペースを崩さないのは、これまで多くの賞金稼ぎを返り討ちにしてきた自信の表れだろう。


 オニールは二メートル越えの長身を持つ筋肉質な男で、ノースリーブの黒いインナーの上に革製のベストを羽織っている。短髪を覆う、頭に巻いた黒いバンダナが印象的だ。


 机の上には、黒い鞘に納められたシミターらしき刀剣が置かれている。噂通りとすれば、このシミターこそが多くの賞金稼ぎを血に沈めて来た魔剣であろう。


「魔剣士狩りに執心する剣士の噂を聞いたことがある。もしやお前か?」

「察しがよくて好都合。余計な問答は無用だな――無礼躯ブレイク


 有言実行。相手がまだ武器を構えていないにも関わらず、ダミアンは驚異的な脚力と腕力から繰り出す、人体を穿つ強烈な刺突技「無礼躯ブレイク」で突貫する。


 しかし、オニールとて伊達で余裕ぶっていたわけではない。ダミアンの攻撃速度に即座に反応し立ち上がると、鞘に納めた状態のシミターでダミアンの刺突を受け止めた。勢いまでは消し切れず、突貫するダミアンに押し出される形でオニールの体は大きく後退。執務室の壁をぶち破り、隣の開けた空間でようやく止まった。


 空間の正体はかつての大戦時、武闘派で知られた砦の指揮官のため、執務室に併設された修練場だ。時代も砦の主も変わったが、専用の修練場が指揮官のために利用される点だけは変わりない。


「魔剣にしては随分と脆いな」


 ダミアンが刀身を引いた瞬間、刺突を受け止めたシミターの木製の鞘が砕け散り、不気味な光沢を覗かせる銀色の刀身が露わとなった。


「鞘は魔剣の一部ではなく後付けだ。俺の剣は本来抜き身でね」


 不敵な笑みを浮かべたオニールがシミターを振るった瞬間、崩れずに僅かに残っていた鞘の欠片が強い振動で剥がれ落ちた。魔剣の魔剣たる所以。人知を超えた特殊な力が発動されたのだろう。


「使い手の俺はともかく、手下どもが興味本位で触ったら無事じゃすまないからな。気を遣って普段は鞘に納めているんだ」


「切断力を上げる高速振動か。かつての大戦時、屈強な重騎士を鎧ごと切断したと伝わる振動剣『トレモロ』だな」


「魔剣士狩りのあざなに恥じぬ博識ぶりだな。ご明察の通りこいつは振動剣トレモロだ。どうやら過去の使い手は大戦時の砦の指揮官だったようだが、妙なことにこんなすげえ剣が数百年もの間誰の手にも渡ることなく、この砦の武器庫に残されていた」


「元の使い手亡き後、自分好みの使い手が現れるのを待っていたのだろう。魔剣とはそういうものだ」

「へえ、そいつは初耳だ。成程、武器庫に残されていたバラバラ死体はそういうことか」


 小さな疑問が晴れて、オニールは素で感心していた。

 魔剣が使い手を選り好みするというのなら当然、好ましくない人間に触れられた際に反発することもあるだろう。刀身が高速振動するピトレスの反感を買った者がどうなったのか、武器庫の痕跡から容易に想像がつく。


「魔剣の存在は危険だ。使い手共々葬り去らせてもらう」

「ただの剣士が、魔剣士と渡り合えると思っているのか?」


 皮肉の応酬と共に戦闘が再開。先程のお返しと言わんばかりに今度はオニールが剛腕でトレモロを振り下ろす。


「渡り合えないような人間の噂が伝播すると思うか?」


 剛腕の圧に負けず、ダミアンは黒刀でトレモロの一撃を受け止めた。オニールに体格で劣るダミアンだが、腕力ではまったく遅れを取っていない。


「噂なんて、尾鰭おひれがついてなんぼだからな!」


 優男な外見にそぐわぬ腕力に内心驚きながらも、ダミアンが回避ではなく防御を選択した時点でオニールは勝利を確信していた。


 オニールがえた瞬間、トレモロの刀身が高速振動。刀身と刀身の接触部から火花が散った。振動剣トレモロは人体だけではなく、刀剣さえも切断する程の威力を誇る。回避ならばともかく、武器で防御したなら最後、刀身を切断したトレモロは勢いそのままに人体にも接触、即座に地面まで達することだろう。


これまでの経験上、オニールとの戦闘で初手防御を選択した者は間違いなく早死にする――はずだった。


「へっ?」


 高速振動したトレモロはダミアンの刀を切断することが出来ぬまま、涼しい顔をしたダミアンに易々と弾き返されてしまった。


 耐久に優れた武器で苦し紛れに弾き上げたならまだしも、ダミアンの刀の刀身は接触面が微かに焦げていることを除けばほとんど損傷を受けていない。これまでにない展開に、オニールは目を見開き頓狂な声を上げる。


 一対一の勝負においては僅かな動揺さえも大きな隙だ。弾き上げたトレモロを構え直す間を与えぬまま、ダミアンはすかさず刀で一閃した。


「があああああああああああ――」


 トレモロを握ったまま、オニールの右前腕部が斬り飛ばされた。腕ごと持ち主の体から離れたためだろう。床面へと落下した瞬間には振動が止み、単なるシミターとして甲高い音を立てた。


「……俺の一撃を受け止められる刀剣なんて存在しねえはず。まさかてめえも魔剣の?」


 苦悶の表情で脂汗を浮かべるオニールの瞳に映るダミアンの刀身からは、僅かに付着した焦げ跡すらも消失している。まるで刀自体に自己修復機能がついており、一瞬にして元の形状へと再生したかのようである。


「これから死ぬ人間に教えてやる義理はない」


 不敵な笑みを浮かべたかと思うと、オニールの視界から一瞬の内にダミアンの姿が消えた。このままでは不味いと、オニールは重症をおして健在な左手でトレモロを握り直すが時すでに遅し。


奪首ダッシュ

「早い――」


 オニールの背後にダミアンの気配が出現した瞬間、オニールの首が跳び、強面が宙を舞った。残された体は首から豪快に赤色を撒き散らしながら、力なく前のめりに倒れ込んでいく。

 

 人の域を超えた高速で距離を詰め、一瞬にして相手の首を刎ねる「奪首ダッシュ」はダミアンが最も得意とする技。魔剣により超常的な力を得たとはいえ魔剣士も人間には違いない。一部の例外を除けば、首を刎ねれば殺せる。


 狂気を宿したダミアンの眼光は、地に伏す振動剣トレモロへと向けられている。ダミアンの魔剣士狩りは魔剣士を殺してそれで終わりというわけではない。使い手が戦死しようとも魔剣はまたいつか次の適合者を見出し、新たに魔剣士を誕生させる。大本たる魔剣を破壊しなければ問題は根本的に解決しない。


「悪運つきたな」


 トレモロの柄頭に埋め込まれた赤色の丸い石目掛けてダミアンは刀の切っ先を突き立てた。魔剣の特殊な力の源――魔石と呼ばれる魔剣のコア部分だ。


 衝撃が伝わった瞬間、罅割れと呼ぶにはあまりに不気味な、断末魔の叫びに似た音を鳴らしながら魔石は砕け散った。魔石の埋め込まれていた位置からは、オニールのものとは異なる赤黒い血液のようなものが滲みだしていた。


 コアである魔石を失ったことで、朽ちることはないとされる魔剣は自然の理を取り戻したかのように一瞬にして錆びが全体へと広がり、最終的には粒子レベルにまで砕け散ってしまった。


 振動剣トレモロは未来永劫葬り去られた。もう二度と、魔剣士を生み出すことはないだろう。


「さてと、次だ」


 瞬間的に血払いするとダミアンは刀身を鞘へと納め、修練場を後にした。

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