最終話 命脈

「怪我の具合はどうだい?」

「痛みますが、幸いにも重要な血管や神経は傷つけていなかったので、治れば問題なく剣を振るえそうです」


 数日後。左肩と左腕に包帯を巻いたジェロームは、エーミールと共にローレンツ工房を訪れていた。町の診療所を退院したジェロームを、大事な話しがあると言ってユリアンが呼び出したのだ。


「それで、お話しというのは?」

「改めて君の新しい剣についての話を進めようと思ってね。先ず始めに、この剣を君に譲りたいと思っている。もちろん代金は不要だ」


 ユリアンは机の上に、魔剣士ボーリンガー戦でジェロームに貸し出したロングソードを置いた。切れ味、強度共に申し分ない業物で、かなりの市場価値を持つ一品だ。


「こんな素晴らしい剣を頂くわけには。あの時は非常事態で一時的にお借りしただけです」


「君は存分にこの剣を使いこなしてくれた。剣はやはり、それを上手く扱ってくれる人間の元にあってこそ真価を発揮するものだろう。元々売り物ではなく、相応しい人材が現れれば譲渡するつもりでいた。どうか受け取ってもらいたい」


「俺なんかで、本当に良いんですか?」

「君だから良いのだ」

「勿体ないお言葉です。片手で失礼します」


 ここまで言われて受け取らないのは、ユリアンの真贋に疑問を抱くことになる。ジェロームは覚悟を決め、負傷していない右手で新たなロングソードを譲り受けた。


「それともう一つ。君から預かっていた、以前使用していたロングソードの柄についてだが、あの柄をベースに、ディルクルム鉱石を用いた刀身を製作し、新たな剣として生まれ変わらせようと思っている」


 驚きのあまり、ジェロームは受け取ったロングソードを落としかけたが、隣のエーミールがそれを支えてくれた。


「その話しは一度流れたはずでは?」


「確かにあの時点では君に託すつもりは無かったのだが、先の戦いを見て考えを改めたよ。君には魔剣士の驚異から人々を救う戦士としての資質を見た。現状ではまだ実力不足の感は否めないが、三度魔剣士と相対して生還した事実には目を見張るものがある。三振りの内二振りはすでに、相応の実力者に譲渡すると決めている。一振りぐらいは、可能性に投資してみるのも悪くはないと思ってね」


「俺に可能性を?」


「気まぐれで二本も剣を託そうとは思わないさ。どうか僕の判断が間違っていなかったと、今後の君の活躍で証明してくれ」


 温厚な語り口だが、ユリアンの眼には熱い情熱が見え隠れする。先代の時代から、半生をかけて実用化に至った対魔剣用装備。可能性を感じたとはいえ、出会ったばかりの若き剣士にそれを託すのは、生半可な覚悟で出来る決断ではない。その思いに応えないのは道理に恥じる。


「絶対にユリアンさんの期待を裏切るような真似はしません。俺はもっと強くなります」


 約束の印に、二人は熱い握手を交わした。

 こうしてユリアンの手掛ける三振りの刀剣全てが託される相手を見つけた。

 これまでは魔剣でしか破壊することが叶わず、長年大陸に存在し続けた魔剣。その勢力図は大きく変わろうとしている。魔剣を破壊する力を持った三振りの刀剣が世に解き放たれることで、長年魔剣の驚異と隣り合わせだった世界に、新たなる風が吹き込もうとしている。魔剣を破壊するのはもはや、魔剣士狩りの専売特許ではないのだ。


 ※※※


「久しいな」

「あなたでしたか、ダミアンさん」


 シュミットの町が魔剣士ボーリンガーの襲撃を受けてから三ヵ月後。三つ揃えのツイードスーツにハンチング帽、腰には刀を差した洋装の剣客ダミアンは、ユリアンが運営するローレンツ工房を訪れていた。


 決して頻繁ではなく、時には十年近く間隔が空くこともあったが、三十四年前にミヌーテ村で命を救われて以降、ユリアンとダミアンの間には交流が続いていた。片や世界から魔剣士を狩り尽さんとする魔剣士狩り。片や魔剣の驚異に対抗できる武器の開発に人生を捧げる武器職人。二人は近しい目的を持った戦友でもある。


「風の噂で、ついに例の剣を打ったと聞いたぞ」

「その節はお世話になりました。一振りは打刀に、一振りはククリ刀に、一振りはロングソードとして製造し、すでに三人の剣士に託しています」

「魔剣への対抗手段が増えたことは朗報だ。全ての事柄に私一人で対処することは出来ないからな」


 ダミアンは対魔剣用装備の誕生にも深く関わっていた。魔剣士狩りとして各地を旅をする合間に、魔剣に対抗し得る素材の発見に協力していたのだ。その結果ディルクルム鉱石の発見に至り、後にユリアンがクレプスクルム鋼と組み合わせる工法を編み出したことで、対魔剣装備はいよいよ実用化へと至った。


「誰に託したか、お聞きになられますか?」

「別にいい。二人はだいたい見当が尽くし、残る一人にも思い当たる節はある。いつか私を殺すと宣言した若い剣士がいたからな」


 打刀とククリ刀を託された二人はダミアンも容易に想像がついた。そして残る一人は、直感的にジェロームであると感じていた。


「やはりそういうことでしたか。彼の過去を聞いた時、彼が追い求める魔剣士があなたなのではと、何となく感じていました」


 ジェロームは魔剣士との一度目の遭遇を生き残った。ステラと出会う前の出来事だし、魔剣士を相手にして無事だったとはとても思えない。だとすれば魔剣士の側に殺す意志が無かったと考える方が自然だ。そんな魔剣士は非常に稀だが、ユリアンが知る魔剣士ならばその可能性もある。あの日、必死に鬼から逃げ続ける自分を救ってくれた彼なら、きっとジェロームのことも殺さない。


「将来的に、彼とあなたが戦うこともあり得るのですね」

「私と彼の間には因縁がある。復讐を肯定する私には、彼の復讐を咎める権利はない」

「……剣を打った僕には、何も言う資格はありません」


 命の恩人であるダミアンのことをユリアンは心から尊敬している。可能性を感じて送り出したジェロームに本懐を遂げてほしいという思いもある。だが、そんな二人がいずれ相対する未来は想像したくはなかった。自分の打った剣が、もしかしたら魔剣士狩りのダミアンを終わらせる日が来てしまうのかもしれない。


「案ずるな。私とて己の狂気を完遂するまでは止まるつもりはない」

「あなたという人は……」


 魔剣士狩りのダミアンは確かに魔剣士だが、それを忘れてしまいそうになる程に人間味がある。心境を慮って遠回しに励ますなど、魔剣士がするような行動ではない。


「そういえばユリアン。しばらく見ない内にまた大きくなったな」

「老けたの間違いでしょう。そういうあなたはいつまでもお変わりない」

「よく言われるんだ。若く見えるとな」


 十八番の台詞を残すと、ダミアンは一度も椅子に掛けぬまま踵を返した。


「もう行ってしまうんですか?」

「元々通りがかりに立ち寄っただけだ。今も魔剣士の噂を追っている最中でな」

「なら、引き留めるのは野暮というものですね」

「機会があったらまた立ち寄る」

「行ってらっしゃい、ダミアンお兄さん。いらぬ心配でしょうが、どうかお気をつけて」


 気さくに言うが、次の出会いが何年先になるか分からない。そんなダミアンの背中を、ユリアンは脱いだハンチング帽を胸に当てて、深々と頭を下げて見送った。

 

 この世界から全ての魔剣士を狩り尽すまで、魔剣士狩りの旅は終わらない。




 命脈 了

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魔剣士狩り 湖城マコト @makoto3

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