第12話 妄執

「おい、止ま――がっ!」


 急ぎグレーテルの家に向かうダミアンは、見張りに立っていた男の腹部を問答無用で鞘で一撃。一切速力を落とすことなく闇夜を駆け抜けていく。さらに数名の自警団が行く手を遮ったが、全て一瞬で、あくまでも殺さずに無力化していった。


「余所者は引っ込んで――」


 グレーテルの自宅前まで到着したダミアンに農具で武装した男が襲い掛かったが、ダミアンは農具を鞘でへし折り、続けざまに強力な回し蹴りで男を沈黙させた。


「愚かな真似を……」


 間に合わなかった。


 激しく争った後のあるリビングにグレーテルが仰向けで倒れている。


 虚空を見上げる瞳にはすでに光はなく、胸には心臓を貫く大きな刺突の痕が残されている。身に着けていた白いワンピースは鮮血に染まり、床には赤赤とした鮮血が両翼のように広がっていた。


 グレーテルの亡骸の側には血の滴る長剣を手にしたロルフが立っている。その表情に無抵抗の女性を殺めた罪悪感は微塵も存在せず、自らの正義を妄信し高揚すら感じている様子だった。


「こんなものじゃ終わらんぞ魔女! お前にも俺の娘が味わった痛みをたっぷりと味わってもらう」


 ロルフはグレーテルを殺めてなお、妄執を鞘へ納めようとはしない。娘のサンドラと同じように、その美貌をズタズタに切り裂いてやらないと彼の気は治まらない。今の彼はグレーテルがすでに息絶えていることにすら気づいていないのかもしれない。


「愚かなのは私も同じか。魔剣士討伐に気を取られ、町の住人の狂気を測り切れていなかった」


 ダミアンはロルフには目もくれず、グレーテルの亡骸の側で膝をついた。グレーテルの死相には恐怖と困惑とが混在している。何が起きているか訳も分らぬまま、唐突にその命を奪われてしまったのだろう。ダミアンは静かにグレーテルの目を伏せてやった。


 初めてフォルクハルトに出会った際に放った言葉がダミアンへと返って来る。


 過去の出来事にもしも考えることに意味なんてない。そう豪語したのはダミアンのはずなのに。グレーテルを一人残すことはせず、例え危険が伴ったとしても一緒に行動するべきだったと、そんなもしも考えずにはいられない。


「貴様、やはりその魔女の共犯者だったのだな!」


 突然割って入ってきたダミアンへロルフは怒りを爆発させたが、ダミアンはロルフの存在など気にも留めず、優しくグレーテルの亡骸を抱きあげた。


「行こうか。ここはあまりに騒がしい」

「ならば貴様も死ね!」


 ダミアンの背中目掛けてロルフが長剣で切り付けた。背中が大きく裂け鮮血が飛び散ったが、ダミアンは顔色や姿勢一つ変えず、グレーテルを抱えて歩き出した。


「くそっ、こいつ!」


 やせ我慢に過ぎないと、ロルフは再度ダミアンへ斬りかかる。これ以上グレーテルの体を傷つけさせないよう、ダミアンはそれを全て背中や肩で受け止め、全身血まみれとなりながらも出口へ進み続けた。


「何なんだこいつは……」


 痛みをまるで意に返さないダミアンの異常性を前に、図らずもロルフの戦意が削がれてきた。何度切りつけたところでこの男が足を止めることはないのだと、本能が敗北を認めていた。


「……そんな、グレーテルちゃん」

「くそっ……俺がもっと早く助けを呼べていれば」

「あのまま気絶しちまうなんて、俺って奴は……」


 グレーテルの亡骸を抱えたダミアンが家を出たところで、必死に後を追って来たレベッカとブルーノ、町から駆けつけたハインツらが合流した。グレーテルの命を救えなかったという事実に打ちのめされ、口々に後悔の念が飛び出す。


「あなたたちは大バカ者よ! グレーテルちゃんは事件に関わってなんていない。私を殺そうとしたのは家具職人のフォルクハルトよ! それなのにあなたたちは……」


 殺人鬼に拉致されたレベッカがこの場に現れたことで、それまで一種のトランス状態に陥っていた自警団の男も徐々に我に返っていく。生還者であるレベッカの証言は即ち、自分達が無実の人間を私刑にかけたことを意味していた。正義感に酔っていた愚者たちの間に一転、罪悪感が浸潤していく。


「う、嘘だ! 俺は正しい行いをした。全ては魔女の策略に違いない!」


 この語に及んでロルフはなおも自分達の行いを正当化しようとしていた。その姿はもはや錯乱に近い。無実のグレーテルを殺害し、間接的に町長が命を落とす原因まで作っている。その現実を受け止めきれないのだろう。


「少し頼む」


 ダミアンは一時的にグレーテルの亡骸をブルーノへ預けると踵を返し、ロルフへ向けて抜刀の構えを作った。


時遠弩ジエンド

「ひっ!」


 ダミアンの放った斬撃がロルフの頬を掠めて赤い線を引いた。本物の殺気と頬の熱感がロルフを一気に現実へと引き戻す。錯乱したまま己を正当化し続けるような真似をダミアンは決して許さない。


「私は復讐に対して肯定的だ。だが貴様のそれは復讐ですらない。貴様は妄執に駆られたただの殺人者だよ」

「俺は……そんなつもりは……」


 己の正義を妄信した末に殺人者へと墜ちたという事実が心を砕く。

 項垂れたロルフを膝から崩れ落ち、悪夢を忌避するかのように頭を抱えた。


「行こう」


 預けていたグレーテルの亡骸を再び抱き上げ、ダミアンは町へと下りて行く。

 予定通りならそろそろ町へと戻ってきている頃だ。辛い役目がまだ残されている。

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