第9話 長年修行すれば誰でも出来る

「娯楽に乱入とは野暮な真似をしてくれる」


 日中と異なり、アレックスは今更状況を取り繕うつもりはないようだ。現場を抑えられたことに加え、確信を抱いた様子のダミアンを前に誤魔化しは効かないと判断したのだろう。


「一度や二度ではないな。淡い希望を抱き、この地を訪れた者をこれまで何人殺した?」


 魔剣の狂気に魅入られたアレックスにとっては泉を狙う悪人の排除の方がついでで、奇跡に手を伸ばそうとした善良な一般人の希望を無残に打ち砕くことこそが本命。その方がよっぽど魔剣士らしい思考というものだ。


「さてね。すっかり数えるのを止めてしまったよ。その口振りだと、死体の処理方法もすでに把握していそうだね」


「野犬の巣窟に赴いて実物を見て来た。切り刻んだ死体をあの一角まで運ぶ。風を操るメガロプテラの力を持ってすれば造作もないことだ。集落の人々は神聖視する泉には滅多に近づかない。マイラの動向にさえ注意を払っておけば、お前の狂気が明るみになるとはまずないだろう。お前は表向きは神聖な泉を悪漢どもから守る泉の守護者として、裏では、奇跡を求めてこの地を訪れた罪なき者を虐殺する、泉の殺戮者として活動していたわけだ」


、興味本位でこの地を訪れてみたが大正解だったよ。泉の力の真偽はどうであれ、淡い希望を抱いてこの地を訪れる者が少なからず現れるだろうと踏んでいたら案の定さ。幅を利かせようとする盗賊連中の介入も実に好都合。おかげ様で効率的に集落からの信頼を勝ち得、堂々と泉の番に付くことが出来た」


「命の泉の伝承が、とんでもない狂人まで引き寄せてしまったというわけだ。もっとも、魔剣士の噂を聞きこの地を訪れた私も人の事を言えた立場ではないがな」


「一応尋ねてみるけど、僕達の争いは回避出来ないのだろうか? 僕個人としては争う理由は何一つない」


「私がお前を見逃すと思うか? 魔剣士同士だ。私が何に狂っているのかくらい、お前にだって見当はついているだろう」


「魔剣士を狩るという狂気に支配されし者。それが魔剣士狩りたる所以ゆえんというわけか。なるほど、生存のためにはこの場で切り伏せる他ないようだ」


 アレックスの表情に不敵な笑みが張り付いた。本来の趣向とは異なるが、魔剣士としてその力を如何なく発揮したいという欲求が発現したのだろう。魔剣士同士ならば存分に殺し合える。


「お望み通り、僕の剣技をご覧あれ!」


 先手必勝とアレックスがメガロプテラを力強く薙いだ。次の瞬間、ダミアンを取り囲むようにして鋭い風の流れが発生。縦横無尽にダミアン目掛けて襲い掛かる。


退霧タイム


 目にも止まらぬ速さでダミアンが刀身を振るうと、風の刃の猛襲がそれを上回る風切り音と共に一瞬で消滅。微かに刀身に発生した刃こぼれは一瞬にして修復された。


「なるほど、刀身の自己修復と身体能力強化があなたの魔剣の能力ということか。魔剣士狩りに恥じぬ攻撃性――」


 戦闘に発展した以上、ダミアンは一切の隙を見逃さない。アレックスの分析に対し反応を示さぬまま、俊足で一気に距離を詰め「奪首ダッシュ」でアレックスの首を狙う。先の高速剣も常人離れした速力もあくまでもダミアンの自力。魔剣による身体強化能力は使用していない。


「速いが、甘い」

「ほう」


 正確に首を狙ったダミアンの一撃を、アレックスは人間離れした軌道で勢いよく後退し回避、刀身は虚空を裂いた。瞬間的に生み出した爆発的な風圧でアレックスは自身の体を後方へと押し出したのだ。


「これならどうですか?」


 ダミアンの周辺に、渦巻いた風の刃が飛来。今度は直接ダミアンを狙うのではなく、周辺の大木を次々と切断。追加で発生させた風の流れで方向性を定め、四方八面からダミアン目掛けて倒木させた。いかに常識離れした身体能力を発揮しようとも全方位からの攻撃は易々と凌げるものではない。圧倒的優位を感じアレックスはほくそ笑むが。


退霧羅印タイムライン

「はっ?」


 一瞬の出来事にアレックスは我が目を疑う。無数の風切り音がしたかと思えば次の瞬間、ダミアン目掛けて襲い掛かった倒木が粉々の木片へと変貌。茶褐色の霧のようになって周辺に漂った。駄目押しにダミアンが刀身を払うと、茶褐色の霧さえも完全に霧散する。


「何をした?」

「体に接触する前に強引に刻み切ったまでのこと」


 周囲を取り囲む風の刃を消滅させる際に使用したみだれ切り、「退霧タイム」の派生技「退霧羅印タイムライン」。「退霧」が移動中でも使用可能な(先程は止まった状態での使用だったが)攻防一体の剣技であるのに対し、「退霧羅印」は移動を捨てその場に踏み留まることでより高速で刀を振るう守りに特化した剣技。ダミアンの技量を持ってすれば四方八面から迫る倒木を粉々にすることくらい朝飯前だ。


「……何て無茶苦茶な性能の魔剣だ」

「少し思い違いをしているようだな。剣技そのものはあくまでも自力だ」

「自力だと……そんなことが可能なのか?」

「長年修行を積めば、あるいは習得出来るかもしれないぞ?」

「ふざけたことを!」


 変わらず仏頂面なダミアンと、馬鹿にされたと激昂するアレックスとの温度差は激しい。


「さてと、お前の底は知れた。そろそろ終わりにしようか」

「僕の底だと?」


「剣そのものも結構な業物わざものだろうに、お前はさっきから風の刃を放つばかり。直接刃で相手を斬りつける度胸が足りない、安全圏からしか攻撃しない臆病者だろう」


「……僕が臆病者だと?」


「違うのか? 私がその魔剣の使い手なら、刀身そのものに風の刃を纏わせ切り付けるなり、剣圧を上げるなりして積極的に切り込むがな。お前の戦い方には工夫が足りない」


「お望みとあらばそれくらい……」


 怒りに体を震わせるアレックスだったが、血の滲む圧で唇を噛むことで幾分か冷静さを取り戻した。

 

「危ない危ない。挑発にのって接近戦を仕掛けるところだった」


 遠距離から攻撃が出来る時点で間合いでは自分が圧倒的優位にいることをアレックスは思い出した。


 裏を返せばダミアンの側は、挑発することで自信に優位な間合いに持ち込もうと考えているとも取れる。魔剣士といえでも人間であることに変わりない。攻撃範囲外から一方的に攻められればやがて限界はやってくるはず。


「悪いが安全圏からなぶり殺させてもらうよ。助言は次回以降に役立てさせてもらう」

「まあいいだろう」


 無表情のままダミアンは乱時雨を鞘へと納刀した。苛立ちを与える態度も相まって、新たな挑発だとアレックスの瞳には映ったようだ。


「残念だがこの一撃でお別れだ!」


 アレックスがメガロプテラを荒々しく地面目掛けて振り下ろした瞬間、鋭い風の刃で出来た竜巻が発生。周辺の草木を刈り進めながらダミアン目掛けて直進してきた。


「近づけば竜巻に吸い寄せられ、次の瞬間には無数の風の刃でバラバラだ! 君が血の雨を降らせる様を特等席で拝んでやるよ!」


 勝利を確信したアレックスが大仰に両腕を広げて高笑いを上げた、次の瞬間。


時遠弩ジエンド

「そんなっ!」


 瞳に写らぬ剣速でダミアンが水平に抜刀。閃光がきらめくと同時に巨大な斬撃が放たれた。ダミアンへと向かっていた竜巻は斬撃に両断され自然消滅。なおも勢いが衰えぬ斬撃は数メートルは離れたアレックス目掛けて一直線に進んだ。


「がああああああ、腕が……僕の腕が!」


 竜巻が消滅すると同時にアレックスは左へ回避したがかわしきれず、斬撃はメガロプテラを握った右腕を落とし、脇腹を深く切り裂いていった。


「……お前……何をした」

「斬撃を飛ばしただけだ。安全圏にいると油断したな」

「……そんなことが出来るわけ」

「長年修行すれば誰でも出来る」


 出血と激痛に耐え切れずその場にうずくまったアレックスの背後をダミアンが取った。止めを刺すべく、ダミアンはすでに乱時雨を振り上げている。

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