第4話

第四回

校舎の一番はずれの倉庫になっている部屋の扉が開いて、由比正雪のように長髪にして学ランの上着を膝のあたりまで長くした男が出て来た。後ろには黒い学ランを着た子分たちを従えている。

これが龍中、伝説の大番長、假屋崎 省吾だった。手には大きな鉄扇を持っていた。戦国時代の武将でもこんな大きな鉄扇は持っていないだろう。

何故、彼が伝説の大番長と呼ばれていたかと言えば、それは彼の身体能力にあった。身体の大きさは普通の人間と同じで、むしろやせていたが、オリンピック強化委員会からスーパーヘビー級の重量あげの選手として招聘が来ていたし、オリンピックの金メダルが狙える短距離選手として権威ある団体から予想されていた。

しかし、それらの誘いを断ってこの中学に通っているのも鳳凰中、虎中の大番長たちを打倒して全十七中学の頂点に立つことを望んでいたからだった。それが一体どれほどの価値があることなのかそれを目指している本人もよくわからなかった。

そして彼は何故か、おねえ言葉を使っていた。

「ねえ、虎中の中二以下の人数はどうなっているの」

「大番長、ただいま調査中であります」

「何よ、あんた、早く計算しなきゃだめじゃない」

そのとき天上から突然、声が聞こえた。

「お命、頂戴」

大きな鎌を持った黒装束の男が落ちて来た。ぎざぎざの歯のついた大きな鎌が假屋崎 省吾の頭上に落ちて来た。

「未熟者ねぇ、あんた」

假屋崎 省吾は右手を上げるとその大鎌をはらいのけると、黒装束の男は猫のように回転して廊下に降り立った。

「あんた、どこの奴、鳳凰中、それとも虎中」

「どちらでもいい、この大筒の攻撃を受けてみよ」

賊は大きな火筒をかかえている。

「大番長」

子分たちはたじろいだ。

「やってごらんなさい」

假屋崎 省吾がそう言うのと同時だった。

大筒から無数の鉛玉が発射された。

そのときである、假屋崎 省吾の鉄扇が開いた。

鉛玉は鉄扇に当たって廊下の上にばらばらと落ちた。

「わたしにいっさいの攻撃は不可能よ、ホホホホホホ、たとえ機関砲を持って来てもね」

黒装束の男は毒蜘蛛のように黒い塊になって假屋崎 省吾の方を見ながら無気味に笑った。

「これはほんの小手調べさ」

「それより、あんた、鳳凰中、それとも虎中」

黒い塊はその問いには答えずにぶるぶるとまるでモーターの振動のように震えだした。そして突然

「甲虫キング雷鳴波」

と叫んだ。

すると黒い塊の中からぶるぶると震えた形が大鎌みたいな光の塊が無数に飛び出して来た。

それらが假屋崎 省吾の方へ飛んで行く。

假屋崎 省吾は半歩だけうしろにさがると、廊下につくぐらいの学ランの裾を片手で上げるとチャイナ服みたいな派手な裏地があらわれて、その裏地で風を起こすと

「チャイナ三千年ちゃつちゃつちゃつ」

と叫んだ。

裏地から竜巻みたいなものが飛び出し来て、甲虫キング雷鳴波と衝突して大爆発が起きて、廊下の窓ガラスが全部吹き飛んだ。

「お前ら、そこで何してんだ」

語尾がいやになまっている岩手弁の声が聞こえ、生活指導の教師がやって来た。

「お前、他中の生徒じゃないか、ここで何してんだ」

「先生、今度の書道コンクールの書き初めを持って来たんです。だって、先生、龍中で書道コンクールが開かれるって聞いたから、そしたら、この子がいじめるんです」

「先生、あたし、いじめてません。この子が自分の方が書道、得意って言うからわたしたちの書いた書き初めを見せたんです」

「でも、何で、廊下の窓ガラスが全部割れているんだ。まあ、いい。よその中学から訪問したお友達は大事にしなきゃだめだぞ。ここの中学の廊下は入り組んでいるからな、先生が校門まで送って行こう」

暗殺者は生活指導の教師に連れられて帰って行った。

「ふん、余計な邪魔が入ったわね。あいつが鳳凰中、虎中どちらでもいいわ。それより戦況の分析をする方がさきよ」

假屋崎 省吾と子分たちは廊下の突き当たりにある自分たちのアジトに入って行った。

部屋の中は真っ暗だったので天井にぶら下がっている裸電球が一個点いているだけだった。

外から中をのぞかれないために外に面した窓にはすべて新聞紙が貼られている。部屋の中には何もなかったが大きなテーブルが真ん中に置かれている。そのテーブルを中心にして大番長假屋崎 省吾と子分たちが囲んでいる。

「持って来たか」

「はい、大番長」

子分の一人が二つ折りした大きなボール紙を取りだした。

ボール紙の表紙には三枝の国盗りゲームと書かれている。

子分はそのボール紙を机の上に置くと、拡げた。

假屋崎 省吾は懐中電灯を点灯させると顎のあたりにあてて下から顔を照らすと假屋崎 省吾の顔はまるで霊幻導師のようだった、いや、キョンシーと言ったほうがよいのかも知れない。

ボール紙の中にはこの地区の地図が描かれていて、色分けされている。

「ここを押さえているのが、鳳凰中、平井堅だ。そしてここが虎中のチェ・ホンマンだわよね」

「大番長、膠着状態はもう三ヶ月も続いています」

「あんた達がだらしないからよ」

「申し訳ありません、大番長」

「思い切って、こっちから撃って出るという手も考えられますが」

「お前、どうしてそういう考えが出て来るんだ」

「体育倉庫の裏にリヤカーがあるだろう。俺はいい考えが思い浮かんだ」

「なに、話してご覧さい」

「大番長、チェがひょうたんを集めているのを知っていますか」

「初耳だわ」

「龍中旗下、六中学の生徒を総動員してひょうたんを集めさせるのです。そして、それをリヤカーに積んで虎中のチェ・ホンマンに届けるのです。きっとチェ・ホンマンは大喜びするに違いありません。しかし、そこが付け目です。ひょうたんの下にわれわれが隠れているのです。そしてチェ・ホンマンがひょうたんに囲まれて油断しているあいだにぼこぼこにするのです」

「ナンセンス、ナンセンスだわよ。そんなの、ひょうたんの下に隠れているなんて、あたし、イヤよ。ひょうたんのにおいが私の服に付いちゃうじゃないの」

「大番長、そんなことより、大事な問題は」

「大事な問題は何よ」

「われわれ龍中に敵対している勢力がふたつあるということです。つまり、鳳凰中と虎中。そして虎中は普通の中学ではありません。**総連の下にあります。もし、虎中に安易に手を出した場合、これは強力な敵になるに違いありません。虎中を怒らせれば**総連旗下の関東一円の中学が助けに来るでしょう」

「充分、自分たちの勢力を温存しなければならないということね。つまり、もっと龍中の勢力が大きくならなければということを言いたいんでしょう。でも、いやよ、鳳凰中と手を組むなんて」

「大番長、何も、鳳凰中と手を組もうというのではありません。大番長平井堅さえ追い落とせばあとは烏合の衆、鳳凰中旗下千七百名の生徒は伝説の大番長、假屋崎 省吾の手足となるでしょう」

「くくくくくくくくくくくくくくく」

假屋崎 省吾はまた死人のように無気味に笑った。

「まず、平井堅をつぶすということね。あたしの天下は近いは。くくくくくくくくくくく」

假屋崎 省吾は押さえても腹の底からわき上がってくる笑いを抑えきれなかった。

下から自分で懐中電灯の光で顔を照らしているので、やはり假屋崎 省吾の顔は無気味だった。

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