第19話
第十九回
「おい、おい」
ルー大柴が二階にある二年B組の教室の窓から指をさしながら仲村トオルの肩を叩いたので、仲村トオルがその方を見ると、校門のところで自分の兄の所ジョージとカメラマンの市川崑がこちらの教室の方を見ている。あわてた仲村トオルは窓のところに乗り出して、姿を引っ込めろという合図をすると彼らにもそれがわかったのか、見えない位置に移動した。
「おい、おい、何、見てんだ」
倖田來未が仲村トオルの肩越しに校門の方を見たので仲村トオルは焦った。そのうえ、KK子までやって来た。
「何でもないって。そうだよな」
仲村トオルがあわててルー大柴に同意を求めると、
「からかっただけ」とか、ルー大柴も生ら返事で答えた。
「こいつがテレビの撮影をしているなんて、からかうんだよね。ハハハハハハ」
「えっ、どこで、どこで、テレビの撮影しているの。誰が、来ているの。僕の知り合いかも知れない」
別所哲也も身を乗り出して来たが、仲村トオルに頭を軽く叩かれた。
「ルーが俺達をからかったんだよ」
そう言いながら仲村トオルはドキドキしていた。
「ルーのうそつき」
倖田來未がルー大柴を非難した。机のそばに優等生のオカネドングリくんまで来て、五人の様子をじっと見ていた。
「おい、何でもねぇよ。向こう、行け、向こう」
オカネドングリくんは指をくわえながら、自分の席に戻った。
オカネドングリくんが席に着くと、教室の前の方から、英語の教師の中条きよしが入って来た。ただれた感じの二枚目である。龍中の中学生たちにとっては得体の知れない存在である。仲代達矢と同じように授業は投げやりだったが、生徒たちを憎悪していることはない。
遠山の金さんみたいな感じで教卓に手をかけると、自分の教科書を開けた。英語の教科書の中には外人の女の写真がのっている。
「何で、外人ってスタイルがいいんだろう、きみたちも、そう、思わない、ほら、出ているところは出ていて、おしりが、こう、きゅっと上がっていて」
そう言いながら、中条きよしは両手でおっぱいをさする仕草をした。
「ほら、きゅっと、きゅっと」
教室の一番前に座っていた、優等生のオカネドングリくんがまた抗議の声をあげた。
「先生、先生は授業をするのが仕事だって、父ちゃんが言っていたぞ。そんなくだらない話しやめて。早く、授業をするんだ」
「父ちゃんが言えば、お前は死ぬのか。あぁぁん、死ぬのか」
するとオカネドングリくんの目がまたうるうるし始めたので
「まぁ、いいだろう。授業をはじめっか。お前達にとっても不本意だろうけどな。え~~と、アイ ハブ ア ペン。わたしはペンを一本、持っています。一本だから、ア ペンだ」
机の上に主語だとか、述語だとか、動詞だとか、書き始めた。
「わたしたちは鉛筆を一本、持っていますだったら。トオル」
「ウィ ハアブ ア ペン」
「鉛筆だろうが、鉛筆だから・・・・」
と中条きよしが話しながら、教室の前の入り口の方に目をやると表情が固定された。
「あんた」
教室の前の入り口には美しいが、ただれた感じのする、あきらかに水商売風の女が縞模様の着物に身を装って、じっと中条きよしの方を見ていた。
「あんた、浮気したでしょう」
そう言うと、つかつかと教卓の方にやって来て中条きよしの胸ぐらをつかむと、きちがいじみて、わめき始めた。
「あんた、花梨に手を出したでしょう。わかってるわよ」
「おい、何すんだよ。ここは教室だぞ。生徒たちが見ているだろう。よせよ。よせって言うんだ」
「生徒さんたちも聞いてください、この男はね。わたしと同棲しながら、籍も入れずに、店の女の子に手を出して、遊び歩いているんだからね」
「うるせぇぞ、引っ込め、ホステス」
「何が、ホステスよ。本当にこんな、遊び人の教師に教わっていたら、どんな生徒が出来るのかしら」
「おい、落ち着けよ。ここは教室だぞ、話したいことがあるなら、あとで、ゆっくり聞くから」
「みんなの見ている前で話しましょうよ。その方がごまかしがきかないから」
廊下の方から用務員のおじいさんがのこのこやって来た。
「奥さん、休み時間まで、待つというから、校内に入れたのに、さぁ、さぁ、こっちに来て」
「そんなときまで待てるわけがないじゃない。この男、すぐに逃げ出すんだから」
「おい、おい、生徒たちが見ているじゃないか」
三人はもみ合いになりながら、教室を出て行った。
「おい、みんな、自習にするぞ」
三人は廊下の奥に消えて行った。
「自習になったのはいいけど。中条の奴、最低じゃない」
倖田來未が椅子に座りながら足をぶらぶらさせて言うと
仲村トオルは何となく、英語の教師の中条きよしをかばいたくなった。そして、何かを言いたかったが、その前に別所哲也が言葉を発した。KK子はトイレにでも行ったのか、その場にはいなかった。
「でも、ひどすぎるよ。あれ。自分たちの生徒の前であんなに恥をかかして。男の体面ってものもあるんだからさぁ」
「何が、最低よ。あいつのにやけた二枚目ぶりは前から気に入らなかったんだ。ア・タ・シ。浮気なんてするの、最低だね。そう思うだろう。ルーも」
「結婚したら、俺は絶対、浮気しないな」
「何だよ、お前だけ、いい子になって。その前に俺達には三人の会ってのが、あるんだぜぇ」
「三人の会って、俺達、作っているわけだけど、ほかの女の子と話してもダメだっていうわけ」
別所哲也がそう言うと
「わたしと話しているじゃんか」
倖田來未が抗議した。
「三人の会って、考えてみると、あいまいだよね。要するに俺達三人がいつもKK子のことを応援しているというわけだろう」
「ほかの女の子とキスまでするのはありにしない」
別所哲也が言った。
「わたしとキスする」
倖田來未がふざけて別所哲也の方にくちびるをさしだした。
「言われてみれば、三人の会ってあいまいだよなあ」
「そうだ。そうだ。KK子ひとりで三人の男を受け持っていても荷が重いだろうしぃぃぃ。やっぱ、哲也、わたしとキスする」
その話しを聞きながら、仲村トオルは重い心になった。友達のルー大柴や別所哲也とは三人の会の意味が違っている。仲村トオルにとってKK子の存在の重みが違うのだ。しかし、やはり、ルー大柴も別所哲也もKK子のことが好きだということに違いがないはずなのだ。
気がつくとオカネドングリくんが横に立って四人の方をじっと見ている。
「キスだとか、言ってちゃだめだじょう。不純異性交遊をやったらだめだって、父ちゃんが言っていたぞ」
「わかった。わかった」
倖田來未がそう言うと
「本当にキスなんか、しないな」
オカネドンクリくんは満足そうな表情をすると向こうに行って、また英語の教科書を読んでいる。
今日の一日の授業が終わって、馬鹿三人組がわくわくしながら下駄箱のところにいると、下駄箱の上の蛍光灯に照らされながらヨン様がじっとこちらを見ていた。
三人が振り返るとKK子と倖田來未が廊下から下駄箱に降りる出口のところで、こちらをじっと見ている。
仲村トオルは蛍光灯の光に照らされたその姿がスターウォーズの宇宙帝国の姫君のように見えた。その姫君たちが馬鹿三人の方に寄ってくる。
やばいっと一瞬、仲村トオルは思った。
技術工作室の裏庭でと同じパターンだ。
すぐにふたりは三人のそばに来た。
「ふたりを置いて行くなんて、罰金だぞ」
「今日、ちょっとやばいんだ。電車に乗って、都会に行かなければならないんだよ。うちの父ちゃんの用事でね。役所に行かなければならないんだ。使用願いを頼むんだ。ふたりとも、役所なんか、行きたくないだろう」
ルー大柴が口から出まかせを言った。
「良いわよ。一緒に行くから」
「あいつも、ついて来るって言うんだけど」
別所哲也が倖田來未が嫌っている男子の名前をあげた。倖田來未に結構、つきまとってくる男子だった。
「あいつが来るなら、行かない。でも、なんか、怪しい感じがする」
「怪しくなんか、ないよ」
別所哲也もルー大柴も明らかに動揺している。
しかし、内心の苦しさが明らかに出ているのは仲村トオルだった。
外見的には動揺が見えないが、その目の中に悩みの色があらわれていた。
「ふたりだけで帰りましょう。來未」
KK子がそう言ったので仲村トオルはKK子の方を見つめた。
きっと、仲村トオルの瞳の中の心を見たのに違いないと思った。そうでなければ、目に見えない信頼がKK子と自分のあいだにはあるからだと仲村トオルはうぬぼれても見るのだった。
******************************
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます