第17話

第十七回

「あんた達、何か、楽しそうじゃないの」

三人組は椅子に座ったり、机の上に腰掛けたりして輪になって何か話している。三人組がいつもより楽しそうにしているのを何となく感じて、クラスメートの倖田來未が彼らに話しかけた。

彼らが何かを企んでいるらしいという事は感じていたがそれが何かということは倖田來未にはわからなかった。机の上に腰をかけながら別所哲也は否定した。

「楽しそうにしているわけがないだろう」

「そうだよ、倖田來未、変なこと言わないでくれる」

ルー大柴も女言葉で否定した。

「あんた達の楽しみって言ったら、くだらないことに違いないけどね、去年、バス旅行のときに同行していたガイドさんから、返事が来たとか。たしか神戸に住んでいるとか言った・・・・」

「手紙も書かないのに返事がくるかよ」

「あら、本当かしら。ずいぶんとバスの中では仲良くしていたじゃないの」

「してません。してません。バスの中ではもっぱら寝ていました。わたしたちは疲れていたんです。バスガイドさんとは話していません」

「そうだ、そうだ、バスの中ではただひたすら目をつぶっていました。目を開けたらマイクを握らされて歌わされるからな」

観光バスの中では窓のそばにマイクをさし込むジャックがついていてマイクだけは次々に手渡されて歌わされてしまうのだ。それが嫌さにそのカラオケの時間になると三人は目をつぶって寝たふりをしていたのだった。

「あんた達、気をつけたほうがいいわよ。三人の会というのを作っているんでしょう」

倖田來未はそう言うと、自分の席に座って何か考え事をしているKK子の方にちらっと目をやった。

「KK子、狙われているわよ」

「誰に」

仲村トオルがそう言うと、今度は倖田來未は教室のうしろの方でたくさんの女たちに囲まれて手振り身振りを交えて話しているイケメン転校生、イ・ビョンホンの方に目をやった。

「どういうことでしょうか、教えてくださいますか」

ルー大柴が涙目になって頼むと

「あいつ、KK子を狙っているわよ」

と倖田來未は繰り返した。

「どんな証拠があるんだよ」

仲村トオルがむきになると倖田來未は楽しそうだった。

「わたし、確かな証拠を見ちゃった」

「どんな証拠」

「あのイケメンくんが給食当番をしたときがあったじゃないの、そのとき、わたし見ちゃったのよ。KK子が空のお皿の載ったトレーを持っておかずをよそるイ・ビョンホンの前に並んだのよね。そのときわたしはKK子のうしろに並んでいたんだけどね。どんぶりの中にスパゲッティ用のミートボールを入れるときだった。KK子が彼の前に立ったとき、イ・ビョンホンはにっこりと笑ったの。そう個人的に、感情たっぷりに。そしてお玉を持って、ミートボール、好きですかって聞いて、KK子がうなずくとミートボールを一回よそって、さらにもう一個給食ばけつの中からすくい上げてKK子のどんぶりの中に入れたのよ。絶対、あいつ、KK子を狙っているわよ」

三人がその話しを聞いて少なからずショックを受けていると席に座っているKK子は急に三人の方に振り向いてニッと笑った。もちろんKK子は彼らが何を話しているかなんてことは知らない。でもなんで振り向いたのか三人組にはわからなかった。これは偶然なのだろうか。

「そんなことぐらい、なんだよ。男は可愛い子がいるとそんなことぐらいするよ」

別所哲也はむきになって抗議した。

「あの女、誰にでも愛想がいいからだよ」

「でも、そうでもないんじゃない。わりと男に対してつっけんどな態度をとるじゃないの。でもKK子って何か、目で訴えかけてくるものがあるのよね。この女、自分に好意を持っているんじゃないかという誤解を生むようなものがあるのよ」

するとKK子はまた三人の方を振り向いてニッと笑った。

倖田來未は知らなかったが、イ・ビョンホンのKK子へ示した好意にはそれ以上のものがあったのである。

つい最近、二年B組の国語の時間で創作劇というものをやることになったことがあった。

その教師は本当は劇団四季とかに入りたかったらしい。授業はもっぱらなげやりで、そう言った芸術活動みたいなものになるとテンションが上がって、かつ、神経質になった。彼の意識の中では中学生のやっているお芝居という感覚はなくなっていてどこかの小劇団の芝居をしているようなつもりだったらしい。

グループごとに十五分くらいのお芝居をするというのがその創作劇というもので、もちろん馬鹿三人組とKK子はグループになった。

その教師が神経質になったというのはどういうことかというと舞台照明にまで凝ったからである。ふつう中学生の学芸会にそんなことをうるさく言うような指導者はいないだろう。舞台照明と言っても、舞台は音楽鑑賞室が使われ、天井の照明を細かにつけたり消したりするといだけだったのだけれども。その細かに電気のスイッチをつけたり消したりすることに病的な神経をとがらしたのである。

龍中では彼は狂ったベートーベンと呼ばれていた。

三人組はおとぎ話の中で桃太郎の話しを中学生のレベルで変えて演じることにしたが、この教師は演出効果を上げるためだとか言ってこまめに照明をどうつけて消すのかと、細かい時間まで設定してやらせようとした。馬鹿三人は舞台、つまり音楽鑑賞室の方に立つことにしてKK子の方はその教室の控え部屋である、音響機材の置いてある調整室の方で十個ぐらいある照明のスイッチを入れたり切ったりするという放送局では正確に何と呼ばれているのかはわからないがテクニカルディレクターの役をしなければならなかった。

「何でこんな面倒なことをしなければならないのよ」

KK子は国語の教師の作ったこと細かに作られた電気のスイッチをつけたり消したりする予定表を薄暗い部屋の中で眺めていたが、変に失敗したら、またその教師に怒られるかも知れないと思って神経質になっていた。何しろ、当の教師はこんな中学生の遊びみたいなものを大劇場の演劇総監督のようなつもりでやっていたからだ。つまりこの教師は本当は劇団四季に入りたかったのだ。そして彼のあだ名は狂ったベートーベンである。

「全く、なんでこんなことしなければならないの」

KK子が暗がりの中で、ぶつくさ言っていると人の気配を感じた。

表が赤、裏が黒の遮光用のビロードのカーテンをこうもりのように身体に巻いて微笑む中学生紳士がいた。

「わたしが代わりにその仕事をやって上げましょう」

「イ・ビョンホンくん、なんで、こんなところにいるのよ。音楽鑑賞室の方にいないと先生に怒られるわよ」

「心配なく」

イ・ビョンホンはそのカーテンから出てくるとKK子の手からその時間割りを受け取った。

「さあ、始まりますよ。見てご覧なさい」

イ・ビョンホンとKK子が音楽鑑賞室の方をのぞき込むとガラス越しに見える景色の中で馬鹿三人組が桃太郎の格好をして立っている。そして例の教師が丸めた台本を片手に握ってまるで映画監督みたいに立っている。

「先生、イ・ビョンホンくんがいません」

倖田來未はイ・ビョンホンがいないことに気づいて言うと

「トイレに行くと言って出て行きました」

とほかの生徒が答えた。

「まあ、いい。時間も押していることだし、始めるぞ、キュウ」

ふたりはその様子を見て笑いをかみ殺した。

イ・ビョンホンはすべての電気の照明を消した。舞台は暗くなった。

そしてゆっくりと照明のスイッチを入れ始めた。

「おばあさん、川から大きな桃が流れて来ます」

おじいさんに扮したルー大柴が言うと

「おいしそうな桃ですね。とってください」

おばあさんに扮した別所哲也が答えた。

「どんぶりこ、どんぶりこ」

桃のかぶりものをした仲村トオルが教室のすみの方から歩いてくる。

「今だな、ベストタイミングにだ」

イ・ビョンホンは指定された電気のスイッチのいくつかをつけた。天井のスポットライトが斜めに点灯され、闇の中に一筋の光の経路が出来、天の川のようだった。その上を仲村トオルが歩いてくる。

KK子はガラス窓の透き間からその様子を見て笑いをこらえるのが大変だった。

その様子を見ているKK子のよこにイ・ビョンホンの横顔がある。

ふたりは滑稽な桃太郎の劇を微笑みを共有しながら見つめた。

イ・ビョンホンとKK子はお互い顔を合わせて大笑いしたかったが、それもまずいので声をたてないようにしたが、口をつぐんでも笑う息がもれてくる。下腹がいたくなった。

イ・ビョンホンは電気の照明のスイッチに指をかけ、次のタイミングを狙っている。

・・・・・・

そして無事に桃太郎は終わった。

照明係をやる必要もなく、観客までKK子はやることが出来た。

イ・ビョンホンにありがとうという前に彼は微笑みだけ残して、その部屋をすり抜けると音楽鑑賞室の方に戻って今の劇の余韻に手をたたいている。

KK子はイ・ビョンホンって何で親切なのだろうかと思ったが何でそんなに親切にしてくれたのかはわからかった。倖田來未もそんなことがあったとは知らなかった。

「絶対、あのイケメン、KK子のことを狙っているわよ。あんた達、気をつけなさいよ」

「平気だよ。あの女の実際の姿を知ったらイ・ビョンホンはKK子に近付こうとしないって」

「本当かな、あんた達、本当は内心であせっているくせに」

「あせってなんかいないよ」

遠くに座っていたKK子はまた何を勘違いしたのか、ニッと笑った。

「じゃあ、気をつけなさいよ。イ・ビョンホンにKK子を盗られないように。そう、それで*月*日って何の日が知っている」

「さぁ」

「さぁ」

「さぁ」

倖田來未の質問にも三人組は答えられなかった。

「馬鹿ねぇ、あんたたち。KK子の誕生日じゃないの。なんか奮発してプレゼントでもするのね。KK子の心をがっちりとつかむのよ。あたし、授業の始まる前にお便所行ってこよう」

倖田來未は教室を出て行った。

「おい、KK子の誕生日、覚えていたかよ」

「すっかり、忘れていた」

「俺も」

三人は三人ともKK子の誕生日を忘れていた。

「しかしだ、KK子のことはKK子のこと、今日はすごいイベントが控えている」

ルー大柴が言っているのはほかでもない、市川崑の撮影の手伝いがある。モデルは市、一番の美女のチェ・ジュウである。

三人はその日、授業中でも、チェ・ジュウのことで頭がいっぱいで、いつものことでありながら、さらにぼけっとしていた。

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