第15話
第十五回
「市長、平井モータース社長、崔洋一氏がいらっしゃいました」
「本当か」
市長の大島渚はあわてて机の上を整理した。机の上には見られたくない書類、飲み屋のつけや、今度建設予定の公民館の見積書などが乱雑にのっている。市長の大島渚がそれらの書類を見られて不都合だと思うなら、彼の思い過ごしである。平井モータース社長、崔洋一は日本で屈指の大財閥であり、その財産はこの市の予算などとは較べようもない。
「開けるよ」
ドアが開けられ、崔洋一が市長の執務室の中に入って来た。
「いらっしゃいませ」
助役のセルジオ越後が揉み手をしながら平井モーターズ社長を招き入れた。
「さあ、ここにお座りください」
セルジオ越後が執務机の前にある丸テーブルをすすめた。
「ダニエランくん、崔社長にお茶を用意しないかい」
「はい、ただいま、ただいま」
秘書のダニエランが鬱陶しげに答えた。
丸テーブルの前に座った崔洋一の前に市長の大島渚と助役のセルジオ越後が座ったところで秘書のダニエランがお茶とおせんべいを持って来た。
「わざわざ、何のお越しでしょうか、崔社長」
「息子の平井堅から聞きましたよ。警察の方で家宝の十玉そろばんを見つけてくれたって、あれは平井家の家宝ですからな。そのお礼にあがったところですよ」
「警察署長のパパイア鈴木氏から詳しい話しを聞きましたか。上水路を管理している老人の住んでいる藁葺き屋根の家がありましたよね。あの老人が死んで、あの家の倉の中にありましたよ。しかし老人が死んでしまったので真相は闇の中ですがね」
「いえ、十玉そろばんが見つかってくれれば、うちとしてはそれでよろしい、今回のことでは市長もいろいろと骨を折ってくれたそうですし、余興も付け加えてくれたらしく、息子の平井堅も喜んでいました」
どうやらあの捕り物のことを言っているらしかったが、それが皮肉ではなく、本当に喜んでいるらしかった。平井堅は余計なことを伝えていないらしい。
「市長とはそのうち親戚になるかもしれませんな」
平井モータース社長の崔洋一は豪快に笑ったが、彼は家庭の事情も、平井堅が変な女にひっかかっていることも知らないようだった。そのことも平井堅は何も話していないらしかった。
この話しが壊れなければいいと切望しているのはもちろん市長の大島渚の方が強かった。
何しろ、平井モータースは大財閥であるからである。
でも、なんで崔洋一はここに来たのだろう。
そのことは秘書のダニエランも助役のセルジオ越後も市長の大島渚も知らなかった。
崔洋一は淡い黄色のお茶に口をつけるとふたたびそれを丸いテーブルの上に置いた。
「今日来たのはお願いがあるからです」
「どんなことでしょうか」
市長の大島渚は崔洋一の顔を見上げた。
「平井ランドのことなんですが」
平井ランドとは平井モータースが作った国内最大のアミューズメント施設である。この市の隣にある。
この施設のためにわざわざ近所を走っている電車の駅が出来たし、その周辺は再開発されて分譲住宅が数千戸建てられた。休日や祭日には近郊から若者や家族連れが大量にやってくる。その電車の駅というのもいやにメルヘンチックな装いがされていて、そこへ来る客を夢の世界へつれていく入り口のようになっている。
「平井ランドがどうなさったのでしょうか。平井ランドは隣の県にあるでしょう」
「ええ、平井ランドは隣の県にあります。しかし、わたしの一家はこの市に住んでいる」
考えてみれば不思議なことだった。
日本でたぶん一番の大金持ちがこの市に住んでいるということがである。
「この市に感謝したい気持ちでいっぱいなんですよ。しかし、気持ちだけでもね」
市長の大島渚も助役のセルジオ越後もほくほくした。
平井モータースの崔洋一はこの市に多額な寄付をしてくれるのかも知れない。
「寄付は・・」
という前に崔洋一は言葉をつないだ。
「この市に感謝したいのですが、それを具体的にあらわしたいのですよ」
「どんなふうに」
秘書のダニエランが言うと
「なんだい、そんなにがつがつして、お下品だぞ、きみは」
セルジオ越後はこの市に金が落ちるものだという前提で話した。
「実は私の息子がこの市の中学に通っていることをご存知だと思います。それでこの市のこの中学すべてに感謝の意を表したいとおもいましてな。ある考えがあるんですよ」
セルジオ越後が変な顔をして小首を傾げた。
「どんな考え」
そして、どうやら自分の考えと違うようなのでセルジオ越後はなかば落胆していた。
「この市の全中学からひとりの女子学生を選んで、その子を平井ランドに招待したいと思いますのです」
「むむむむむむ」
ここで市長の大島渚はうなった。
自分の思惑とはあまりにもかけ離れている。
「マイケル・ジャクソンも同じようなことをやっています」
セルジオ越後は苦々しくつぶやいた。
「いやぁ、そうでもないのですよ。全中学からひとりの女の子を選ぶだけではなく、すべての中学からひとりづつ男子中学生を選んで、平井ランドの中ではその中で従業員として働くのです。どうです、マイケル・ジャクソンとは違うでしょう。つまりどこかの国に子供の国というものがありますな。中学生だけで運営する中学生の国というものをやってみるのです」
くだらない、市長の大島渚は心の中でつぶやいた。
金持ちの考えそうなくだらない考えだ。
ほかに金の使い道を考えられないのか。金の使い道が考えられないから金がたまるのか。
しかし、崔洋一は本気らしかった。
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