第21話
第二十一回
その場にいたみんなはその方を見たが老人はニタニタしているだけで、無言だった。馬鹿三人たちはこの無礼なじじいに何か言おうと思ったがその価値もないと思ったので何も言わなかった。
「待ちました、待ちました、待たせてごめんね」
所ジョージはカメラマンの市川崑を無視して、ひとりはしゃいでいる。はしゃいでいるのは他の四人も同様だった。
カメラマンの市川崑だけが表情に表れていないだけだった。
「使用許可はちゃんと取ってあるからね。行きましょう、行きましょう」
「ここを上がって行くんでしょう」
チェ・ジュウの衣装らしいかばんを持った別所哲也が奪うようにそれをとって背負うと、入り口から入ってすぐの階段をどんどんと上って行った。
そして、大きな声をあげた。
「使用許可を取ってあるんじゃないの。どういうこと、これは」
二階から別所哲也の声が聞こえる。
「おい、どうしたんだよ」
仲村トオルが一階から声をかけたが返事はなかった。
みんなは二階に上がって行った。
そして二階の入り口のところで立ち止まった。みんなが二階で見たものが何であったか。
大きな机がいくつも並んでいる。人は一人もいないはずだった。
しかし、机の一つに人が座っている。それも女だ。その女は机に座って詩集でも読んでいるようだった。
カメラマンの市川崑が不機嫌な表情をして、所ジョージの肩のあたりをつんつんとつついた。
長兄の所ジョージが前の方に出てくると、大声をあげた。
「あんた、一体、誰だい、誰だい、何でここにいるの。ここはこの時間にはこの人の撮影のために、わたし達が使うことになっているんだからね」
しかし、やはり女は無言で詩集らしいものを読んでいる。
「あんた、何か、言いなよ。一体、どんな了見なんだよ」
ルー大柴が毒づくと
その女は顔をこちらに向けずに手の平だけをこちらに向けると
「ウワァー」
その場にいた連中は何か知らない巨大な風圧を感じてうしろの方に飛ばされて尻餅をついた。
「いてててててて」
みんなが尻餅をついていたが、そのうしろにあの自転車の老人が立っていた。そして、その女の方をじっと見つめた。
「山田優、思い出に耽っているのではない」
その声を聞いて女は振り返った。
「その声は風船拳老師、武田鉄也」
山田優と呼ばれた女は感情を刺激されたのか、憎しみに満ちた目で風船拳老師、武田鉄也の方を睨んだ。
「お前は他の市の中学に奉職しているはず、この市に戻ってくるのではない」
「武田鉄也、余計なお世話だ」
「お前のためを思って言っているのだがな」
「どういう意味だ」
三人組たちはよくわけがわからなかった。
しかし、この女に伝説の大番長たちと同じにおいを感じていたのはたしかだった。
「わたし、こわいわ」
チェ・ジュウがそう言うと
「僕が守ってさしあげますよ」
所ジョージがそう言った。その言葉が気に入らなかったのか、山田優は軽く自分の耳たぶを弾いた。すると、何かわからないものが飛んで来て、所ジョージの頭の毛を二三本、断ち切った。
「ひぇ~~~~~」
所ジョージは悲鳴を上げた。
「七海十六結の使い手、山田優、ここで死人を出すつもりか」
「神脈風船指の使い手、武田鉄也、お前がここをさきに去るべきだ」ふたりの巨人が対峙していた。
そのあいだにはさまれて、三人組には何が何だかよくわからなかった。
「七海十六結とか、神脈風船指とか、何のことでしょうか」
別所哲也はおろおろしながら横に立っている自転車屋の親父に聞いた。
「困りますよ。わたし達、ここで撮影許可をとってあるんですからね。チェ・ジュゥだって暇じゃないし、ここから出て行ってくださいよ」
所ジョージがおろおろと言って、すぐに武田鉄也のうしろに隠れたた。
「お前も無粋な奴よのう。なぜ、ここにのこのこと戻って来たのだ。隣の市でお前は美術の教師をしていると聞いたぞ。わしは」
「ふふふふ、どこへ行こうとわたしの自由、ここで詩集を読むのも、わたしの自由」
山田優は武田鉄也の方を向いてにやりとした。
「詩集とは、また乙女チックな。神州巨象足の使い手、平万里と死闘を繰り返したお前らしくもない答えだな」
「神州巨象か、何か、知らないけど、ちゃんとここで許可を得て、僕らは写真撮影の許可を得ているんだからね、あんたも市民なら、市の規則を守って貰わないと困るよ」
所ジョージがやはり武田鉄也の影にかくれながらそう言って、ちょっこと顔を出してまた隠れた。その言葉を聞いた山田優は
「うるさい」と短く怒鳴った。
そして向こうを向いて、急に振り返ると
「七海十六結」
と叫んで、手のひらを馬鹿三人組の方に向けると、十字に光る光の固まりのようなものがいくつも重なって、光る玉のようになったものが武田鉄也老師の方に飛んで来た。
武田鉄也老師の方は倒れながら、自分の右手の人差し指をその飛んで来るものに向けた。
「神脈風船」
ふたつの流星のようなものが空中で衝突して、軌道をそれたふたつのそれは、二階の開け放たれた窓から空の方に飛んで行き、大爆発を起こした。
「山田優、ここはお前にとっても大切な場所なはず、無用な争いを起こさずにここを去るがよい。それとも詩集を読むことに重大な意味でもあるのかな」
「ここをそのままにして置きながら、お前らをダンプにひかれた蛙みたいにぺちゃんこにすることだってできるのだ。ふはははははは」
山田優はまた、手で印を組むと
「七海十六結」と叫んだ。
すると十字の光の固まりが無数に出来、それが集まって球のようになった。
今度はさっきと違うのは、山田優がその球の中にいることだ。
「ふはははは、風船拳老師、武田鉄也、お前達がここを出て行かなければ、この球が膨らんで、お前達を壁に押しつけ、ぺちゃんこにしてしまうだろうよ」
「先生、あんなこを言っていますが」
所ジョージが風船拳老師、武田鉄也の腕にすがりながら、心配気に老師にたずねた。
その所ジョージの腕にすがっているチェ・ジュウが「わたし、こわい」と小さくささやいた。
そして、そのうしろには馬鹿三人と市川崑がいる。市川崑は苦々しい表情をしてもみ消したたばこを口にくわえている。たばこには火がついていない。
「わしの内力も増加した。この前のようなわけにはいかぬぞ、山田優」
そう言って身構えた風船拳老師武田鉄也は、ふたたび右手の人差し指を山田優の方に向けると
「風船神脈指」
と叫び、その指のさきからは雷みたいなものが無数に発射されている。その雷みたいなものの力だろうか。大きくなっていき、山田優を取り囲んでいる光の球はその成長をとめた。
「やった。先生、すごい、すごい」
所ジョージがパチパチと手を叩いた。
武田鉄也の指はその球にじょじょに近付いて行き、指先がその光の球の表面に接した。
「どうだ、山田優、お前の七海十六結、破れたぞ」
「ふははははははは」
まだ山田優はその中で笑っている。
「山田優、空威張りをしているのではない。風船神脈指、お前にお見舞いするぞ」
「ふはははははははは」
山田優はまだ高笑いしている。
「先生、やって下さい、やって下さい。あの無礼者にひとつ、ばちんとかませてやってください」
所ジョージが風船拳老師武田鉄也に催促した。
「神脈風船指」
球の内部を突破した武田鉄也の指から雷が無数に発射された。
「ふはははははは」
山田優はまだ高笑いしている。
するとどうだろう、雷は発射されるが、山田優のそばに行く前にその勢いは弱まって、ほとんどなきが如くのようになっている。
「風船拳老師武田鉄也、七海十六結の神髄、理解していないようだな。七海十六結とは球の中に七つの海も収めるという意であるのだ。この球の中は五メートル四方の部屋であるが、どんな矢も大砲もわたしのところまで届くことが出来ない。風船拳老師、お前の風船神脈もわたしのところに届くことはないのさ。あはははははは。この球をどんどん大きくしていけば、ここにいる連中は壁に押しつけられてぺちゃんこになってしまうのだ。あははははははは」
所ジョージは風船拳老師武田鉄也にすがった。
「先生、あんなことを言っています」
「所さん、こわいわ。私」
チェ・ジュウも不安な表情をした。
馬鹿三人たちは大きく目を開いてあわてふためいている。そして、市川崑はやはりもみ消したたばこをくわえている。
「先生、このさい、降参した方が」
所ジョージの言葉を聞いても風船拳老師武田鉄也は無言である。
「じいちゃん、こんなところで、何、遊んでいるんだよ。家で自転車屋の仕事もちゃんとやらないで」
その声が聞こえたので武田鉄也のみならず、馬鹿三人たちもその方を見た。
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