第3話

第三回

中村トオルがバレ-ボ-ルを足下に転がした相手は伝説の大番長

假屋崎 省吾だったんだ。

假屋崎 省吾はまるで死人のようににやりと笑うと、そのボ-ルを手にとって蹴り上げた。ボ-ルは変形して弾丸のように、斜め上空に一直線に飛んで行き、校旗をたてる金属製のポ-ルを折って、ボ-ル自体はパンクして落ち葉のようにひらひらと地面に落ちて行ったんだな。

三人ともドラエモンのいた中学に行くとその折れたポ-ルが修理されないままになっていて、あれが伝説の大番長の折ったポ-ルだと今でも言い草になっているよ。

ふ-ん、赤ちゃんたちは感心したようなしないような、微妙な表情をした。

それからね。ドラエモンの通っていたあたりは関東の北を流れるL川と南を流れるW川の間に挟まれる地区だけどね。

そのデルタ地帯にはおよそ十七の中学校があった。

そして三つの中学校が覇権を争っていたんだ。

まず鳳凰中学、ここには番長の平井堅が君臨していた。

そしてドラエモンの通っている龍中学、ここには伝説の大番長 假屋崎 省吾 がいた。

それに外国勢力と呼んでもいい、中学があった。

**総連系の虎中学というのがあったんだ。

そこには大巨人番長チェ・ホンマンがいた。

それら十七の中学校のすべてはどれかの中学校の旗下にはいっていたんだ。

ドラエモン、覇権って何でちゅか。

ふ-ん、そうだね。王様になるということかな。そして覇権を握った中学の番長は王様になって、他の中学の生徒はみんなその王様の命令に従わなければならないんだ。

ぷっぷっ、昔の戦国時代みたいでちゅね。

ベアトリスが言った。

そのとおりだよ。まるで昔の中国の戦国時代のようだったんだな。全く、昔の中学時代が昨日のように思い出されるよ。

今、目をつぶるとその勢力地図が頭に浮かんでしまうんだな。

ドラエモン二世は。

本当にまるで昔の中国の地図を見ているようだった。

何しろ年がら年中、覇権を争うための抗争が起きていたんだ。

だから、どこのあんみつ屋に入るかもドラエモン二世たちの通っていた地区の中学生たちは注意しなければならなかったんだな。

鳳凰中の生徒たちが龍中のなわばりのあんみつ屋にでも入ったら

大変なことになってしまったんだな。

ドラエモン、そんな昔のことなんか、どうでもいいから、KK子ちゃんは出て来ないでちゅか。

赤ちゃんたちの興味はいつもその一点に集中している。

もちろん出てくるさ。

本当にKK子ちゃんと知り合いなんでちゅか。

もちろんだとも、このドラエモン二世が嘘つくわけないでごじゃります。

もちろんだとも、あの女とは二年B組の同級生だったんだからね。

そして中村トオルも、別所テツヤもル-大柴もね。

そして、一学年上にあのミスタ-・デス、大番長 假屋崎 省吾 がいたんだな。

さっきも言ったとおり、三つの中学は覇を競っていた。

だからドラエモンの住んでいるあたりには勢力地図がはっきりと塗り分けられていたんだ。

その三勢力がきびすを接している緩衝地帯にKK子がいつも入りに行っている銭湯があった。

それは三つの商店街がちょうど交差している場所にあった。

三人の赤ちゃんたちは自分達の恋愛対象が出て来たので聞き耳をたてた。まるでうさぎのように。

洗い髪を束ねて銭湯から出て来たKK子に事件が起こった。

ここで三人の赤ちゃんたちはさらに神経を過敏にして耳の大きな草食動物のように聞き耳を立てた。

銭湯の入り口から出ると学らん姿のちょっといかした、しかし、どう見ても日本人に見えない奥目の男がじっと立っていたんだ。

KK子は無視して通り過ぎようとした。

しかし、その奥目野郎は明らかにKK子を待ち伏せていたんだな。

「待ってくれ」

「何よ」

KK子はその男を無視して通り過ぎようとした。

「待ってくれ」

ふたたびそう言うと

奥目は回り込んでKK子の行き先をふさいだ。

「待ってくれ。俺は鳳凰中で番をはっている平井堅である。

お前が龍中の二年B組のKK子だということは知っている」

「何であたしの名前を知っているのよ。それに呼び捨てにするのよしてくれる」

「呼び捨てにして気に障ったのなら許してくれ」

そして、平井堅は膝をつくと騎士がやるように忠誠の格好をしたんだな。

これが龍中 番長 平井堅の愛の告白だった。

プウプウ、プウウウウウウ。

赤ちゃんたちは突然、不満を表明した。

そして顔を真っ赤にして顔面の下に走っている血管を紅潮させた。

鳳凰中番長、平井堅はKK子に一目惚れしたんだな。ドラエモン二世は平井堅がどこでKK子を見たのか、もちろん、知らない、それにしても平井堅って昔いた文芸評論家に名前が似ているな。

クククククククク。

プウプウプウ、プウ~~~~~。

ドラエモン二世が一人思い出し笑いをしていると、

赤ちゃんたちの怒りは頂点に達して手に持っているスプーンをテーブルの上に叩いて抗議のシュプレヒコールをした。

赤ちゃんたちはきっと平井堅をぶん殴りたかったに違いない。

まあ、待つんだ、市民諸君。話しはこれからだ。

番長平井堅はひざまずいて何かを待っていた。

しかし、意外な方向から返答が来た。それは祝福というわけではない。

どこからか、腐りかけたジャガイモが飛んで来て、平井堅の頭に当たった。

頭を上げた平井堅は周囲を見回した。

そこには無気味な沈黙が走った。

そこにはKK子はいなかったんだな。居たのは誰だったと思う。

巨人がいたんだ。

そう、それは虎中の巨人番長チェ・ホンマンだったんだ。

チェ・ホンマンが中央に立ち、その両脇に子分たちが並んでいた。

その様子はまるで北アメリカの峡谷のようだった。

歴代の大統領の顔のレリーフが彫られているあれだよ。名前は何というのか思い出せないけどね。

「ふん、余計なお世話だな。俺に何のようだ。俺は忙しいんだ」

「平井、ここがどこだか知っているのか。お前はあほニダ」

チェ・ホンマンが合図をすると子分たちが戦闘の態勢をとった。

フィフィフィ。

赤ちゃんたちは平井堅がのされそうなので満足な態度を表明した。学ランを着た無数の凶器が平井堅を襲ってきた。

チェの子分たちはテッコンドーの初歩的なところは身につけていたんだな。

平井堅の前後左右からごつごつした手や足が飛んでくる。

しかし、平井堅もやはり大番長の一人だったんだ。それらにやられるような平井堅ではなかったんだな。

二十人の子分たちが平井堅にかかっていっても平井堅の優勢は変わらなかった。

プイプイ。

赤ちゃんたちは不満な表情を現した。

ひとりの子分が放った右回し蹴りを頭上でよけた平井堅があたりを見回したが

そこにはKK子の姿はなかった。

「ちぇっ、あいつは帰っちまったのか、いや、まだいるぞ」

見ると、すたすたとKK子は家に帰ろうとしていたんだ。

「お~~~い、忘れ物、忘れ物」

ちらっとKK子は平井堅の方を振り返った。

「なによ」

「俺の愛」

平井堅はにやりとした。

「ばかの一人よがり」

KK子は苦々しげにつぶやくとそのままあっちへ行っちゃったんだな。ここでドラエモンの教訓、自分が好きだからって相手が好きだとは限らない。KK子は平井堅が嫌いだったんだ。ドラエモンは断言するよ。

グフグフグフ。赤ちゃんたちはここで満足を表明した。

いっこうに平井堅がぼこぼこにされない様子を見ていたチェ・ホンマンは口にくわえていたシナモンの葉っぱを吐き捨てると、おもむろに 手を組むと指をならした。

俺のバスケットボールパンチで始末をつけてやる。

チェ・ホンマンは手を握ると拳の大きさはボスケットボールほどの大きさがあったんだ。

その手で正月には杵の代わりに使って餅をつくことも出来たんだ。これが噂のチェ・ホンマン餅なんだな。

そのとき弓矢が突然飛んできた。

チェ・ホンマンの額に弓矢が刺さった。

チェ・ホンマンは額の骨でその弓矢を受け止めた。

いてててて。

チェ・ホンマンはその手で弓矢を抜くと、額には小さな穴が開いて、血がちょろっと出ただけだったけど、チェ・ホンマンは大げさに痛がった。

巨人番長は不死身だった。

いつだったか、六本木ヒルズに**総連、虎中の社会見学に行ったとき地上三十階のテラスで巨人番長が気の迷いから空中を飛んでいる燕をとろうと手を伸ばしたときがあったんだ。

バランスをくずしたチェは地上に落下していった。ものすごい大音量がして、地面に大きな穴が開いたがチェは怪我ひとつしなかったんだ。

高速道路を横切ろうとして大型ダンプに衝突したこともあったが

車の方が大破したのにも関わらずチェは怪我一つしなかったんだな。そんな不死身のくせに痛さには異常に反応した。

蚊に食われても大げさに騒ぐぐらいだから、注射をするなんて言ったら逃げ回って大騒動になるのが普通だったんだ。

平井堅が出てきたときから不満を表明していた赤ちゃんたちだったが、ここでおもしろそうに笑い、御機嫌になった。

その矢が手始めだった。

次次とチェ・ホンマンめがけて矢が雨のように飛んできた。

番長~~~~~~~~

その銭湯の隣がつぶれた映画館だったが、その映画館の二階から、その声が聞こえた。

番長、こっち、こっち。

鳳凰中番長平井堅が振り返ると、そこから自分の子分たちが顔をのぞかせている。

常時、その映画館の二階には鳳凰中の不良たちが常駐していて、

龍中と虎中の動勢を伺っていたんだよ。

でもでも。

平井堅は躊躇した。

KK子は。

KK子は。

KK子の姿はもうなかった。

痛いよう。痛いよう。よくもよくも。

チェが額に怪我された恨みで平井堅の方に襲いかかってくる。

それにテッコンドーをかじった子分たちも襲いかかってくる。

平井堅はKK子のことが気になったが、退却することに決めた。

KK子がいないならこんなところにいる必要もないからなんだな。

鳳凰中番長、平井堅は映画館の中に逃げ込んだ。

映画館の二階からは弓矢が矢のように降ってきた。

******************

翌日、龍中ではその噂で持ちきりだった。

鳳凰中番長、平井堅が、虎中、巨人番長、チェ・ホンマンに襲われたこと、いや、違う。

平井堅がKK子に一目惚れして、KK子を銭湯の出口で待ち伏せしていたということである。

その噂話でその日の朝、龍中は盛り上がっていた。

「おい、もって来たか。ホモミルク」

「心配するなよ。ちゃんと三人分、持って来たからな」

ルー大柴が三本の瓶入りの牛乳を持って来た。

「これを飲まないと背がのびないからな」

「賞味期限、過ぎてないだろうな」

学校給食で瓶入りの牛乳が大量に届けられる。

給食の時間にそれを飲むのだが、休んでいる生徒がいたり、

牛乳が嫌いだから、残す生徒もいる。

すると給食室の裏に残った牛乳が空瓶と一緒に一昼夜おかれ朝に

なると、新しい牛乳を持った業者がそれを引き取りに来るのである。

だから余った牛乳を失敬する時間が朝にあるのである。

ただし、夏場は気温が高くになるので牛乳が腐ってしまうので、危険を有する。

「これ、何か、おかしくない」

「おかしくねぇよ」

別所哲也、ルー大柴、仲村トオルは小学校時代からの幼なじみである。そしてKK子も。

校舎の裏でつるんでいた仲村トオルは瓶入りの牛乳を一気に飲み干した。その横にいるルー大柴が仲村トオルの方をちらりと見た。

「噂で持ちきりだぜ」

「政夫が話していたんだよ」

「何の噂」

「亀の湯の前で、平井堅がKK子を待ち伏せていたんだってよ」

「何で」

「平井の奴、KK子に一目惚れしたらしいぜ」

「ええええ」

別所哲也は驚きの声を上げた。

「どういう接点があるんだよ」

「知らねぇよ。そんなこと」

「トオル、おまえのうちの近所じゃねぇか。KK子は」

「関係ねぇよ」

仲村トオルはそう言ったものの、他のふたり同様、興味津々なのである。半分しか残っていない牛乳瓶を指先でつまんで、つまらなさそうにした。

KK子を異性として意識しているのも他のふたり同様なのである。

いや、むしろ、近所に住んでいて、昔から知っているからこそ、

銭湯で彼女の裸体をのぞき見たときの驚きから、意識の仕方もふたり以上だった。

「あいつ、どういう反応を示したんだろう」

「そのあとに虎中のチェ・ホンマンに平井の奴、襲撃されたらしいぜ」

「おい、お前ら、こんなとこで、何してんだあ」

岩手なまりの生活指導の教師が遠くで、どなった。

「おい、やべぇ、教室に戻ろうぜ」

三人が教室に戻ると、KK子は何事もなかったように座っていた。

一時間目の授業は地理だった。

「おい、そこの阿呆、こういう地形のことを何と言うんだ」

「リアス式海岸」

「リアス式海岸は海だろう。ここは川だ」

「扇状地って言うんだな。ここでは葡萄なんかが栽培されている。水捌けが良いからな。お前、いつもぼけっとしているが今日はいつもより、ぼけっとしているな。学校は給食の時間だけじゃないぞ」

ここで教室中に笑い声が起きた。

KK子も笑って、仲村トオルの方を見たので彼はKK子と一生、口をきかないと決心したが、なぜ、KK子が笑ったのかは理解出来なかった。ただ単にKK子が憎々しく思えた。

そんな仲村トオルの内心も知らずに後ろの席に座っている別所哲也とルー大柴が彼の背中をニタニタしながらつついた。

休み時間になるといつもの三人はまた顔を合わせた。

「さっきの噂、本当なのかよ。KK子のこと」

KK子はトイレに行ったらしく教室にはいなかった。

「鳳凰中の平井堅、俺、見たことあるぜ」

「俺もあるよ。結構、格好いいんだよな。そいつがKK子の前でひざまずいたらしいぜ」

「何だ、君たち、KK子の話、知っているの。本当らしいわよ。素敵、そんな愛の告白をされるなんて」

「うるせぇよ。お前、向こうへ行っていろよ」

同級生の倖田來未がちゃちゃを入れて来たので、別所哲也はうるさそうに言った。

「何だ、あんた達、焼いているの。素敵じゃない。まるで中世の騎士みたいにKK子の前でひざまずいたんだって。平井堅みたいな素敵な男がうちの中学にもいればなあ」

「くだらねぇ、俺なんか梨佳ちゃんが盲腸の手術で入院したとき鯛焼き三十個差し入れしたからね」

そのとき、KK子がトイレから戻って来たらしく、自分の席に座ると隣の女と何やら話している。

「あああ、気にならないけど気になるう。あいつ、平井堅とどうなってんだ」

「どうなっているってどういうことだよ」

「平井堅の方はKK子のことが好きなんだろう。じゃあ、KK子の方は平井堅をどう思っているかということだよ」

「トオル、お前、幼なじみだろう、ちょっと言って聞いて来いよ」

「何で、俺が」

「わかんないことがあるといらいらするじゃないか。KK子には興味ないけど、この事件には多いに興味がある。よし、俺が聞いてくる」

ルー大柴が立ち上がってKK子のところに行ったが、すぐ戻って来た。

「あいつ、俺のこと、無視しゃがんの」

ルー大柴はふてくされた。

********************

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