4-1 対談
「・・・どこかで会いましたっケ?ボクはアナタに見覚えはないですけド。」
「だろうな。遊園地でお前がべらべら喋ってるときに、こっちは裏で必死にやってたんだよ。」
「あの子犬に入れ知恵したのはアナタでしたカ・・・。」
脇を見やると、先ほどまでいたはずのとしょかんは綺麗さっぱりなくなっていた。
中央にあった大樹は勿論のこと、ヒトの組み立てた煉瓦まで。
未だ残る熱気と、黒く燻ぶった地面を除けば、そこに何かあったのかさえ分からない程である。
「で、ボクをあそこから連れ出して何がしたいんですカ?アナタ達にとってボクは敵じゃないですカ。わざわざ生かして苦しめたいなラ―」
「ヘラジカを殺したのもお前か?」
突き刺すような一言。
神妙だった目つきは消え、睨むようにこちらを見つめてくる。
あの崩れた城跡を見たのだろうか。
「勘違いしないで欲しいですけド、あっちが先に襲って来たんですヨ?部屋に立ち入ったとたんに突っ込んできてですねェ。以前の姿に比べれバ、それはそれは美しかったデ―」
「輝きはどうしたんだ。」
「ヒトの話を最後まで聞くように親に教わらなかったんですカ?・・・ああすみませン、フレンズに親なんていませんでしたネ。所謂母なし子ってやつですカ。ボクもそうですがッ⁈」
話を結ぶ前に蹴りが飛んだ。
蹴られた脇腹が大きくへこむ。
先程より少し苛立った声で、質問は繰り返された。
「ヘラジカも助手も、お前が食ったんだろ?でなきゃお前、顔にそんなもん出来やしねぇよ。」
「・・・ボクの顔が何カ?」
舌打ちと共に、一枚のコインが目の前に差し出された。
よく磨かれたその片面が黒かばんの顔を映し出す。
赤い両目。黒い肌。灰色の口と鼻。
以前ラッキービーストを通して見た、かつての自らの顔とほぼ変わりはない。
両頬に走る、一対の虹色の線を除いて。
「おめぇからは見えねーだろーけど、左腕にもそんな感じで三本走ってるぜ。ここは・・・ああ、そうか、あの時の爪か・・・。」
線を消そうと顔を擦ってみる。
消えない。
「これもアナタたちの知恵か何かですカ?刺青と二匹じゃア、つり合いが取れそうもないですけどねェ。」
「パークと二人だ・・・。確かに釣り合ってない。確かにな。」
「パーク?ハッ、ボクにフレンズを喰わせることがだいじなパークを救うことなんですカ?フレンズの輝きを食べたセルリアンがどうなるか知らないからそういうことが言えるんでしょウ。いヤ、それが解らなくとモ、ボクですヨ?」
「オメェがどういう奴かもわかる。セルリアンの進化が何をもたらすかも重々承知だ。」
水鉄砲を食らったかのような表情の黒かばんを脇に、いや下に、ツチノコは言葉を繋ぐ。
「でもお前にはそうなってもらわなくちゃ困るんだよ。それこそ、【女王】ぐらいにはな。」
入って来る情報の量は、とっくに処理能力を超えて。
数珠のように、それら一つ一つに疑念が連なっていく。
雁字搦めの頭の中。
飛び出た言葉は途切れ途切れ。
「・・・正気ですカ。」
「俺は正気だ。」
「本当ニ?」
「ああ。」
「ボクにはそうは思えませんガ?」
「だろうな。」
訳が解らない。
フレンズにとっての最大の脅威。
ましてや捕食以外の理由を持つ存在。
一思いに終わらせはせず。
掠っただけで友を敵にする。
真っ先に排除すべきで、そしてそうされた存在。
「そんなボクを強くするのガ、あなたの目的なんですカ・・・?」
「強くするんじゃねえ。お前にはお前の意思で、このパークを復活させてもらうってことだ。」
「ボクが?あなたたちヲ?」
「パーク全体の復活だ。俺たちも含まれるが、それ以外の自然もすべてひっくるめて、だ。」
「出来損ないで下らないアナタたちヲ、わざわざボクが助けるとでモ?そんなことを言うためだけにお仲間さんを二人差し出すなんテ、馬鹿げてませン?」
「これからさらにあと二人だ・・・。馬鹿だったよ、俺は。共鳴が出来るって分かった瞬間、はしゃぎまわったよ。それがあのざまだ。飛び散って、叫んで、倒れて・・・」
唸り声が漏れる。
威嚇か自責か、聞き分けのつかないくぐもった声。
やがてそれも止んで、黒かばんが手足の縄をこっそりとほぼ解き切った時。
僅かに聞こえる小さな声で、ツチノコは伝えた。
「この先にあと二人がいる。そいつらを・・・そいつらを、倒して、輝きを手に入れろ。もしお前にパークを救う気があるなら、そのまま火口に向かえ。それが俺の言える全てだ。」
「あなたは手伝わないんですカ?意図は全然わかりませんガ、仮にボクがその二匹に倒されたら意味がないでしょウ?」
返事はなかった。
当然と言えば当然か。
「なラ―」
手足を解き放つ。
驚いたツチノコが水鉄砲を構えるのと、黒かばんの触手が喉元を狙ったのがほぼ同時。
「言い忘れたんですガ、ボク水では死なないんでス。せいぜい少し痒いぐらいですかネ。」
牙が並ぶ触手の口はツチノコの白く柔らかい喉を捉える寸前で止まっている。
水鉄砲もまた、黒かばんの額に軽く当たったまま。
「さァ、手伝わないんですカ?」
「・・・お前に食われた方が役に立つだろうよ。」
「なら遠慮なク。」
水鉄砲を構えた手は降ろされていた。
フードに隠されていた青い両目からは何も読み取ることができない。
顎はどんどんと狭まっていく。
やがてツチノコが目を閉じて、鋭利な牙が肌に触れる―
「面白くないですネ、アナタ。」
「面白いものなんて、もうここには残ってねえよ。」
その直前で、黒かばんも武器を降ろした。
顔にはひきつった笑みが浮かぶ。
神妙な顔で見つめていたツチノコも、フードを被りなおすとそのまま背を向けた。
「最後ですガ・・・手伝わないんですネ?」
枯れた森の中への歩みを止めて、一瞬何かを言おうとして。
だが何も答えることなく、蛇は死んだ藪の中に帰っていった。
野原にぽつんと一人。
腕を見てみると、確かに爪痕のような、虹色の三本線が綺麗に入っていた。
あの獣は何を言おうとしたのだろうか。
まさか本当に、かつての敵が仲間になるとでも思ったのだろうか。
「馬鹿馬鹿しイ・・・。」
愚痴がこぼれる。
いずれにせよ、彼女と自身のやるべきことは同じだ。
伝わる熱は二つ。
喰うべき輝きも二つ。
「近いのは・・・こっちですカ。」
計画の上だとしてもかまわない。
自らもそれを求めているから。
進むべき道は一つ。
いかなくては。
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