6-1 狩人

ゆっくりと目を醒ます。

相も変わらずの灰色の世界。

連なっていた頭上の部屋は消え去り、広がるのは淀みくすんだ暗い空。


「・・・サビ臭イ。」


鼻を突くような匂い。

目の前の二人から溢れ出ていた血が、足元に溜りを作っていたようで。

見慣れているはずのそれに、なぜかやけに嫌悪感を催してしまう。

胸のドクドクは一層と強くなっている。

胸に手を当ててみる。


ヒトの体とは言えあくまで模倣。それも外観だけ。

肌の暖かさやその下の流れなどまるで分からなかった。

組み倒された時、噛み付いた時、そして砕かれた時。

間接的に感じることしかできなかった感覚が、今まさに自分の元に出来ている。

焦れるような思いと合わせて。


「まさカ、欲しかったんですカ?ボクが?そんなばかナ・・・ン?」


鼓動に気をとられていたためか、もう一つの異変に気付くのには少し時間がかかった。

胸から手を離し、そしてその手を見つめる。

飾りっ気のない単色の両手。

元々からだが黒いせいか、余り色の変化が目立たないのかもしれない。


その黒い肌が、仄かに、だが間違いなく明るくなっていた。


ロウ不足によるものとはまた違う。まるで肌色を混ぜたかのような、綺麗なグレージュ色。

手だけではない。腕や足、生成した「服」以外の全ての個所が、新しい色に染まっていた。


「なんなんですカ―ホントになんなんですカ!」


こんなことならば、あのフードに話をもっと聞いておけば。

体の変化についてアイツはもっと知っていたはずだ。

痛めつけてでも何をしてでも情報を割り出しておけば。

いやそもそも、なぜあんな簡単に逃がした。

脅威ではなかったにしろ、一度は自分を殺そうとした相手をなぜ。

サンドスターでも首でももぎ取っておけばよかったものを。


単純に面白くなかったから?


狩る価値がなかったから?


それとも、あの、悲しそうな―


「馬鹿馬鹿しイ・・・。」


呟きが漏れる。

ここに留まっては考えが絡まる。

残る輝きは一つ。

方角はここから火山の方へ。


立ち上がった矢先、狐の目と視線が交わる。

頭上の空のように、光と彩を失った両目。

少し時間をおいて、その開かれた瞼に手を当てて、そのままゆっくりと下す。

死者を弔う方法なんて見たことも聞いたこともない。やろうとしたこともない。


けれども。

目を閉じた彼女の顔は、なぜかとっても穏やかそうで。

そしてその顔を、黒かばんがどこか悲しそうに、憐れみをもって見つめていた。


・・・


路面の灰の下に煉瓦が覗くようになった時、彼女は歩みを止めた。

延々と続くあぜ道が途切れて、瞬時に目の前が開ける。

見覚えのある光景だ。最も以前見た時は、見ていたという違いはあるが。


総合的テーマパークとして設立されたジャパリパーク。その中でも特にここ、キョウシュウエリアはフレンズと共に遊べる場所として作られたそうで。恐らく一般の動物園にはないような施設も多く存在する。記憶によればそうらしい。

その極め付きとも呼べる遊園地。そしてその正面。


「ここでお話したこともありましたっけカ・・・。こんなパークは間違ってるっテ、お前らの姿は偽りだっテ、ねエ。」


『だが私達は違うぞ。命を懸けあわなくても生きていける。』


『新たな生き方を獲得したアニマルガールという――フレンズという全く新しい生命なのです。』


頭の奥で一度聞いた反論が響く。

もしかしたらあの時なのかもしれない。

矛盾に満ちていたはずのパークが、獣たちが、完璧だった自分の理想にひびを入れたのは。

善を行う上で仕方なく失われる些細な事柄が、いつの間にかうらやましく見え始めていたのは。


『…やっぱりあなたは、自分が見たいから、知りたいから、楽しみたいからという自分勝手な欲で、フレンズさん達の命を支配して、弄んでいるだけだ…!』


紛い物に過ぎなかった人の子が、どうしようもなく輝いて見えたのは。


・・・


ゲートが目と鼻の先に迫ると、同時に何やら喧騒が聞こえてきた。

何かがぶつかる音、引きずられる音、そして―


「ゴアアアアアアッ!!」


天に轟く咆哮。

直接聞いたことはなくても、一度耳にしたら忘れるはずもない。

吸収した記憶からある程度予想はしていたのだが。


「チッ、よりによって一番厄介なのが残ってましたカ・・・。」


山の神。最強の肉食獣。荒ぶる化身。

指す言葉は多々あれど、指される獣は一つのみ。


「ゴルルルルル・・・」


唸り声を漏らすヒグマが、ゆっくりと腰を上げる。


「・・・まダ、こっちに気づいてなイ?」


立ち上がりはしたものの、未だに背を向けている。

熊手は地面に置かれ、背中は恐らく完全に無防備。


討つなら今。

そう思った矢先。


「ゴルァッ!」


「えッ―」


木々の間を貫いて、左手にぶら下がっていた何かが投げ飛ばされた。

身が縮む。

頭上の枝が飛散し、灰が降りかかる。

投げられた何かが落ちる刹那。

しゃがんだ先。

赤い双眼が。

歪んだ顔が。

一直線にこちらを向いて。


「ゴルルルル・・・」


「チイッ…いいですヨ。」


ヒグマが体勢をかがめる。

どうやって来るかは承知の上。


「ガアアッ!」


大地が捲れ上がる。

音と、埃と、全てを抜き去って。


「速―」


怒気迫る突進。

予想以上のスピード。

だが。


「グルッ?!」


「―いですがこれぐらいハ!」


紙一重の差で、熊手が黒かばんの足を掠める。


「突進なら鹿さんに散々喰らったんですヨ、ねッ!」


「グウッ・・・!」


反転した体から、とめどなく触手が打ち出される。

だが熊手に阻まれ、どれも届くことはない。


「一筋縄では行きませんカ。流石ハンターさン、構えが違いますヨ。」


再びヒグマが距離をとる。

熊手を側において。

爪を両手に構え。


「ゴルラアアアアアア!!」


「そう何度も同じ手ヲ!」


再び上に逃げる。

あっけなく躱された突進。

直後。


「うわッ?!」


一度地に4足をつけて、熊が跳んだ。

剥き出しの牙が、顔の前でガチンと音を立てる。

その躱した直後。

背中に風。

頭上に影。


「―エ?」


気づく前に。

動く前に。

見る前に。


金色の如意棒が、セルリアンの頭に振り下ろされた。

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