2-1 下山
火山を囲んでいた森は更地と化していた。動物はおろか木々の面影さえなく、緑は全くと言っていいほど見当たらない。うっすらと灰色が覆うかつての森を、黒かばんは歩いていた。いや、色だけではない。単に光の関係でそう見えていただけと思っていたが、地面には本当の灰が覆いかぶさっている。
「あーア、こんなとこロ、翼持ちのセルリアンガ居たらヒョイと飛んでいけたっていうのニ。ま、流石にこの様子だとボクの手下モ全滅してそうですけド。」
振り返ると、出発点だった火口が既にはるか遠くとなっていた。見回してみても風景に変わりはなく、麓から続いている足跡のみが今までの道程を示す唯一の証となっていた。そういえば歩き始めてから一体どれ程の時間が経ったのだろうか。先ほどから軽口を叩いて紛らわしているが、足取りが明らかに重い。歩き通してきて疲れもたまっているだろうし、経過した時間や凡その道のりも分からない不安も一役買っているのだろう。
「第一の原因はこれでしょうねェ・・・。何をどうしたらこんな引っ付くんですカ・・・。」
顔をしかめながら片足をあげて足底を確認すると、灰が泥のごとく靴底にこびりついている。もう片足も全く同じような状況で、一歩踏み出すごとにその重みはどんどん増していく。普通の灰ならこのようなことにはならない。第一に、パークの管理が機能していればとっくにラッキービーストによって清掃がなされているはずだ。ここがもはや正常でないということは否が応でも感じていたものの。
(ロボットまで止まっているとは思ってなかったなァ。ということはアイツらもサンドスターが原動力?電気も使用せずに何のためニ?身の回りにあふれてるものを使ってただけカ?)
自分の素の素ともいえるサンドスターであるが、未だにその仕組みはよく判っていない。それを解明するにも、今となっては手掛かりすら掴めそうにない。このパークが解らないことだらけなのは、別に今始まったことでもないが。それでもわからないことは嫌いだ。自身の予想の範囲外から突然襲いかかってきて、全てを台無しにしてしまう。あの時だってそうだったじゃないか。
「―いつから過去の思い出なんか気にするようになっちゃったんですかネ、ボクハ。」
ふっと発した一言は頭を掻きまわしていた思考を止めた。その代わり、感覚が足元へと、直接感じられる今までとの違和感へと向く。いつの間にか自分は道の上を歩いていたらしい。手で道路の表面を軽く払うと、磨かれた石畳が出てきた。灰がかぶさり見た目上での変化はあまり見られないが、それでも周りに比べれば遥かにその層は薄い。これくらいであれば歩行にも支障は出ないだろう。それに―
「熱源もこの先ですカ・・・。ハハッ、いいですヨ。ここまでしてるからにハ、きっト面白ーいものが待ってるんでしょうねェ。期待してますヨ。」
格段に軽くなった足取りで彼女は顔を上げて先へと進む。ここに来て初めて生まれた期待という感情に、彼女は久々に顔に笑みを浮かべていた。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
道の先には空き地があった。一見今まで通ってきた更地と何ら変わりはないが、所々に建造物の残骸が残っている。石畳に沿って瓦の欠片が散らばり、漆喰の壁も何とかその形を保っている。
奥の方には、黒かばんの二倍はありそうなゴム製の車輪が地面から半分ほど顔を出していた。
そして、中央に存在する【それ】は、かつてのここが森ではなかったことをこれでもかと主張していた。
「彼の記憶には残っていましたガ、ここまで大きいものだったとハ・・・。」
道沿いの漆喰とは比べ物にならないほど高くそびえたつ石壁。
その横から何層も飛び出している、灰を被った瓦の屋根。
あらゆるところに亀裂が入り、まだ倒壊していないことが不思議なそれ。
それでも見るものを圧倒し、感嘆の息を飲ませるそれ。
へいげんちほーの城塞は、色褪せてもなおその威容を失ってはいなかった。
しばし城を見つめていた彼女は、その横の白いものに気が付く。近くに寄ってみると、プラスチック製の白棒が地面に深々と刺さっていた。先端が折れ曲がった棒の足元は土がやや不自然に盛り上がっており、横に同じような造形物が六つほど、小さい石板と共に整然と並べられている。別段他の遺物と比べそこまで目立つものという訳ではないのだが、その周りとは明らかに異なる点があった。
「ここだけ灰を被ってなイ?ラッキービーストがわざわざこんなところだけ管理するわけもないシ、やっぱりフレンズがまだ残ってると見たほうがいいんですかねェ。」
フレンズが少しでも残っていれば、その個体を起点にサンドスターを増やせるかもしれない。可能性は限りなく低いが、自然だけを回復させ、野生を取り戻せるかもしれない。そうすれば、今度こそ、理想が叶うかもしれない―
「・・・夢の見過ぎですヨ、まったク。フレンズどころか獣でさえまだ一匹も見当たらないっていうのニ。熱源はこの城の中からみたいですシ、さっさと入って調べちゃいましょウ。」
興味が湧かないといえば嘘になるが、今はそれよりも気になることがある。夢の中で見た輝きには、何か逆らえないほどの強い力があった。それと似たものを目の前にして他のことに気を配るわけにはいかない。城壁に空いた大穴から、黒かばんは城内へと入っていった。
気分の高揚のためか、侵入する際、薄い膜を破ったかのような感触には気づかずに。
城のてっぺんへと続く階段を黒かばんは黙々と上り続けた。
確かに感じられる。
山頂で感じた温かみに、間違いなく近づいてきている。
何が待っているのだろうか。
何を見られるだろうか。
何を得られるだろうか。
彼女を未だかつてない期待と好奇心が包み込んでいく。
気が付くと目の前には一枚の襖。
もうこれ以上上に行ける階段もない。
ここが最上階だ。
ここが自分の求めるものがある場所だ。
襖に手を掛け一気にそれを開ける。
そして、
そこにいたのは、
「あレ、たしかあなたハ―」
突如、視界が消えた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます