4-※ 安息

「いてっ!」


枯れた枝が顔を引っ掻く。

指で押さえたら赤が滲んだ。

昔なら気にしていただろう。

こんな小さな傷からもサンドスター・ロウはいともたやすく侵入してくる。

体の中での消費が遅いからか、放っておいて消えることはまずない。

やがて体内のサンドスターの総量を上回るだろう。

その後に起こることを、ツチノコは余りによく知っている。


「ま、今は空気中に漂ってないだけましか・・・。」


【彼女】との対面の後、沢山の用事を済ませた。

必須ではなかった。

いやむしろ、サンドスターを消耗させるという点においては御法度に近い。

せいぜい気休め、それ以上でもそれ以下でもなかった。


『でも使い切ることはないんじゃないんでしたっけ?』


「出てくるのがはえーんだよ。いつも巣に着いてからだっただろうが。」


『もうついてますよ~?』


瓦礫の山。

相も変わらず入り口をふさぐ溶岩隗。

その横の小さな非常口。


『何回見てもすごいですね、このゴツゴツ。』


「何をどうしたら何千回も見てるものに驚けるんだお前は・・・」


非常口から数歩奥に入る。

すぐさま壁の電灯に明かりがともされた。

古めかしい起動音が遺跡の中を跳ねまわる。


『おおー、これでちゃんと帰れますね。』


「お前の目は飾り―」


『でもツチノコが居れば、また暗くなっても心配ないですねー。』


慌てて口を閉じる。

必要以上に浸かるのはまずい。

戻れなくなってしまう。

神経を目の前に戻し、そのままコツコツと歩き出す。


『昔はあんなに迷ってたのに、いまはもうおとなしい・・・じゃなかった、もうおとこらしい・・・あれ、これも違う・・・?』


かつての迷路はもうない。

代わりにだだっ広い地下空間が出来上がっている。

床に転がる電球の破片と、幾らかの木屑が昔の面影を寂しく残すばかり。


『ここにあった大きい木の迷路、どこ行っちゃったんでしょうねー。』


「・・・さあな。セルリアンでも来てたんだろ。」


『あれ、そうでしたっけ。ボクが壊した気もしますけど―』


「分かってんなら喋るんじゃねえっ!!」


視界が途切れる。


「こっちもわかってんだよ!忘れられるわけねえだろ!」


正面には木製の壁。


「知らずにはぐらかしてるとでも思ってんのか!?」


眼前に座り込むスナネコの小さな体。


「嫌っていうほど覚えてんだよ!!」


彼女の胸から突き出した、真っ赤に染まった剥がれかけの鋭利な木片。


「オマエはオレが殺した!そうはっきり言わせたいのか!?」


ジワリと広がりだす胸元のどす黒い染み。


『ツチノコさん・・・?』


「ひっ?!」


振り返れば、見慣れた顔が一つ。


「ち、ち、ちちち、違うんだキンシコウこれは。オレが、オレがやったんじゃ・・・。いや違うんだよ、おれはただあのままそとにでるとあぶないからとめようとおもってああなんでスナネコがこんなことにいやだいじなのはそこじゃないとにかくオレは―」


『落ち着いてください、わかりました、大丈夫です。スナネコさんの方は・・・』


『あ、ボクはちょっとダメみたいです。』


足元まで染みが広がる。


『私は報告しに一度戻らなくてはなりませんが・・・お一人で大丈夫ですか。』


「なっ・・・ち、治療はどうしたんだよ!?あの石があれば少なくとも進行の悪化は―」


『・・・ごめんなさい。』


言い返す間もなく、背後からの赤い波が視界を飲み込んだ。


戻った目の先には、相変わらずのだだっ広い空間のみ。


「・・・チクショウ。」


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


空洞の先、地下道路を通ると小さな洞穴に出た。

一面真っ暗だが、ツチノコ一人暮らすのに不自由はない。


『ボクは何も見えませんけどね。』


「すまねえな、ここまで電気は引いてこれなかったよ。」


隅っこに小さな石碑が一つ。

乱雑な字で【スナネコ】と刻まれたその石の前に、ツチノコは膝をついた。


「で?お前はいつまで俺のそばにいるんだ?」


『ツチノコが満足するまでです。』


「そうか。ならいつまでもいてくれよ。オレが死んだときはどうなるかわからんがな。」


『でもサンドスター切れにはならないじゃないですか。』


「あくまで博士たちの仮説だ仮説。元動物が居ねえから思いのフレンズだのなんだの・・・。こっちも疲れて死にそうだがな。」


『かばんはどうなんですか?』


「このままいけばだが・・・いや、わからん。あいつに頼ること自体が腹立たしいが・・・。」


ゆっくりとうつむいて返事を待つ。

返ってこない。


「いつも通りか、あいつは・・・。」


コインを枕元に置いて体を丸める。

しっぽで手繰り寄せ、こんどは突き放す。


意識が落ちる前に、最後に話した相手の顔が思い浮かぶ。

パートナーのためにパークを捨てると決めたフレンズ。

最初は馬鹿馬鹿しいと思っていた。

ありえないと思っていた。


「なあフェネック、お前の気持ちも分かった気がするよ。」


あちらはまだ相手がいるだけましか。

苦笑が漏れる。

いけないことだという自覚はある。

このまま続けば恐らく持たなくなる。

空想に飲まれて見えなくなる前に、けりをつけなくてはならない。


「はっ、どっちにしろもうすぐパークはリセットだ。どっちだっていいだろ、なら。」


瞼を落とす。

浸っていたい。

恐ろしい過去を掘り起こされるとしても、彼女のいない未来は想像もしたくない。

ならば、ならば。


「気まぐれぐらい、許してくれるよな?」

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