5-1 責務
「言ったじゃないかー、ツチノコ。私はもうやらないってー。」
茂みに向こうから掛けられた声に、思わず足が止まる。
「さっきもそうやって気づかれてたじゃないかー。」
遠くから僅かに見えた耳が気になってはいたが、この距離でも聞こえるというのだろうか。
見つかったなら、先に打って出るほかない。
「おっ、出てきた出てきた・・・ってなんだ、かばんさんじゃないかー。どうしちゃったのさそんな泣いて。もう体の方は大丈夫なの?」
空に吊るされた部屋の下、一匹の獣がたたずんでいた。
クリーム色の髪の毛に、微かに笑みが浮かぶ口元。
顔は影になって見えないが、さぞかしトモダチに嬉しがっていることだろう。
再開の余韻に浸っているのなら、利用しない手はない。
「はイ、もう大丈夫でス。すっかり良くなりましタ。ところデ、アライさんハ・・・?」
目の前の獣が顔を上げた。
半開きだった、大きな栗色の瞳をこちらに向ける。
「・・・話さなかったら、気づかなかったかもよー?君も懲りないねー。」
「模倣が取り柄だっていうのニ、そう言われると傷ついちゃいますヨ?ボクは繊細なんですかラ。」
「かばんさんはアライさんのこと、アライグマさんって呼ぶのさー。まーあの時、私たちは山にいたからねー。あ、それで話はツチノコから聞いたよ。輝きを奪って回ってるんだってねー。」
「もともとセルリアンのやることですシ。それよリ、あのフードの獣もひどいことしますねェ。アナタにセルリアンに襲われて死ねと言ってるようなもんでしょウ?ボクも道中で会いましたけド、ボクを見た途端、尻尾を撒いて逃げ去っちゃったあの子がそんなこと言って回ってるなんテ。」
表情は変わらず、かけた鎌は手ごたえがない。
元々作り話は得意だったのだが。
「マ、伝えられてるなら話は楽そうでス。そのままじっとしていてくださイ。ボク基準で楽に終わらせてあげますヨ。」
背中の触手は以前より太さと厚さを増して、黒かばんの上で牙を鳴らした。
上下の顎がかみ合わさったと思うと、すぐさま鋭い銛へと形を変える。
銛の向かう先は、迷わずフェネックの真正面。
「君も随分、早とちりなんだねー。」
集中はいつも例外で途切れる。
「私は餌になんてなりたくないのさ。」
「ウソが僕より下手ですヨ、獣さン。アナタが食べられないとだめだって、教えられたんでしょウ。それともパークがこのまま滅びても気にしないってことですカ?」
「そうだねー。パークも、輝きも、共鳴ももうこりごりだよー。」
「・・・あなた、フレンズですよネ?」
「フレンズだったらなんでも犠牲に、という訳にはいかないのさー。」
「それも今になってですカ。あなた、相当おかしいです―ねッ!!」
三方向から唸りを上げて迫る触手。
先程の脱力した態度とはかけ離れた、俊敏な身のこなしで易々とかわすフェネック。
「やー、君に言われたくはないなあ。」
そのまま背中を向けて逃げ出した―かと思うと、近くの垂れ下がった縄を手に踵を返した。
「上に逃がしなんてしまセ―」
「上には逃げないよー。」
縄が下に引かれた矢先、黒かばんの頭上の影が揺らぐ。
泰然とした態度に思わず足を止める。
その判断が間違いだと分かるには、そう時間はかからなかった。
「しばらくはこれで・・・ねっ!」
何かが千切れる音と共に。
見上げた先には、迫るロッジの床があった。
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立ち込める土埃も収まって。
瓦礫の山が出来て少し後。
上に乗っていた、寝台だったものが弾き飛ばされた。
「ゲホッ、ゲホッ!あの狐ッ・・・!」
体の節々が痛む。
城から落ちた時はここまでではなかったのだが。
降ってきた部屋が尋常でなく重かったのか、それとも痛覚が鋭くなっているのか。
歪に曲がった左腕を治しながら辺りを見回す。
獣の姿はない。
だが。
(熱源がそう遠くなイ?そんな動きも早くないシ。時間は十分稼いだはズ。いやそもそモ、埋もれている間に石を切り取ればよかったものヲ。襲いも逃げもせず何を考えてル?)
「まア、いずれにせヨ・・・。」
背中の鞄は健在だった。
輝きはやや右上の部屋奥から。
あそこなら、届く。
「甘くみられるのは好きじゃあないですねッ!!」
勢い良く伸びた触手は、動かない標的を今度は捉えた。
パチンコのように撥ねた体がその後を追う。
一瞬の乱れた風景の後、視界は敵を捉えた。
崩れかけたベランダから見えたその表情は、最初と何一つ変わっていない。
悲しむような、憐れむような。
そんな表情。
「何の余裕かは知りませんガ、鳥の子じゃなくても空は飛べるんですヨ。」
「鳥の子なら避けてただろうねー。」
「ボクがあなただったらさっきの一手で決着がついてまス。またあなたたちお得意の優しさか何かですカ?馬鹿馬鹿しイ。」
「私は君じゃあないからねー。」
「・・・ボクを殺すのもダメ。ボクに殺されるのもダメ。ボクから逃げるのもダメ。何がしたいんですカ、アナタ。」
微かに瞳が揺れる。
視線を泳がせた後、腰からぶら下げた袋を一個手にした。
薄い表面が透けて、中の液体が波立つさまが見て取れる。
「やー、こう見えて私も頑張ってたんだよー。君が火山で暴れた後も。あ、覚えてないかー。私もこのパークは大好きだよ。フレンズになってから出来ることも増えたしねー。」
身構えた黒かばんを前に、僅かに微笑んで、狐はこう零した。
「でも、やっぱりアライさんは諦められないや。」
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